03


それから平日は毎日同じ電車に乗り数駅間だけの少しの時間、白石さんと俺は色々な事を話した。もちろんメインはバレーの事で、俺がセッターだと言えばやはり及川の話も出てきた。

会話の内容は何にしろ、このほんの5分から10分の間に少しずつ深まる交流が俺の毎日に花を添えている事は事実だった。


「最近すみれちゃんとはどう?」


太一は毎日のように様子を聞いてくる事は無くなったが、たまに白石さんの事を話題にする。


「…だから、会ったこと無いのに何でファーストネームなわけ」
「賢二郎がお世話になってる相手だから」
「意味わかんね」


俺だってまだ下の名前を呼んだ事無いのに。
大体、最近どうかと聞かれても電車内で話をするだけの仲。そこから一歩二歩先へ進みたいとは、まだ積極的には考えていない。何故なら彼女は、青城の生徒だからだ。


「もうすぐ最終予選だ」
「おー…」


インターハイ宮城県予選の最終予選は6月1日から、青葉城西高校も出場決定。

向こうに白石さんが居るからといって試合で容赦するつもりは無いし、例え俺に何かがあってもメンバー全員がエース級の白鳥沢にはどの学校だって敵わない。青城には勝つ。白石さんには悪いけど。





「…いよいよ明日からだね」
「うん」


5月31日、最終予選前日の朝の電車。
今朝も白石さんと同じ車両で話していた。


「私、東京に居た時は最終まで進むような高校じゃなくて…すごい緊張する」
「俺も」
「白布くんも!?慣れてそうなのに」
「緊張はするよ。常に緊張感持たないと勝てる試合も勝てない」


なるほど、と白石さんは感心した。
少し格好つけてしまったけれど正直「最終予選」そこから先の「決勝戦」となると他の試合よりはナイーブになるものだ。

他校にだって俺よりも大きな選手が沢山いるし、特に同じポジションならば及川徹は全てにおいてずば抜けている。個人の力ではきっと敵わないだろう。

でも俺が自信を持って勝てると言い切れるのは、俺以外の皆んなが強いからだ。そして、練習は裏切らないのを知っているから。でもそれは青城の部員だって同じ事。


「たぶん、初めて電車以外で会うね」
「そうだね」
「青城、勝つから!」
「…負けないよ。白鳥沢は」


互いに健闘を祈り合い、この日の電車内での交流を終えた。勝ち進めば3日後には決勝戦。心地よい緊張感が身体を覆っている。





翌日、翌々日と白鳥沢は全てのチームにストレート勝ちし文字通り「向かう所敵なし」の状態だった。
青葉城西も準決勝に勝利したという。俺の中でもぞもぞといろいろな感情がうごめいた。

6月3日、決勝の行われる体育館には牛島さん目当ての沢山のメディアやギャラリーが詰めかけていた。
白鳥沢のバスが到着して点呼をとっていると、ちょうど青城の面子もぞろぞろと集まり始めた。


「ウシワカちゃん、御機嫌よう」


やって来たのは及川徹。背も高く素晴らしいサーブを放ち、自らスパイクでも点を稼ぐオールマイティなセッターだ。


「……」
「ッて無視!?」
「その呼び方はやめろと言った」
「及川!油売ってんじゃねえ点呼!主将だろが」


青城の4番が及川のジャージを引っ張り、自分たちの集団へと引き戻していく。俺はその中のひとりの人物を探す。

…居た。白石すみれ、毎日朝の電車で少しの時間を共有している女の子。彼女も俺を見つけると、小走りに駆け寄ってきた。


「白布くん。おはよう」
「…おはよ。新鮮だね」
「だね」


いつも制服姿でしか会わないので、ジャージを着ている姿が珍しい。
白と水色のジャージは白石さんの控えめな雰囲気にとても合っていた。転校してきたばかりのため、ほぼ新品のきれいなジャージだ。


「ちょちょちょ岩ちゃん?アレは?アレは良いの?」
「棚上げだけは立派だなクソが…白石!」
「あっ、はい」


早速副主将に呼ばれてしまったようで(これから点呼なのだから当たり前か)白石さんは「試合でね!」と言って去っていった。
そして彼女が去ってから、そういえば俺の周りには白鳥沢の部員がいる事を思い出した。


「今のがすみれちゃん?」


はじめに声をかけてきたのは太一だ。頷いて返答すると太一は青城の集団へ視線をやりながら続けた。


「え、めっちゃ可愛くね?」
「めっちゃ…かどうかは分かんないけど」
「上から目線かよ」
「うるさい。」


白石さんに会えるのは正直に嬉しいけれど、今俺の中では優先順位が違う。青城に勝つ、それだけだ。きっと白石さんも同じ気持ちだと思う。俺たちは「同じ電車に乗る間柄」でしか無いのだから。

それでも他校のマネージャーと会話をする俺の姿は白鳥沢の部員からの注目を浴びるには充分だった。
天童さんの視線が痛い。きっと後から質問攻めだな。


「白布」


そこへ声をかけてくるのは、決勝だろうと一回戦だろうと変わらない姿の牛島さんだった。


「はい」
「分かってるな」
「…練習は本番どおり、本番は練習どおり。です」


牛島さんは静かに頷くと、この合言葉のような文句を部員それぞれに確認しに行った。

練習は本番どおりの緊張感を持って行う事。そして本番は練習どおり肩の力を抜く事。白鳥沢学園バレーボール部の決まり事だ。


「若利クン、それ辞めない?皆言わなくても分かってるヨきっと」
「そうか…、じゃあ天童にはもう聞かん」
「それはそれで寂しい!」


練習は本番どおり。
本番は練習どおり。

つまりは本番も練習もプレーの内容なんか変わらない。白鳥沢にとってのバレーボールはいつも同じ、いつもこうだ。俺の理想にぴたりとはまるバレーボール。
今日もこのコートで、気持ちの良い時間が始まる。


03.それとこれとは別の話