20181222


同じクラスには影山くんという男の子が居る。あんまり親しくはないけど、生物の授業の時に一緒のグループで実験したりした事はある。ボーっとしていて先生の話をよく聞いていない感じの印象だったので、きっとこの人はぼんやりした人なんだろうなと思っていた。
バレー部が全国大会に出るのが決まってからは、影山くんがレギュラーだっていうのが有名になって騒がれたりしたけれども。クラスの中では特に変わらず、ぼんやりしている人。
そんな影山くんと朝っぱらから衝突したのはとある土曜日、部活の為に学校に来た時の事である。


「イタッ!」


冬休みに登校してきたら校門の近くで影山くんとぶつかった。
私は校門から敷地内へ入るところだったんだけど、体操服を着た影山くんはランニングか何かの為にちょうど敷地外へ出るところだったらしい。ものすごいスピードで出てきた影山くんに私の身体は反応できず、彼の目にも私の姿が写っていなかったみたいで衝突したのだ。


「すんませんっ」
「げっ、何やってんの」
「お前サイッテーだな!」


影山くんは青ざめた様子で謝ってくれたけど、残りの男子はそんな影山くんをフォローする様子は無く。さっさと走り去ってしまったので、残されたのは尻もちを着いた私と影山くんだけになってしまった。


「ほんとスンマセンっした」
「あ、はい…ごめん、私もぼーっとしてて」


ぼーっとしていたつもりは無いけど、もう少し注意を払っていれば防げた事かもしれない。今日は寒いなあとか、コンビニで買った新作のパンはどんな味かなあとか考えていたのは事実だ。
影山くんはぶつかった相手がクラスメートである事にたった今気付いたようで、私を立たせるために手を伸ばしてきた。


「白石さん…も部活?」
「うん。吹奏楽部で、あ」


私は素直に影山くんの手を握り、立ち上がろうとしたものの。変な感じがして動きを止めた。そして眉をひそめた。何かおかしい。


「どうかしたか?足、捻った?」
「大丈夫…だけど」
「けど?」


ぶつかって足を捻るなんて少女漫画じみた事にはなっていない。だけど、すんなり立ち上がれない違和感を感じるのだ。お尻の下に。
なんと買ってきたお昼ご飯の入ったコンビニ袋が、私のお尻に敷かれている。


「…お昼ご飯潰しちゃった」


やっと違和感の原因がわかったので立ってみると、無残にもぺしゃんこになったコンビニ袋があった。中身はパンとおにぎりで、随分ハデな尻もちをついた私はそれらを全部真っ平らにしてしまったらしい。


「わ…悪い、弁償する」
「え!いいよそんなの」
「いやさすがに悪いし、いくら…げ!クソッ財布持ってねえ」


影山くんはブツブツ言いながら悔しがっていた。今から身軽な格好でランニングに出るところなので、財布を持っていないようだ。でも、私は財布があるのでお昼ご飯くらい買い直せばいい。


「あの、大丈夫だから気遣わないで…」
「そっちの昼休憩っていつだ」
「十二時くらいからだけど」
「一緒か。じゃあ休憩時間、体育館来てくれ」
「え」
「よし」


どうやら、自分の中で何かを完結させたらしい。影山くんはそこまで言うと、「じゃ!」と言ってさっきの男子たちが走っていった方向へと走り出してしまった。
…待ち合わせみたいな事をしてしまったし、昼は体育館に行った方が良いのだろうか。





時間になると影山くんは、きちんと体育館の入口に立っていた。手にはお弁当が入ったらしき袋を下げている。もしかして影山くん、自分のお弁当を私に分けてくれるつもりじゃなかろうか?だとしたら相当申し訳ない。
しかし「お弁当分けてくれるの?」と自分から聞くわけにも行かなくて、私たちは普段使用している自分たちの教室に入った。影山くんの席に座り、目の前で影山くんが広げるお弁当を無言で見つめる。と、ある事に気付いた。


「…影山くん、普段からこんなに食べるの?」


お弁当箱が、とても一人では食べ切れないほど大きいのだ。影山くんが成長期の男のだというのを差し引いても大きいような気がする。


「普段は違う。今日は親が張り切ってるだけで」
「張り切ってる?」
「誕生日だからだろ、たぶん」
「誕生日?」
「俺の」


そう言って、影山くんがお弁当箱の蓋を開けた。その時見えた蓋には「飛雄、誕生日おめでとう」と書かれたメモが貼り付けられている。驚いた事に今日は影山くんの誕生日らしい。


「…そうなの!?」
「おー。あ、これ美味いやつ。はい」
「ありがと…じゃなくてじゃなくて!誕生日用のご飯なんか貰えないよ」
「いいから」


私の言葉はお構い無しに、彼は蓋を器にして私のぶんを勝手に取り分けていく。影山くんの、しかも誕生日仕様の立派なお弁当を私の胃袋に入れるなんて構わないのか?
だけど、私もそろそろお腹が空いてきた。今から外のコンビニに買いに出たのでは時間がギリギリだ。このまま影山くんからのお裾分けを貰わなければ、部活が終わるまで何も食べられない。


「…イタダキマス…ありがとう」
「こっちこそスンマセン」
「いや、大丈夫」


ついに諦めて、私は影山くんのお弁当を食べさせてもらう事にした。影山くんは「いただきます」のポーズをとると真っ先におにぎりをひとつ手に取って、大きな口でかぶりついている。お気に入りの具でも入っているようだ。


「えーと…誕生日おめでと」


私も食べながらではあるけど、無言というのはあまりにも苦しい。なので、仕入れたばかりのネタを使って話しかけてみた。


「あざっす」
「部活の人に祝ってもらわなくていいの?」


大事な誕生日のランチタイムを一緒に過ごす羽目になってしまい、ちょっと申し訳ない。仲のいいメンバーと食べたかっただろうし。
だけど、影山くんは何の迷いもなく首を横に振った。


「いい。つーか、今朝のアレ見られてたから。俺が白石さんの昼飯ぶっ潰した事知られてる」
「ああ…」
「白石さんと飯食うのとか初めてだし、なんか新鮮だし」


意外。私と一緒にいるの、新鮮だとか思ってくれてるんだ。または私に気を遣わせないための言葉だろうか。ぼんやりしている人だと思っていたけど、実は自分の中では色々考えていたりして?
その証拠かどうか分からないけど、今度は影山くんが話を振ってくれた。


「吹奏楽部はバレー部の応援、来た事ないよな」


だけどその内容は、ちょっぴり気まずいものだった。彼の言うとおりで、吹奏楽部はバレー部の応援には行ったことがない。野球部とバスケ部の試合にしか行っていないのだ。


「うん…たぶん。私が入学してからは」
「そうか」
「応援、ほしい?」
「いやどっちでも」
「そ、そっか」


だけど、影山くんはアッサリとしていた。応援なんてあってもなくても気にしない人なのかもしれない。


「けど、白石さんが応援してくれんのは嬉しいかもな」


それなのに、突然こんな事を言われるからビックリした。


「……え、な、どういう意味」
「べつに深い意味はないけど」
「そう…?」
「知ってる人に応援されんのは嬉しいだろ」


さも当然であるかのように、おにぎりを頬張りながら影山くんが言った。なんだ、そういう事か。私が特別というわけではなくて。


「…そうだね。そういうもんか」
「そう」
「確かに私も知らない人ばっかりのチームよりは、知ってる人の応援するほうがテンション上がるかもなあ」
「だろ」


いつの間にか影山くんはお弁当を平らげていて、最後の一口を飲み込むとお茶をぐびぐび飲んでいた。
私に分けてくれたとは言え、かなりの量があったのに。よほど午前中の練習だけでお腹が空いていたらしい。それほど練習がきついのだろう。吹奏楽部が登校してくる時間帯にはもう、外を走っていたんだから。冬休みまでこれほど練習する彼らを、応援しない理由なんて無いよね。


「ねえ、バレー部の応援どうですかって提案してみるね、部長に」
「ん」
「全国だもんね、確か」
「おう」


基本的に野球部とバスケ部の応援以外は、地域のコンクールとかに出るだけの弱小吹奏楽部。これを逃せば全国の舞台で応援できる機会はなかなか無いだろう。きっと部長や顧問の先生も賛成してくれるはずだ。


「じゃあ…ご馳走様でした」
「いや、こっちこそマジスンマセンっした」
「あはは、もういいって」


影山くんはまたもや私に謝ってくれて、こっちが申し訳なくなった。走っていたのは影山くんのほうとは言えど、貴重な誕生日の時間もお弁当も私に分けてくれたのだから。そのお礼に一言言っておかなくてはならない。


「影山くん、良い誕生日にしてね」


それぞれの練習場所に戻るため、分岐点に立った時にそう伝えた。
そのまま影山くんは体育館に進むかと思ったんだけど、なぜだか立ち止まり私の顔をじっと見ている。瞬きもしないで、目が乾燥するんじゃないかと心配になるほど。睨んでいる訳でもないけど、微笑んでいる訳でもなく。


「……え、何?」
「いや…」


私が焦って声をかけると、やっと影山くんは顔を逸らしてくれた。だけどまだそこに立ったまま。言い残した事でもあるのかと不思議に思っていると、伏し目がちで言った。


「なんか今の、ちょっと…嬉しくてビックリした」


今度は私が絶句して、影山くんを見上げる番だった。彼と違うのは、私の口が驚きでだらしなく開いた状態である事。だって影山くんの口から急に、そんな言葉が出てくるなんて思わなかったんだもん。


「な…なにそれ?」
「なんだろな。気のせいかも」
「き、気のせい?」
「もう行く」
「えっ!?」


ちょっと待って!と呼び止めてみたけれど、影山くんは今度こそ立ち止まらずに体育館へと歩いて行ってしまった。

追いかけて引き止めてやりたかったけど、私も練習に戻らなくてはならない。だけど、さっきのあれを「気のせい」だなんて言われて片付けられるほど私は単純ではない。
明日もきっとバレー部は練習に来るだろう。吹奏楽部も練習だ。影山くんにはちょっとしたプレゼントでも持って会いに行ってやろう、今日のお礼だと言えば受け取ってくれるはず。その前に、年明けの春高を応援に行きませんかって部長を誘ってみないとなあ。

Happy Birthday 1222