13
ヒラヒラの下着・相場不明


持ち帰った洗濯物を干しながらずっと考えた。これは夢なんじゃないだろうかと。
白石さんも俺のことを好きで、俺に会えなくなるのが嫌でわざと洗濯機のホースを抜いてしまっただなんて、あまりにもお転婆が過ぎる。そんな女の子って実在するのだろうか?俺がさっき経験した事はもしかして、全部夢だったりしないか?
…という心配は、ぐしゃぐしゃのボクサーパンツを目にした時に全部消えた。間違い無く白石さんの拳の中で握り潰されていたパンツだ。やっぱりさっきの出来事は全部現実らしい。


「お待たせ」
「ううん、大丈夫。行こうか」


それに、俺の家に白石さんが上がり込んでいるのだからもう夢や幻ではない。

先程コインランドリーで色々な事があったものの、俺たちは互いに同じ気持ちである事を確認した。それから白石さんの家にある排水ホースをきちんと直す約束をしたんだけど、その前に俺は洗濯物を干さなくてはならない。このまま置いておいても良いんだけど、臭くなるのは嫌だったから。
そうしたら「じゃあ赤葦くんちまで行って干すの待ってる」なんて言うもんだから断るわけにもいかなくて、まあ断る理由なんかないんだけど、そういった流れで白石さんが俺の部屋に居るのであった。


「何にもない部屋だね」
「男だからね」
「趣味とか無いの?」
「うん。バレーくらい」
「バレー?」


高校を卒業してからも一応続けているバレーボールの事を話すと、白石さんは感心していた。未だに過去の部活の事を褒められるのはくすぐったい。何度でも自慢したいくらいの素晴らしい経験なのに、いざ「凄いね」と言われると表情の作り方に困ってしまうのだ。


「赤葦くんって運動得意そうだね」
「そうだね、わりと」
「私は苦手だからなあ」
「得意ではなさそうだよね」
「あ!言ったなー」


白石さんは普段と変わらぬ様子でけらけら笑って、俺の肩を小突こうとした。
けれど途中で我に返ったように動きを止め、真顔に戻る。さっきのコインランドリーでの出来事を、俺と気持ちが通じ合っている事を思い出したようだ。そしてコホンと喉を鳴らし、強がった様子で言った。


「……得意じゃないよ。悪い?」


恥じらいを隠し切れていない感じ、わざとそんな態度を見せているのだろうか。


「どうして急にしおらしい態度になるの」
「う…うるさいなっ、聞かなくても分かるでしょ」
「いやまあ…分かるけど、念のため」


この態度が意図的なのだとしたらお手上げだったが、そうでは無いらしい。もし狙っているのなら、もう彼女には適わないだろう。だけど白石さんはそこまで器用な子では無いようだ。それについて俺は安心したけれど、隣で白石さんは不服そうにしている。


「赤葦くんは平気なの?女の子の扱い、慣れてんの?」
「慣れてたら苦労しないよ」
「うそだー」
「本当」


慣れていないから、排水ホースを直すか直さないかであそこまで頭を悩ませたのだ。わざとホースを直さなかった人間なんて日本中探しても俺しか居ないんじゃないか?
白石さんは、俺があまり取り乱していないのが気になるらしいけど。これでも一生懸命に自分を保っているのだ。好きな子に格好悪いところなんか見せたくない。こんなに打算的でみみっちい男だなんて思われたくないのである。

そらからはお互いの家の中間にあるコインランドリーを通り過ぎて、二度目になる白石さんの家に到着した。
今日もまた玄関で「ちょっと待ってて」を食らうかと思ったけど止められず。もしかして俺とコインランドリーで接触し、家に連れ帰る可能性を考えていたのかな、なんて思ったりした。


「入っていいよ」
「うん。…お邪魔します」


案内されたとおり中に入り、前と同じように脱衣所の洗濯機の元へ真っ直ぐに進んだ。そこにはぴかぴかの、まだあまり使われた形跡のない洗濯機…と、排水ホースが転がっていた。


「ほんとだ。外れてる」
「うん…」
「可哀想に」
「わ…悪かったですね」
「悪いなんて思ってないよ」


可愛いって思ってるよ、なんて言ったら顔を真っ赤にして怒るか照れるかどっちだろう。そう言えば俺達はさっき好きだと言い合ったものの、そこから先の話をしていない。可愛いだのなんだのと言うにはまだ早いのではないか。

今後の展開に悩みつつもきちんと役割を果たすため、説明書を見ながら排水ホースの装着に取り掛かった。すると驚く事に、あっという間に繋がってしまった。


「できた」
「えっ!もう?」
「うん」


あまりにもあっけない。自分はこの間これを「出来ない」と言って直さなかったのかと思うとちょっぴり恥ずかしい。演技だったとしても。だけど 白石さんが俺の早業に感動しているので救われた。


「もう外しちゃ駄目だよ」


洗濯機が可哀想だから。と言えば白石さんは、むっとして眉を寄せた。


「赤葦くんが会ってくれるなら外さないもん」


未だに俺の前で強気な態度をとる姿、誰にも見せたくないなぁと思う。まるで「ホースを外したのはあなたのせいです」とでも言わんばかりの言い方は俺の心を刺激した。


「そんなに俺に会いたいの?」
「な…なにそれ!赤葦くんは会いたくないの?」
「まさか」


白石さんは廊下の壁にべったりと背中を張り付けていた。逃げようとはしない。逃げられないのかも知れない。俺が真ん前まで迫っているからだ。でも俺を押し退ければ簡単に逃げられるのだから、結局彼女はこの状況から逃げるつもりはないって事だ。


「俺だって会いたいよ。好きなんだから」
「…そのわりに赤葦くん、余裕たらたらじゃん」
「そうでもないんだけど」


どうすれば分かってもらえるだろう。あまり表情の変わらないこの顔で得した事はあれど、損したなと感じるのは初めてかも知れない。好きな子に「好き」という気持ちが伝わらないとは。

ふと、白石さんが自身の胸元をぎゅっと掴んでいるのが目に入った。心臓を押さえているのだろうか。ドキドキしているから?なるほどそれなら俺だってドキドキしているのだから、これで証明してみせよう。


「貸して」


俺は白石さんの手首を掴んで、そのまま俺の左胸に押し当てた。俺が好きな子を前に緊張しているのを分かってもらうには、これが一番手っ取り早いのだ。


「……っあかあしく」
「ほらドキドキ言ってる」
「ちょ、」


白石さんの手のひらに力が入った。俺の胸をぎゅうっと掴んでいるから、もうティーシャツはしわくちゃ。だけどそれでも構わない。俺はもう白石さんにパンツをぐしゃぐしゃに握られたのだ。俺も白石さんの下着を触った。懐かしい出来事だな。

初めて会った時の事を思い返すと、あの時俺を変態扱いした女の子が今や俺の事を好きだなんて夢のようだ。こんなに近くで潤んだ瞳で見上げられるのも。
本当に信じられない。この子、俺をストーカーだと言って睨んでいたのと同一人物なんだ。あの時の目とこの目は同じものなんだ。


「…ちょ、と、待って」


もう少しで唇が触れそうになっていたけど、白石さんが俺の胸を押した。
このまま思いっきりキスしてやろうと思っていたので呆気にとられつつ、何か問題でもあるのかと見下ろしてみると、白石さんがもじもじと何かを喋っている。


「……私、赤葦くんのこと凄く好き…だけど」
「けど?」
「ひとつだけ、たぶん合わない事があるの」
「え」


今更そんな事言われたって困る。というか少々合わない事があるからと言って、好きな気持ちを抑えられるはずは無い。
だけど、そこまで改まって言うのなら何か重要な事なのだろうか。次に白石さんが何を言うのか恐る恐る耳を傾けると、白石さんも覚悟したように息を吸った。


「…知ってると思うけど!私、ひらひらの下着が好きなのっ」


ところが身構えていた俺だけど、思わず滑って転びそうになった。
ひらひらの下着がなんだって?全く理解できなくて「え?」と聞き返すと、白石さんは更に顔を赤くして叫んだ。


「赤葦くんは、あんまりそういうの好きじゃないんでしょ!?」


そこまで言うと白石さんは唇を結んで俯いてしまった。

そういうことか。思い出した。俺はいつだったか確かに言った、「ヒラヒラしてないやつが好き」と。白石さんを意識して。
だけどそんなの本当ではなくて、ただ白石さんに仕返ししてやろうとして言った悪戯だったのに。白石さんは今もそれを俺の本心だと思って気にしているのか。


「なんで黙るわけ」


俺が何も言わなくなったので、白石さんは不安そうに顔を上げた。そっか、俺が答えないのは不安なんだ。そんなに俺の事がもう、好きで好きでたまらないんだ。


「…白石さんて、ほんと最高だね」


もう我慢できなくて、息が出来なくなるくらい強く、両手を回して白石さんを抱きしめた。下着のデザインなんか気にしてないよ、って言うのは後にする。例え幼稚園児みたいなキャラクターものだったとしても受け入れよう。そんな事を気にして不安になってしまうような女の子、もう手放したくなんか無い。