02


家から白鳥沢までは幸運にも乗り換えが無く、電車一本で通う事ができる。部活で朝は早く夜も遅いのでこれはとても有難い事だった。通勤ラッシュのピークからは外れた時間帯のため、半々の確率で座る事もできる。
今日はちょうど端の席が空いていたので座ろうとする、と。


「………あ」


俺とその子は目が合った瞬間、同時に口にしただろう。昨日痴漢に遭っていた女の子が座っていたのだ。
数秒間、目が合ったまま立ち止まっていたが「ドアが閉まります」のアナウンスで我に返る。


「…隣、いいですか」


声をかけると軽く頷いて、俺の座れるスペースを空けるように少しだけ反対側に寄ってくれた。

昨日痴漢に遭ったばかりなんだから、男に触れるのは嫌だろう。
でも座ろうとして目が合ったのに俺が離れた場合、それはそれで嫌な印象を与えるかも知れない。なるべく肩とか体が触れないようにゆっくりと座った。

電車が動き出し、身体が揺れる。何か昨日の事について言うべきなのだろうかと考えていると、向こうから声をかけてきた。


「昨日の人ですよね、…白布さん?」
「…はい」
「昨日はありがとうございました…」
「いいですから」


俺自身、知らない女の子と気軽に話すスキルなど身に付けていないので会話が続かない。
膝の上に乗せた大きなスポーツバッグを抱えたまま、がたんがたんと電車が揺れる。


「いつもこの電車なんですか」


この無言の空気を、彼女も何とかしようと思ったらしく質問を投げてきた。
無理に会話する必要は無いと思いつつも、昨日の今日だから俺は素直に応じる事にした。


「はい…て言うか、同学年だと思います」
「えッ、2年生?」
「2年。…言わなかったっけ」
「聞いてないかも、です」
「そっか…まあ…そういう事だから敬語じゃなくて良いよ」


正直、言葉に気を遣うのは部活中だけで精一杯だ。
同い年である事に少しの安心感と親近感を覚えたのか、女の子は深呼吸をして落ち着いたかに見えた。
…やばい。また名前忘れた。


「電車、平気?」
「はい…うん平気、まだ路線に慣れないけど…」
「慣れない?」
「東京から転校してきたの。この春」


だから、初めて見かける顔だったのか。
話を聞くと、転校して来てからの1ヶ月でだんだん友達もできて最近部活に入った事で、電車がこの時間になったのだという。


「白布くんも運動部?」
「うん、バレー部」
「!」


彼女は目と口を大きく開いて反応した。


「何?」
「…私、バレー部のマネージャーになったの」
「……青城の…?男バレの」
「そう」


昨日出会い連絡先を教えてくれた可愛い女の子は、ライバル校のマネージャーだった。
そう報告した時の太一の反応が容易に想像できる。実際俺も結構驚いている。

そしてその子は共通点を見つけたからか、少し声色が明るくなった。


「白鳥沢のバレー部って宮城でトップだよね!?」


明るくなったどころか目を輝かせていた。最近まで東京に居たにしては詳しい。青城の部員に聞いたか、自分で調べたのか。


「……そう言われてるね」
「メンバーはスポーツ推薦で入ってきた人ばっかりって聞くよ…凄いんだろうなあ」


今更、自分が推薦組ではない事なんてそんなに気にしていない。むしろ「推薦」というアドバンテージが無くても試合に出られる事を誇りに思う。
でも俺がスタメンで、推薦ではない事を知ったらどんな反応を見せるんだろう。


「俺は推薦じゃないけど」
「え…、あ…ごめんなさい」
「いいよ、試合には出られてるから」
「白鳥沢の…スタメン?」
「一応」
「え、えっ、それで…!」


彼女はまだ話し足りないと言ったふうに食いついてきたのだが、そこでタイムリミットが来た。昨日降りた駅、つまり彼女の乗り換えの駅に到着したのだ。

「ああー…」と残念そうに言いながら立ち上がり、スカートの後ろをはらう。
心なしか昨日よりもスカートが長いのは、やはり痴漢対策だろうか。って、これじゃあ俺が痴漢みたいだな。


「あの、明日もこの電車?」
「うん」
「じゃあ明日、続き話そう」
「……うん」


そう答えると、やった!と呟いて手を振りながら電車を降りて行った。毎日の電車通学の時間に、ちいさな楽しみが増えた瞬間だった。





「なにそれ。ラブコメですか」


部室で着替えながら今朝も電車で会ったことを報告すると、太一は「お前と入れ替わりたい」などと話した。
入れ替わったところで太一なら最初の痴漢を目撃した時、静かに声をかけるのではなくその場で胸ぐらでも掴んでしまいそうだ。


「…で今朝聞いたんだけど、その子青城のマネージャーだった」
「え!?バレー部の?」
「うん」
「げぇ!及川に食われてねーかな」
「……お前下品。」


太一の発言にため息とともに返すも、特に悪びれた様子無く一足先に体育館へと向かって行った。
俺はそれを見計らって、財布の中に仕舞った彼女のノートの切れ端を再確認する。

白石すみれ。

名前、覚えておかないと。
連絡先も書かれているけれど、明日からも電車で会うならいちいち連絡をする必要も無いか。そう思い、もう一度財布の中にそれを戻した。

体育館に向かうとすでに1年生がネットを張り終えていて、ボールの音が聞こえていた。監督やコーチはまだ来ていない。そのせいか天童さんの元気な声も響いていた。…最悪な台詞が響いてる。


「ちょっとちょっと!モテ二郎クン!」
「おはようございます…」
「太一に聞いたよ〜電車でナンパするなんてやるジャン」


話に尾ひれ背びれが付きまくっているのは太一のせいか、この人のせいか。


「…ナンパじゃないです」
「青城の美少女でしょ?その子奪ってアッチのやる気削いでやろーよ!名案だわ〜」


ここ白鳥沢学園のバレーボール部で、青城バレーボール部のマネージャーと繋がりが出来たというのはちょっとしたニュースのようだ。
県内二強の中で、互いの学校の同じ部活に知り合いがいるという事はそういう事。

でもバレー部としてではなく、「同じ電車に乗る女の子」として仲良くなれたらいいと思っていた。


02.共通点を見つけました