20181205


同じクラスの赤葦くんは多分モテている気がするんだけど、本人は彼女を作る事に興味が無いのか(それともゲイなのか)、全く女の子と仲良くする素振りは無い。
他校に彼女でも居るのかなと思ったけれどそうでも無さそうで、単純に学校ではそれなりの交友関係を築きそれなりの成績を保ち、残りは部活に集中したいようなのである。
それは私にとって有難くもあり悲しくもある。だって赤葦くんは他の女の子と付き合う可能性が無いだけじゃなくて、私とも付き合ってくれる可能性が薄いって事だ!しかも私が慌てたのはそれだけじゃない。


「赤葦くん、今日誕生日だよね?おめでとう」


…などという赤葦くんの大事な誕生日の情報を、他の女の子が彼を祝うのを聞いて初めて知ってしまったのだ。
今日が誕生日だなんて聞いてない!何を隠そう私は赤葦くんに「誕生日いつ?」と聞けるほど話した事が無いのだ。


「え…知ってたんだ。ありがとう」
「春高頑張ってね、応援行くねー」
「うん」


どうやら女の子はプレゼントを渡す事はなく、お祝いだけ言って去って行った。
どうしよう。私もおめでとうって言いたいけど手ぶらは嫌だ。何か爪跡を残したい。でも話しかけるタイミングは無い。私の席と赤葦くんの席はとても離れているから。運命的に日直とか委員会が一緒、という事も無い。学生生活において考えられるフラグは全く立っていないのだった。


「すみれ、今日どうする?」
「えっ?」
「えっ?じゃなくて、新しいフラペチーノ飲みに行こうかなって話してたじゃん」


放課後、友だちの奈々ちゃんに言われて思い出した。
そう言えば駅前のカフェで今日から新作のフラペチーノが発売される。発売日に絶対飲むぞと話していたのを忘れてた。赤葦くんの事を考えていたせいで。


「あ…ああ、うん…そうだね」
「行く?」
「えーと………」


ちらりと赤葦くんのほうを見ると、もう机の中から荷物を取り出して鞄をまとめていた。行動がテキパキと早い。今から部活に行くのだろうか、となれば今日はもう私が赤葦くんと関わるタイミングは無くなってしまう。普段からそんなタイミングは来ないんだけど。


「…うん。行こ!」


どうせ残っていても赤葦くんと話せる機会なんて無い。お祝いを言う勇気が湧いてくるかすら分からないのだ。それなら美味しいフラペチーノを飲んで少しでも幸せな気分になる方がいい。
と、無理やり自分を納得させる事にした。


「大きさどれがいい?」
「んーと…トールかなぁ」


さすが新商品の発売日とあって、そのカフェは既に行列だった。学校帰りの学生が多い時間帯なので尚更だ。梟谷の学生も利用する場所なので、目の前にはとても大きな梟谷の人が立っているせいでメニューが全く見えない。


「ネットでメニュー見よっか」
「そだね」


無理して背伸びをしなくても、今やインターネットで何でも調べられる時代。というわけで奈々ちゃんがネットで検索してくれる事になった。
すると私たちの会話が聞こえていたのか、前に立っていた男の人が振り向いて会釈をしてくれた。


「ごめんなさい見えます?」
「大丈夫で…、!」


びっくりした。私、この人に見覚えがある。同じ学校の制服だから見かけた事があるのは当たり前だけど、重要なのはこの人が赤葦くんと同じ部活の人って事だ。胸元のクラスバッジを見たところ三年生である。
その先輩が前を向いてすぐに、私は奈々ちゃんを肘でつついた。


「何?」
「ば、バレー部の人だ」
「え?あ、ほんとだ」


バレー部の先輩はアレがいいコレがいいという会話に加わっていた。よく見ると前の集団はみんなバレー部だ。今日は部活が休みなのだろうか?


「あ…あかあかあか赤葦くんが居るかも」
「お。そういえば」


私たちは近くに赤葦くんが居るのではないかと、店内を見渡した。何を隠そう私が赤葦くんに惚れている事は奈々ちゃんも知っているので、協力してくれてるのだ。けれど姿が見当たらず、まさか寒い中テラス席に?…外にも居ない。

もしかして赤葦くんは来ていないのかも知れないな。そう諦めかけた時、全く見向きもしていなかった方向から男の子の声が。


「奥の席取っときました」


その声に、姿に、私と奈々ちゃんは「あっ」と声が出そうになった。赤葦くんだ!団体だから席を取っておくために奥に行っていたらしい。


「おー!サンキュー」
「俺らフラペチーノにするけど赤葦は?」
「え。身体冷えません?」
「知らん!多分いける!」
「はあ…風邪引かないで下さいよ」


バレー部の皆様方は私たちと同じフラペチーノが目的だったようで、各々注文を始めた。
赤葦くんは別のものが良いらしくて、上の方に飾られているメニューを見上げている。真後ろに並んでいる私たちには気付いていない。後頭部も素敵だな、やっぱり背が高いな、と思いながら見上げていると、視線を感じてしまったのか赤葦くんが後ろを向いた。


「…あ」
「!!」


赤葦くんは完璧に私たちに気付いてしまった。気付かれて困ることは無いし、むしろ気付いてくれないかなぁと思っていたけど。お互いにペコリと会釈して、赤葦くんはまた前を向いてしまった…が、またこちらを振り向いた。


「ごめん。見える?」
「え、うん!大丈夫」
「ほんと?あ、先に並んでていいよ」
「え、」
「俺まだ決めてないから」


なんと赤葦くんが私たちに列を譲ってくれたではないか。あまりにも素敵な行動だけれども私と赤葦くん(と奈々ちゃん)が一緒に過ごせるのは列に並ぶ間だけ。赤葦くんを抜かしてしまえばもう、まもなく注文を終えるバレー部しか居ない。というかレジが片方空いてしまった。


「すみれ、頼む?」
「え!あー、うん。ごめん、まだ」


奈々ちゃんは空いたレジに進むかどうかを聞いてきたけど、どうしよう。進まなきゃいけないのに進みたくない。頼みたいけど頼みたくないのだ。
私がこの複雑な悩みに顔を歪めていると奈々ちゃんは最初は不思議そうにしていたものの、やがて全てを理解したように頷いた。


「ん!じゃあ私、先頼んで座ってるね」


ああ奈々ちゃんありがとう。なんて優しい友達なの。奈々ちゃんが赤葦くんじゃなくてバスケ部の先輩に恋してて本当に良かった。

その素晴らしい空気の読み方で先に注文を始めた奈々ちゃんの後ろに、赤葦くんと私は取り残された。
まだ赤葦くんは注文が決まっていないらしくて、レジから少し離れて他の人に順番を譲ろうとしている。必然的に私も同じように後ろに下がってしまったので、赤葦くんがとうとう私に話し掛けてくれた。


「決まらないの?」
「う、うん」
「だよね。俺も」


俺も、だって。ごめん赤葦くん、私本当は飲みたいものが決まっているの。だからせめてものお詫びとして、注文が決まらない赤葦くんにメニューの説明をしてあげる事にした。


「あのね、アレが今日からの新作なんだって」
「へー、そういや先輩が言ってたな」
「ああいうの好き?」
「うーん…俺はこういうとこ自体あんまり来ないから」


赤葦くんはレジ横から取ったメニューを隅から隅まで、裏も表も何度も見返しているので本当に慣れていないようだ。流行りものとか興味が無さそうだもんなあ。いつも教室ではペットボトルのお茶かスポーツドリンクを飲んでいるし。


「白石さんは普段なに頼むの?」
「え」


ぼんやりと赤葦くんの事を眺めていたら、急に質問された。絶対間抜けな顔になってた、やばい。


「私!?私は、えーと…これ。フラペチーノ」
「コレ寒くならない?」
「なるんだけど…なんだろう…クリームとか色々美味しくてつい新作が出ると毎回頼んじゃうというか」


流行りに左右されるつまらない女だって思われるかな。赤葦くんはそんな事考えるような人じゃないと分かりつつも、少しでも自分をよく見せたくて必死だ。
赤葦くんはフラペチーノに関する私のお粗末な説明に耳を傾けてくれて、わかった、とメニューを閉じた。


「じゃあ俺、よく分かんないから白石さんと同じやつにしてみようかな」
「え!?」
「あ、真似されるの嫌?」
「ちが…違う違う、全然いいんだけどっ」


それどころか嬉しくて舞い上がりそうだけど果たして私の好みが赤葦くんにマッチするだろうか。「こいつ、こんな甘ったるいのが好きなんだ」と幻滅されたら?


「お決まりでしたらどうぞ」


そうこうしているうちに、もう私たち以外には誰も居なくなってしまった。ずっと後ろの方で悩んでいても邪魔だろうしレジの人に怪しまれてしまうので、仕方なく私はゆっくりと前に進んだ。


「…これのトールで、ホイップ多めで、このソース追加してください。あとチョコレートチップ」
「かしこまりました」


それから店員さんが注文を流暢に復唱するのを、赤葦くんは感心したように聞いていた。


「…なかなかトッピング多いね」
「ご、ごめん…このへんは好きに変えられるよ」
「そうなんだ…分かんないからそのままでいいや」


赤葦くん、ごめんなさい。やっぱり私のような甘党が頼むものと同じだなんて、申し訳ない。注文の仕方もメニューもよく分からないと言う彼に、シンプルなメニューの説明をしてあげれば良かった。
でももう遅いので、赤葦くんが「俺も同じもので」と言う前にせめてこれだけはと私は声をあげた。


「あの、同じのもう一つ下さい。お会計一緒で!」


「もう一つ」の時と「一緒で!」の時の二回、私は人差し指をビシッと立てた。
店員さんはかしこまりました、全く同じものをおふたつですねと確認してレジを打つ。その間に、後ろに居た赤葦くんが戸惑った様子で身を乗り出してきた。


「え、お会計一緒でって?」
「私が払うから」
「え…なんで、自分で出すよ」
「いいの」
「よくないって」
「いいから!誕生日だからっ」


だから払わせて欲しいんだよ言わせんなコノヤロー!という気持で制すると、赤葦くんはほんの少し目をくりっと丸くした。


「誕生日、知ってたの?」


その顔を見て、ああどうしようとまた焦った。私に誕生日を伝えた覚えなんか無いだろうに、気持ち悪いよね。そもそもそこまで親しくないのにいきなり誕生日祝いで奢るだなんて。でも言ってしまったものは仕方ない。


「今日…たまたま…クラスの子が赤葦くんにおめでとって言ってるのが聞こえたから」
「ああ」
「だから、お祝いしなきゃって…」
「そんなのいいのに」
「………」


確かに、そんなの不要な事だろう。余計なお世話、ありがた迷惑、そんな感じ。でも好きな人の誕生日だと当日に知ってしまった哀れな女子高生には、このくらいしか策がないのだ。


「…したいから。させてクダサイ」


そして、上手い言葉を選ぶなんて出来ないのだ。店員さんには聞こえないように俯いて小声で言うと、赤葦くんはどんな顔をしていたか分からないけど「うん」と聞こえた。


「じゃあ、ご馳走様です」
「…うん」
「今度俺もお返しさせてね」
「え、いいよ!それが目的じゃないからっ」


思わず顔を上げて、両手をブンブン振って否定した。見返りが欲しいわけじゃなかったから。そりゃあ「この子に誕生日を祝われた」と意識して貰いたかったのが本音だけど、代わりに何かが欲しかったんじゃない。がめつい女だと思われてはたまらない。


「したいから。させてください」


けれど赤葦くんはさっき私が言ったのと同じ言葉を使って、そう言ってくれた。
どき、と胸の奥で大きな音がするのを感じて思わず制服をぎゅっと掴む。赤葦くんに聞こえてしまう。聞こえるわけないって分かってるけど。


「…わかった…」
「ありがとう。じゃあ」


それだけ言うと、赤葦くんはちょうど出てきた二つのフラペチーノのうち片方を持って、先輩たちの居る席へと歩いて行った。
その背中をぼんやり見送って、「お客様?」と店員さんに言われてやっと我に返り、私もフラペチーノを手に取った。

その後飲んだ新作のフラペチーノの味は全く覚えていない。赤葦くんの事ばっかりで、味なんてしたかった。
赤葦くんが今度どんなお返しをしてくれるのか、それとも社交辞令だったのか。どちらにしても彼の言った言葉が頭に響いて、奈々ちゃんに報告するのも一苦労だったのだ。フラペチーノの味を確認するために、また飲みに来なきゃ。

Happy Birthday 1205