06
靴下・三足セット五百円


俺がコインランドリーに行くのは二日に一度。夏が近づけばだんだん薄着になって行き洗濯物が減るので三日に一度、時にはかなりダラけてしまい四日に一度になったりもした。
けれどそれは去年の話で、今は五月末の暖かい時期を迎えてもしっかり二日に一度のペースを保っているのだった。何故かというと、コインランドリーでお気に入りの女の子に会える可能性があるからだ。

白石さんは同じ大学に通う同級生の女の子で、下着を洗濯機の中に忘れて行くような間抜けだ。おまけに、それを見つけた俺を見て下着泥棒のレッテルを貼るような失礼な人だ。更に、なにかと俺に対してつっけんどんな態度を取ってくる愛嬌の無い性格。
けれど時折警戒心を緩めて笑ったり、俺が後回しにしているアルバイトを「色々経験したいから」と始めていたり、ライスを勝手に大盛りにしてくれたり。かと思えば大きな猫目で睨んで来て、その顔で俺が怯むとでも思っているのか疑いたくなる。
長々と語ったけれども簡潔に言うと、俺は白石すみれを好きになってしまったって事だ。


「……居ない」


それなのに、意識し始めた後に限ってこういう事になる。
初めて会って以降は何故か頻繁に遭遇していたのに、洗濯よりも白石さんに会う事が目的になってしまった今、なかなかコインランドリーで会えなくなってしまった。

今日の洗濯物はあまり多くなくて、明日や明後日に持ち越しても良いぐらいの量なのに、たったこれだけのために三百円を入れるのがとても虚しい。洗濯せずに帰ってやろうかとも思ったが、何が悲しくて持ってきた洗濯物をそのまま持ち帰らなきゃならないのかと自問自答した結果、少ない洗濯量で三百円を使う羽目になっている。

最近会わないな、と思ってからの俺の行動は早かった。コインランドリーで会えなくても、俺は白石さんのバイト先を知っているのだ。
これではいつか言われた「ストーカー」という言葉がお似合いなので、正直会いに行くかどうかは相当悩んだ。でも家から一番近い駅前にあるファミレスに、偶然俺が食事をしに行くなんてなにもおかしな事じゃない。むしろ一度行っただけで全く行かなくなるほうがおかしいのではないか。
と、都合よく考えた俺は白石さんの働くファミレスに向かった。


「いらっしゃいませー。お一人様でしょうか」


ところが迎えてくれたのは全く知らない女の人であった。
そう言えば白石さんは週三回しかシフトに入っておらず、何曜日のどの時間帯に働いているのかを全く知らない。自分にしては珍しく非効率な事をしてしまった。
が、席まで案内されたからには何か頼まなくてはいけない。ドリンクバーだけで帰るのも恥ずかしくって、普通に食事をしてしまった。何やってんだ俺。



大学でも、当然だが教育学部とは授業の内容が違うので会う事もなければ見かける事も無かった。教育学部に通う知り合いも居ないし、居たとしても「白石さんって知ってる?」なんて聞きたくない。もしソイツも白石さんに興味を持ったら大変だ。俺の心をこんなに掴んで離さない女の子なんて滅多に現れないのだから。


「あ。赤葦くんじゃん」


もしかしたら会えるかも。そんな期待は忘れようと意識し始めた日の夜、何度も願ってきた事が起きた。白石さんが、コインランドリーで洗濯機を回している!そして洗濯が終わるのを待っているのか、椅子に座って手元のスマートフォンを触っている。
俺が現れたのを見て、白石さんイヤホンを外しながら言った。


「ひさしぶり〜」
「…ひさしぶり」
「ちゃんと洗濯してる?全然会わないね」


それは俺の台詞である。俺がどれほど白石さんに会うのを狙って日々行動している事か。


「してるよ。白石さんこそ、見かけないから洗濯溜めこんでるのかと」
「そんなわけないじゃん。今日だって来てるよ」
「…だね」


という事は本当に俺のタイミングが悪いだけらしい。ともかく白石さんが知らないうちに引越したり、別のコインランドリーを使い始めたわけでは無さそうだ。
今回は間が開いてしまったけど、それなら今後もひとまず安心。心配事の無くなった俺は安堵のため息を我慢しながら、洗濯機の中に洗濯物を入れ始めた。


「あ!実は大ニュースがあるのです」


背後で白石さんが言った。
大ニュースって何だそれ凄く気になるぞ。しかし気になる素振りを見せるのが恥ずかしいので「どうしたの?」と冷静に応えてみた。


「洗濯機、買ってもらえる事になったんだ」


せっかく表面上は冷静さを保っていたのに、一気に消えた。手元がおそろかになって持っていた靴下が地面に落ちるほど。そして、それを拾い上げるより先に彼女を振り向いてしまうほど。


「………え?」
「親がね、遅い時間に出歩くくらいなら買ってやるって言って」
「……」
「だからもうちょっとしたら、いちいちココに来なくて良くなるの」


白石さんはとても嬉しそうで自慢げだ。わざわざ洗濯のために大きな袋を抱えて出歩かなくて良くなるんだから、それは嬉しいだろう。女の子だから夜は危険も伴うだろうし、洗濯が終わるまで待つ・あるいは一旦帰宅すると言う非効率な事も無くなる。自宅に洗濯機を置くという事は、彼女にとって良い事づくし。

それなのに俺はちっとも嬉しい顔をする事が出来なくて、白石さんが首を傾げていた。
だってそうなれば白石さんは、ここに来る事が無くなる。そうしたら俺は、いつどこで白石さんとの時間を楽しめばいいんだ。


「どしたの?」


絶望しかけていた時に、白石さん本人の声で我に返った。俺が洗濯物を取り落としたまま拾わないのを見て不思議がっている。やばい。ちょっと意識飛んでたかも。


「いや、なんでも…おめでとう」
「ふふふ。羨ましいんでしょ」
「…そうだね」


俺はやっと落とした靴下を拾って、洗濯機に投げ入れた。

家に洗濯機が来るなんて羨ましい。俺だって自分の家に欲しいとも。
けれど、それで白石さんに会う機会が減るなら話は別だ。俺たちは学校で会う事も無く、彼女のバイト先では会えたとしてもゆっくり談笑する暇など無い。ファミレスでは料理を注文しなければならないし。
その点ここはたったの三百円払えば白石さんと会話でき、ついでに洗濯もしてくれる。…あ、逆か。たったの三百円で洗濯してくれて、さらに白石さんとの会話もできる。運が良ければ。だがそれは間もなく不可能になる。


「ちなみに洗濯機って、いつ届くの?」


まずはリミットを知らなければならない。何気なく聞いてみると、白石さんは座ったまま足をぷらぷらさせながら答えた。


「親と一緒に週末買いに行くよ。そのままお父さんの車で持って帰って、取り付けてもらう予定」
「ふーん…」


なんて嬉しそうに話すんだろう。そんなに洗濯機が欲しいのか。そんなに俺と話すより、家で洗濯したいのか。…俺は何と張り合ってるんだ。洗濯と俺とどっちが大事なの、ってか。


「いいでしょ〜」


白石さんの中では俺が「羨ましがっている」と言う事になっているらしい。悪戯っぽく笑う白石さんは俺が今どんな気持ちなのか、全く理解していないようだ。けれど本音を言う気には到底なれなかった。


「…すぐ壊れればいいのに」
「ひっどーい。ヒガミはやめてくださーい」
「……」


僻みたくもなる。俺はまだ白石さんの家すら知らず、このコインランドリーで少しずつ距離を縮め、やっと警戒心を解いて話してくれるようになったのに。その俺を差し置いて、家電量販店の洗濯機のほうが先に白石さんの家に上がるのを許されるなんて。
洗濯機なんか壊れてしまえばいい。そしたら白石さんはまた、ここに洗濯をしに来るしかなくなるのだから。けれどまさか自宅に侵入して洗濯機をぶっ壊すわけにも行かない。今週末までに何か出来る事は無いか?