20181110


スポーツをしている時って魅力がちょっとだけ増して見える。休日返上で練習した成果を見せる場とかだと、特に。例え喧嘩中であっても格好良く見えてしまうんだから困ったものだ。

私が堅治に「ほっといて!」と言い放ったのは二日前の事で、仲直りをしないまま今日を迎えてしまった。
よりにもよって堅治の誕生日直前に啖呵を切ってしまうなんて、と自分にもうんざりるすけれど、一昨日のは絶対に堅治が悪い。そのへんを歩いている綺麗な女の人を見て「お前もあれくらい外見に気を遣おうとは思わねーの?」と言いやがったのだ。
じゃあ私みたいな外見の女と付き合わなくてもいいじゃんか!と思ってしまったけど、それを言ってはお終いだ。でも怒りはふつふつと燃え上がる。このまま居たら大泣きしてしまうと判断した私は「ほっといて!」の台詞に至ったのである。

しかしそんな事があったからといって誕生日の約束を何も言わずにすっぽかすというのは、また違うのではないか?という面倒くさい感情が生まれてしまい、11月10日の今日、学校で行われた練習試合を約束通りに見に来た。
そうしたら、ムカついてムカついて仕方ないはずの恋人が普段通りに格好良く見えた。だから困っている。


「ありがとうございましたー」


自分の気持ちを処理するのに必死になっていると、試合が終わって早々に体育館の片付け・掃除が始まっていた。他校の部員たちも伊達工業の生徒に指示を仰ぎながら手伝っている。その中心に居るのはやっぱり、主将の二口堅治なのだった。


「バスケ部と交代だぞーさっさと撤収ー」
「オース」


片付けも大半を終えたところで、再び堅治が全員に指示をした。午後はバスケ部が体育館を使うらしい。
ちゃんとこの後の部活の事も考えてるんだなと鼻高々な気持ちもあり、だからって一昨日の言葉は許さないぞという怒りもあり。そんな複雑な気持ちで私も体育館から出ようとすると、ちょうど堅治と出くわした。


「……!」


互いに目が合って、挨拶すべきかどうか迷う様子が伺える。だって一瞬、堅治の口が開いたから。
しかしいったん口を閉じてムスッとしたかと思えば、素っ気ない声でこう言われた。


「来てたの」


カチン。私も頭に来た。来てくれたんだな、ありがとう、とでも言われればちょっとは水に流してやろうと思ってたのに。


「来てましたけど」


だから可愛げのない声で、同じように返してやった。
堅治は私の態度にダメージを受けてはいないものの、彼の神経にちょっと刺激を与える事には成功したみたい。「ふーん」と低く唸って、持っていた袋を突然私の方へ投げて寄こした。


「わっ、え」
「持っといて」
「え!?」


感触からしてこの袋にはシューズが入っているようだ。私にこれを持っておけという事は、一応この後の約束は生きているという事になる。誕生日だから、練習試合の後で出掛けようっていう約束だ。
しかし、こんな雰囲気でデートなんて成立するのだろうか?それに、ただシューズを持っておけと言われてもこの後私はどうすればいいのだ。


『校門』


その時、スマートフォンにメッセージが届いた。絵文字も顔文字もスタンプも無い、堅治からの短い文章。…文章というか、単語しか入力されていない。
いつもはこういう時「校門行っといて」とか、そんな感じのメッセージが来るのだが。なんとなく刺々しい。


「怒ってんのかな…いや怒られる筋合いないし…なんなのホント」


また苛々が募り始めた。もしも堅治が怒っているのだとすれば、何に対して怒っているのか皆目見当もつかない。私は言わずもがな一昨日の発言について、大絶賛怒り心頭中だけど。

他の女性を褒めるなとは言わないし、私が周りの人と比べて綺麗とか可愛いとか思ってない。だからこそ、もう少し自分の彼女が自信を持てるような、喜ぶような事を言ってみせろってんだ。
こんなに怒っているのに堅治に言われた通り校門で彼が来るのを待っているなんて、褒められるべき事だと思う。


「よお」


何人かの生徒が出入りするのを眺めていると、校門の内側から声がした。堅治がブスっとした顔で、私に向けて言う声が。


「…よ…ヨオ。」
「真似すんな」
「し、してないし。そっちが真似すんなだし」
「何言ってんのお前?」


悔しい事に、さすがに今のは自分でもおかしいなとは感じた。


「来ねーかと思ったわ、今日」


そう言いながら、堅治が歩き始めた。私も一緒に歩き出したけど真横を歩く気にはなれなくて、堅治の斜め後ろを付いて行く事にした。


「…まあ迷ったよね。来るかどうか」
「で、来たんだ」
「だって約束してたし…その…ただの約束じゃなかったし」


今日は堅治の誕生日だから、そんな特別な日に何の連絡もなく来ないのは事態を悪化させると思ったのだ。でもそれは「誕生日を台無しにするのは申し訳ない」という良心が残っているだけの事で、先日の事を許した訳では無い。どうしても一言謝らせたくて、堅治の背中に向かって強めに言ってみた。


「でも私、まだ怒ってるから」
「フーン?」


ところが彼には全く響いていないらしい。振り向きもせずに、まるで私の怒りを煽るかのような声で言うではないか。
もしかして怒らせて楽しんでる?確かに時々わざと私を怒らせる事はあるけど、こんな日まで私の頭に血を上らせてどうする気だ。


「ふ…フーンって何!?ぜんぜん反省してないじゃん!」
「じゃあ聞きますけど、俺は何を反省すりゃいいわけ?」
「な、なにをって」


何をってそりゃあ当然、他の女性を褒めるのみならず私を馬鹿にした事について。今ではそれより「自分が悪いくせに謝らない」事に腹を立てているわけだが、元はと言えば一昨日のアレが原因だ。
それなのにやっと立ち止まって私の目を見た堅治の顔には、本物の疑問符が浮かんでいるかに見えた。


「…分かってないの?」


もしかして、私がなぜ怒っているのかを理解してないんじゃないか。そんな事はある訳ないと信じたいけど、万に一つの可能性として。
すると私の願い虚しく、堅治は顔をしかめてこう答えた。


「分かんねーしマジで。急に怒りやがって」
「ほ、ほんとに分かってないの?」
「しつっこいな!ほんとだよ」


どうやら嘘を言っているようには見えないので、本当なのだろう。記憶喪失?もしくは記憶の改ざん?随分と都合よく忘れているものだ。
また少しムカついたけど、原因を分かってない人に怒り続ける体力は無い。だから、私は次の作戦に出た。


「…キレーな人が歩いてるの見て…お前もああいうの見習え的なこと言われた」


堅治が私に言ったことを復唱し、自分がいかに酷い事を言ったのかを思い出させる作戦だ。
さすがに二日前の事なんだから、ここまで具体的に言えば思い出すだろう。そして「そんな事言ったっけ?ごめん、無意識で」とか言ってくれれば許してやろう。と、思ったのだけど。


「言ったけど?」


しれっとこんな事を言われては許す気になれない。というか覚えてんのかよ。驚きの方が勝ってしまった。


「覚えてたの!?」
「おう。あ、あれが嫌だったわけ?」
「そうだよ!なにそれ!私ひとりで怒ってたって言うの!?」
「そういう事になるわな」


悪びれた様子なく頷く堅治に、もう怒鳴る気力も湧かなくて。この二日間、せっかくの誕生日だから許したい、でもムカつく、あんな酷いことを言うなんて、と思い悩んでいたのは私だけ。堅治は私がどうして怒っているのか分かっておらず、ただ機嫌を損ねているだけだと思われていたなんて。


「……悲しい」
「俺だって悲しいわ、訳分かんねーうちにブチギレられて」
「だって普通分かると思うじゃん!」
「分かんねーの!俺男だから!女が何言われたら嫌なのかとか分っかんねーの」


そのように訴える堅治の声は強めだったけど、不思議と納得させられる内容だった。
思い返せばカッとなった私が急に怒って無口になってしまい、堅治が「どしたの?」「おい無視すんな」と話しかけて来たのに対し「ほっといて」と言って終了。
少しだけ頭が冷えた今、あの時「そういう言い方は嫌だ」ときちんと言葉で伝えていれば、こういう事にはならなかったのだと思えた。その点については私も謝るべきなのかもしれない。


「けど、まぁ…嫌だったんなら謝るよ」


ところが深呼吸して口を開こうとしたのに、先に堅治の声が聞こえた。


「え…?」
「ごめんな」
「………!?」


私が謝ろうとしたタイミングで、なんと堅治がめちゃくちゃ素直に謝ってきたのだ。
まさか今になって私の怒りを理解した?謝罪を受け入れる体制は整ってなかったので、私は慌てて言葉を探した。


「そ、え、そんなにすんなり謝られると調子狂うんだけどっ」
「は!?」
「だって堅治、わざと私の嫌がる事言って楽しんでるのかと思ったんだもん!」
「おい。どんだけ最低だよ」
「どんだけ最低だよって思ったよ!だから怒ってたの!」


それに、滅多に私の事は褒めないくせに他の人を褒めて、それどころか「あのくらい外見に気を遣え」だなんて。私の気に触るのも当然だとは思わなかったのだろうか。


「……あのさあ。悪いけど俺、あんまりそっち方面の空気読めないんだわ」


しかし、堅治が頭をかきながらこんな風に言うので、それ以上責める気になれなくなってしまった。


「だから勝手にキレたり、機嫌悪くなられると困るし」
「……」
「で、今度は俺がソレに苛つくわけよ。何で勝手に怒ってんだよって思って。負の連鎖じゃん」
「…はい」
「分かった?」


堅治は私の顔を覗き込んでいるくせに、かなりの上から目線であった。
何で私が諭されてるんだという疑問はあったけど、堅治の意見はよく分かる。ので、「分かりました」と素直に頷いたのだが。


「よし」
「よ…よしじゃない!ショックだったのはホントだもん」
「ショックだし超ムカついてたけど誕生日の約束は守ってくれるんだろ?そういうトコ好きだわーマジで」
「な」


さっき謝ってきた人間とは思えないような余裕っぷりである。しかもどさくさに紛れて「好き」だとか、そう言えば私の機嫌が簡単に直ると思ってるんだ!ちょっと直ったけど!
でも嬉しそうな態度を取るのは悔しくて、私は眉を釣りあげたまま堅治を睨み付けた。


「また怒ってんの?」


それなのに堅治はもう普段の様子で、私をからかおうとする。嫌な空気だったのがいつもの空気に戻ったのが嬉しくて、可愛く反応したいのにそれも悔しくて、どの感情を優先させればいいやら分からない。


「も、もう怒…ってない!」
「ヤッタネ」
「ぐう…」
「そういう顏すんなって。可愛いのが台無しっすよー」


ツンと堅治の指が私の頬をつついてきた。これも私が喜ぶのを分かっての動作か、そうなのか。


「…可愛いなんて思ってないくせに」
「思ってるよ?じゃなきゃ付き合わねーだろ」
「………。」
「ハイ喜んだー」
「よっ喜んでない!!」
「ぎゃはは」


ばんばんと背中を叩かれて、そのまま肩をぐいと抱かれて、私は堅治の隣に引き寄せられた。
ちくしょう。こんなに近づいたら、肩を抱き寄せられていたら、もう隠せないじゃんか。嬉しいに決まってんじゃんか。ときめくに決まってんじゃんか!


「おめでとうは?」


ただ、耳元で聞こえた余裕たっぷりの声にすぐ答えてやるのは癪だったので、誕生日のお祝いを言ってあげるのはもう少し後にする。

Happy Birthday 1110