08
前後不覚のランウェイ
30人を超えるクラスメートとともに一つのものを造り上げるには、多少なりとも衝突があるだろうと思っていた。ただ、白石のような人間が「主役を交代してほしい」と愚痴をこぼしたやつに向かってしっかりと謝罪できるとは思わなかった。ちゃんとやるからもう一度チャンスをください、と言えるようなやつだとは。
「私もごめん。白石さんが頑張ろうとしてるのは分かってたのに、ひどい事言った」
女子たちは互いに謝って、更に結束が強まったように感じる。推薦した手前、上手く行かなかったらどうしようと思っていたがその心配は無くなったようだ。それからの白石は見違えるように生き生きとし始めて、若利が白石を見る目も変わっていた。
「ようやく主役らしくなったな」
まぁ、その褒め方はあまりにも偉そうなものだったが。
「う…牛島くん!?あ、ありがとう」
「何目線だよお前は」
「何って、いつも一緒に心配していただろう」
「えっ」
「おーーい!ストップストップ」
確かに俺と若利はいつも、白石の事について話していた。でももう解決したんだし、知らないところで自分の話をされていたなんて知られたら絶対良くないし、何より俺が陰で白石の事を気にしていたなんて知られたくない。…たった今知られたけど。
「…そ、そんなに心配かけてたんだね…ごめんね」
「いやいや大丈夫、つうか若利の大根演技のほうが心配だよ俺は」
「む」
「牛島くんは大丈夫だよ!すごく上手になってきたよ」
なんとか話題を若利の芝居の事にして(悪いとは思っているが本当に大根なのだ)、その場をやり過ごす事が出来た。
推薦してしまった時からずっと心配していたけど、照れくさいから白石には知られたくない。成功が見えて来たんだし、もういいじゃん、そんな事。
「出演者のみんなー集まってー」
がやがやしている教室内で誰かの声が響いた。そっちに寄ってみると何人かの女子が固まっていて、俺や他のクラスメートを手招きしている。そして、手に持ったカラフルなものを広げてみせた。出演者達の衣装だ。
「もうすぐ衣装が出来上がりそうなの!ちょっと着てみてくれる?」
「おお、すっげえ」
「白石さんこっち来て!」
「う、うん」
教室内に設けられたパーテーションで、男女別のスペースへ誘導されていく。白石は奥のほうに引っ込んでいき、俺は手前に出してある明らかに毛皮っぽいものを指さされた。絶対コレじゃん。
「じゃあ山形くんはコレねー」
「毛だらけじゃん」
「野獣だもん」
王子様ベースじゃなくて野獣ベースで作られているらしい、分かってはいたけど。
野獣の時には肌襦袢みたいなのを着て大柄に見せて、その上から衣装を羽織ることになった。頭には被り物を乗せられて、それが毛で覆われているので頬や首がかなりくすぐったい。しかし、これが無ければ野獣には見えないので仕方ない。
一通り身に付けた姿になると、若利が褒めているとも貶しているとも思えない顔で言った。
「…似合ってるぞ。」
「ほんとかよ」
「嘘は吐かない」
そんなに俺は野生っぽいか、野獣っぽいか。クラスの誰もが似合う似合うと言ってくるので、やはり俺が主役に相応しかったのだと思う事にした。
「やばい!超いいじゃん!」
その時背後で声がして、振り返ったけど何も見えなかった。パーテーションが設置されていたからである。という事はその向こう側できゃあきゃあと女子の騒ぐ声がしている。そこでは白石が着替えているので何が起きたのかはなんとなく想像出来た。
「出てきて出てきて」
「ち、ちょっと恥ずかしいです…」
「どうせ全校生徒の前に出るんだからさ!早く早く」
その声とともに三名の女子が現れた。真ん中に居るのが主役の白石で、実行委員に手を引っ張られ、衣装係にはドレスの裾を引きずらないよう持ち上げられた状態。苦笑いしながら立ち止まった白石の足元でドレスが広げらるのを、ぼう然と眺めた。
「…どうでしょう。」
そう言ったのは苦しそうに顔を歪ませている白石だった。
どうでしょうって言われても、さすが衣装を着るとそれらしいなぁとか、重そうだなぁとか、馬鹿みたいな感想しか出て来ない自分がちょっと情けない。そんな俺を差し置いて周りの女子がわらわらと寄ってきた。
「ウエストやばくない?コルセット?」
「うん…すごい締め付けられてる」
「いや、でもすごい似合ってるよ!ちょっと山形くん横に並んでみて」
「お…おお」
そうだ、野獣に扮した俺とこの姿の白石が最後に踊るのだった。
離れて立っていた俺たちは少しずつ近くに寄って(何故少しずつなのかと言うと、ドレスを踏むのが怖かったから)やっと丁度いい位置に並べそうになった時、白石の身体が突然傾いた。
「うわ、とっと」
「大丈夫かよ」
「うん…ちょっとお腹が苦しくて…ぎゅうぎゅうに締められて立ちにくい。はは」
苦しそうだけど、なんとなく楽しそうだ。緊張よりも楽しみの方が大きいのかもしれない。ずっとの夢だったから。
「…山形くん、すごく似合ってるね」
「こんな毛むくじゃらなのに?」
「ふふっ、本物の野獣みたい」
「褒め言葉かよ」
「もちろん」
褒めてるよ。と言われた時に、今までずっと苦しそうに笑っていた白石の顔からコルセットの苦しみが消えたような気がして、ドキリとしてしまった。急に笑顔を向けられたからか、白石の衣装がドレスだったからか、別の理由か、それは分からないけど。
「その衣装で踊れるかどうか、試してみてくれない?」
妙な気分になっていると実行委員が言ったので、そういえば遊びでこんな格好をしているわけじゃないのだと思い出した。衣装を着て終わりではない、着たままで練習通りの事が出来るかどうかが問題だ。
「…じゃあ」
「うん。じゃあ…」
スパルタ講習を受けた最後のダンスシーンはビデオを観てみると、なんとか形になっているかに見えた。だからそこまで難しくは無いだろう。
…そう思って油断していたわけじゃ無いけど、これがなかなか思い通りには行かなかった。主に白石のほう。
「わっ、」
「うわ」
「ごめん」
「大丈夫…」
白石は一度体勢を崩すと、元通りに身体を起こすのが大変な様子だ。胴体をぎゅうぎゅうに締め上げられていると言うから仕方ない。それどころか、そんな事になってよく昼飯を吐き出さずに耐えているなと感心する。
「踊りにくいか?」
「いや…慣れたら大丈夫…かな?」
「ふーん…」
という事は慣れるまで練習に付き合わなきゃならないって事だ。それは全く構わないが。しかし俺が両手を掴んでいれば大丈夫な気もする。白石があまりにも明後日の方向によろけたりしなければ。練習を重ねたとしても本番で転んだりしたら大変だ。
「バランス取れなくなったら体重預けて来いよ、たぶん支えられるし」
「…ご、ごめん」
「何が」
「なんか緊張して」
白石は俺と目を合わせようとはしなかった。野獣モードの俺が恐ろしかったりして。
「大声出す以上に緊張する事あんのか?」
「…返す言葉もございません」
「だろ」
「はは…山形くん頼もしいね。ほんとの王子様みたい」
「……は…?」
何言ってんだこいつ、と言葉に詰まっていると突然白石の手が伸びてきた。かと思えば俺の頭に乗っかった毛だらけの被り物を取り去って、俺を野獣から王子の姿に変えた。
「凄く似合ってるよ」
されるがままの俺を見て、よくもまあそんな言葉を吐けるものだ。よくもまあ学園祭の相手役に向かって無防備な事を言えるものだ。よくもまあ、自分の姿は棚に上げて俺を褒める事が出来たもんだ。似合ってるって、それ俺の台詞なんだけど。
「白石は馬子にも衣装という感じだったな」
学園祭の準備から現実世界に引き戻されたなと感じたのは、若利の声を聞いた時だった。馬子にも衣装なんて言葉を知っていたとは。俺も最近知ったけど。
「…それ褒めてんのか?」
「似合っていた」
コイツには、嘘は吐かない、とついさっき言われたばかりだ。本音で白石の姿を褒めているらしい。
そりゃああんな衣装が着られるのは凄い事だと思うけど、普段と全く違う姿だから良く見えるだけなんじゃないのか。いや、その考え方は白石に失礼なんだけど。「似合ってる」って自分の口から言うのがなんとなく嫌と言うか、自分の中だけに留めておきたいと言うか。
「まあ、確かに…別人みたいだったっていうか…本番用の衣装だし」
いつもの制服じゃないし、黄色の華やかなドレスを着ていたし、だからいつもより違って見えたのだ。と、思う事にする。そうしなきゃ練習に集中出来ない気がする。