ふわふわホイップの上で踊るの


私の幼馴染はちょっと特殊だ。もしかしたらかなり特殊かも知れない。
学校内で彼を知らない人はおらず、取り組んでいるバレーボールでは地元のメディアも注目するほどの活躍ぶり。身長が高くて見た目も良くて、その同じ見た目を持って生まれたもう一人の人物・つまり双子の相方とともに有名人だ。

だから侑と治が稲荷崎高校に行くって言った時、同じ高校に進むべきかどうか相当悩んだ。その結果、私は違う道を歩むことにしたのである。
だって彼らが女子に囲まれているのを目の当たりにするのはとても酷なのだ。昔からひっそりと想いを寄せていた治のほうは、特に。


『誕生日オメデトー』


スマホには侑からのメッセージが届いていた。今日は私の誕生日…から一夜明けた翌日だけど、そんな細かい事は気にせずに送って来たのだろうと思われる。祝ってくれるだけ、というか思い出してくれただけ充分なので『ありがとう』のスタンプを返しておいた。

それからスマホをポケットに仕舞いこみ、はあぁと大きな溜息。
治は私の誕生日、覚えていないのだろうか。去年は確か双子揃ってメールをくれたのになあ。


「すみれ、今日どっか行く?」


放課後、鞄にノートなどを詰め込んでいると友人に声を掛けられた。いつも寄り道したり、休日に会ったりする仲良しの相手だ。もちろん私はその誘いに乗った。


「ええなあ。新しいフラペチーノ飲みたい」
「よっしゃ奢ったろ」
「え!ほんまに?」
「昨日誕生日やったやろ?」


昨日もお祝いの言葉をくれたのに、ずっと試したかったフラペチーノまで奢ってくれると言う。嬉しくってうんうんと頷き、私たちは「サイズどうする?」なんて話しながら校庭まで出た。

それから校門まで歩いていると、ふと友人の歩みがゆっくりになった。


「……誰やろアレ」


そう言う彼女の目線の先、校門には見慣れない制服の見慣れない男。
友人から見れば見慣れないものだらけの人物だけど、私は違った。彼の事は何年も前から知っているどころか、何年も前から淡い恋心を抱いているのだから。


「治……」


ポツリと名前を呟いたのと同時に、治は私たちに気付いた。


「お疲れさん」


ゲームをして時間でも潰していたらしく、スマートフォンをポケットに入れながら治が言った。
お疲れさんって、そんな毎日会ってる相手に言うような挨拶をされるわ、急に学校まで好きな人が押しかけてくるわ。このハプニングは喜んでいいのかどうか。


「お、お疲れ…?どしたん急に」
「どうしたもこうしたも…どうもせんけど」
「は、はあ…?」
「ちょお、このヒト誰!?」


友人は突然現れた他校の生徒に驚いていて、私に説明を求めて来た。治や侑と居ると必ずきらきらした瞳の女友達に聞かれるので、答えるのは慣れっこだけど。


「幼馴染やねん。中学まで一緒やった」
「そういう意味ちゃう!イケメンの幼馴染おるとか聞いてない」


けれど一応常識を持ち合わせているこの友人は、小声で言いながら脇腹を小突いてきた。
そりゃあ幼馴染が居るかどうかなんていちいち話のネタにする事じゃないし、ましてやそれがイケメンだなんて言うわけない。治の存在を他の誰かに知られてしまうのは、もやもやするんだもん。


「忙しい?」


わちゃわちゃしている私たちを見て治が言った。どうしよ、忙しいって答えたら帰ってしまいそうだ。それは嫌だ。でも今から彼女と寄り道の約束をしているし。


「え、えー…」
「大丈夫!うち帰るわ!明日どっか寄ってこな」
「えっ?」
「あとでメールする!」


ところが驚きだったのは、友人が急に解散を申し出てきたのだ。思いっ切り私にウインクをしながら。この一瞬で、この幼馴染が私の特別な人である事を見抜かれてしまったらしい。私が分かりやすいのか彼女が鋭いのか。
じゃあねと元気に去っていく姿が次第に遠のいていくのを、私たちはしばらく見送っていた。


「俺、邪魔した?」
「ううん、…してない」
「そか」


会うのが久しぶりだからか、何となくぎこちない。私たち普段どんな会話をしていたっけ。


「急にどうしたん?自分、部活は」
「休み」
「ふうん…」


休みやからって何で私の高校来てるねん、って聞くのが普通なんだけど。治に祝ってもらいたいな、治からはメールが来なかったなぁと思っていた矢先の事なので動転していたのかも知れない。
そんな時、治のほうが不自然に視線を動かしながら言った。


「フラペチーノ行く?」


誘い文句にしては唐突で、しかも「フラペチーノ行く」って日本語になってない。私は思いっ切り首を傾げた。


「……へ?」
「食いたいんやろ」
「あ、ああ…聞こえてたんや。ていうかフラペチーノは食べもんちゃうで、飲みもんやねん」
「液体かい」
「やし、治はあんまし興味ないやろ、そういうの」


カフェに行ってお洒落なものを頼むより、クーポンを使って可能な限り安く大量のフライドポテトを食べるのが好きな男だ。フラペチーノなんか好んで飲むとは思えない。飲んだとしても彼の口に合うとは思えない。


「俺は興味ないけど、すみれが飲みたいんやったら行ってやらん事もないな」


いやに回りくどい言い方だった。治は見た目は大人しいけど、言いたい事は包み隠さず言ってのけるタイプの人間なのに。


「…らしくない事言うて、どないしたん?」
「ウルサイなあ、行くんか行かんのかさっさ決めーや」
「い、行きます」
「ン」


元々フラペチーノを飲みたい気分にはなっていたのだ。治が一緒に行ってくれると言うなら行こう。
しかし何故急にフラペチーノを飲みに行こうと言い出したのか。わざわざそのために会いに来たとは思えない。彼はついさっきまで「フラペチーノ」が何なのかを正しく認識していなかったんだから。


「もしかして、誕生日やから?」


考えられる原因はたった一つだった。もしかしたら忘れているんじゃないかと思っていた、私の誕生日。
まさか誕生日だから会いに来たのだろうか。連絡も無く?いくら何でもそれは無い。「昨日誕生日やったよな、何か奢ったるわ」と事前に一言送ってくるのが普通だろう。
が、その普通の事が普通に出来ない男はむず痒そうに頭をかいた。


「……一応ソレやな」


似合わない事をしていると自分でも感じているのか、唇をちょっと尖らせて。中学時代に急激に成長した幼馴染は高校に入ってからも成長が止まらず、私よりもうんとガタイが良いと言うのに。まるで慣れない親孝行でもするかのような、しおらしい態度である。


「わざわざありがとう」
「べつに」
「侑は今朝メールくれとってん。昨日やでって返したらスルーされたけどな」
「フーン…」
「治は忘れてんのかと思ってたわ」
「……」


返事が無い。本当に昨日とか今朝の時点では忘れてたのかな。でも、こうして会いに来てくれただけ嬉しい事だ。違う高校に進学してから適わなかった、一緒に下校するという事が出来るのだから。

ひとまず駅前まで出ようという事になり私たちは歩き始めた。このまま稲荷崎の制服を着た長身の男が居ると目立ってしまうし。


「侑に聞いて思い出したん?」


目的地まで歩きながら、何故か自分から喋ろうとしない幼馴染に話を振る。話題として最も気軽に出てくるのは侑の事であった。
侑が覚えていたから、治も私の誕生日だった事に気付いてくれたのかと聞いてみると、ゆっくりと首を振った。


「俺は侑みたいには出来やんから」


そして、よく分からない返答。まさか寝ぼけてるのかと思ったけど、そういうわけでも無さそうだ。


「…どゆこと?」
「そのまんま」
「…どのまんま?」
「俺と侑は違う人間ちゅー事や」
「今ひとつ分からんなあ…」


そりゃあ双子だからって同じ人間だと思った事なんか一度も無い。違うからこそ私は治の方に惹かれて、侑には恋愛感情を抱かなかった。けれど治が今何を言いたいのかが分からなくて、どういう意味なん?と重ねて聞いてみると。


「すみれの誕生日、あいつはメールで済ます奴。俺は会って祝いたい」


私の目も見ようとせずに淡々と言うので、嬉しい事を言われた筈なのに頭がこんがらがりそうだ。まさか治の口から、会って誕生日を祝いたいだなんて。


「……ますます分からん…」
「分からんのかい」
「分からんよ」
「そんなんでよー高校受かったな」
「う!うるさいなあ!このへんやったらそれなりの偏差値や!」
「そんなにお利口なら分かるやろ」


言いながらチラリと私を見て、私もチラリと治を見て、目が合った瞬間に同時に逸らした。何で治も逸らすねん。お利口って何やねん。分かるやろって、何やねん。


「……分からんわ。いい意味でしか考えられへんもん」


私だって治に祝ってもらいたかった。誕生日おめでとうって送って欲しかった。違う高校に進んでからも、私に構って欲しかった。侑や治と三人で仲の良かったときから、私は治を好きだったのだ。


「私、ほんまは治からもメール欲しいなって思っとったんやから…」


侑のお祝いだってもちろん嬉しかったけど。待っていたのは治からの連絡であった。


「メールやなくて悪かったな」


トン、と治がわざと私に身体をぶつけてきた。
そう言えば昔から治は何か嬉しい事があると、こんなふうに誤魔化していたっけ。何だかそれが懐かしくって、今まで久しぶりで緊張していた糸が切れたような気がした。


「…やっぱメールやなくてこっちのがええかな。嬉しいもん」
「侑からのメールより?」
「そらそうやろ」


私、治の事が好きやねんから。って続けようとしたけれど、治が急に立ち止まったので言葉に詰まった。私を見下ろす彼の目が、やけに真剣なものに変わっていたせいでもある。


「言うのめっちゃ遅なってんけど、好きやねん」


言い返す気にはなれなかった。
いつから言おうとしててん!って突っ込むような気分には、とてもなれなかった。私だってずっと同じ気持ちで同じ事を言いたかったから。
まさか治もそうだったとは知らなくて、このまま心の中に仕舞っておこうと思っていたけれど。


「……いちばんおっきいフラペチーノ」
「おう」


それからトンと身体を当ててきて、あ、嬉しがってるんやっていうのが分かった。
私もそれが嬉しくて、「ほんまは昨日やってんからな!」なんて照れ隠しをしてしまった。奢ってもらったら、改めてお礼と、私も好きやでって言わなきゃな。