20181010


一目見た瞬間、ちいさな顔にふたつの大きな目が存在している事に驚いた。クラスのどの女子よりも目が大きいんじゃないかと思うくらい。
でも決して可愛らしい顏というわけではなく、適度に吊り上がっているその目からは意志の強さを感じる事ができた。
更に同じクラスになってから最初の点呼をされ、返事をした時の声が思いのほか低かった事も私のハートをキャッチした。
男子と話している時は無邪気に笑うのに、こっそり観に行ったバレー部の試合では武者震いするかのように不敵に笑って、チームの誰からも信頼されている様子が印象的であった。

ここまで述べれば私がその西谷夕という同級生に恋している事と、彼が思わず恋をしてしまうに相応しい素敵な少年である事は充分に伝わったはずだ。


「五時までに終わらそうね!最低でも十個は作って!」


クラスメートの声が響いたのは放課後の事であった。間もなく行われる学園祭で模擬店を出すうちのクラスは、看板や教室の入り口が目立つようにと沢山の花を作る事になったのだ。
私は実はこういう作業がけっこう好きなので、黙々と花を作っていた。それはもう時間を忘れるくらいに。


「白石さん、もうそんなにできたの!?」


無言で没頭していると、クラスメートの声で我に返った。顔を上げると、女の子が私の作った花の山を見てびっくりしている様子。


「うん…こういうの得意なんだ」
「すごーい!早いし綺麗だし」
「いやいや」
「西谷も見習いなよね!」


と、続けて私の近くで作業をする西谷くんに向き直った。
すぐそばに西谷くんが居ることに気付かないほど集中していた私は、ぎょっとして顔をそちらに向ける。そこでは確かに西谷くんが眉間にしわを寄せながら、いびつな花を作っているところであった。


「だってさあ、細かい作業苦手なんだよ」
「苦手っていうレベルじゃないでしょそれ」
「苦手なんだっつうの!」


ハイハイそうですか、と彼女はまた別の生徒に声を掛けに行った。
西谷くんは、見た目のとおりこういう作業が得意じゃないらしい。そんなところも私は悪くないと思うけど、学園祭の準備となると実行委員からの評価は厳しそうだ。
そんな事を考えながら、また一人で黙々とした作業に戻ろうとしていた時。


「なあ、なんか上手に作るコツってあんの?」
「えっ!」


なんと西谷くんが話しかけてきたのだ。私の隣まで移動してきて、私の手元を覗き込みながら!危うく仕上がりかけた花を豪快に破くところだった。


「こ…コツ?」
「白石すっげえ早業だから」
「そうかな…」


とは言いつつも自分が速い事は自覚している。なぜかと聞かれると明確な理由は分からず、ただただ「こういうのが向いてる」んだろうなと思うだけ。


「なんか、こういうの好きなの。ひとりで作業するのが」
「へー。変なやつ」
「………」


ドキドキが一瞬だけ消えた。まあ西谷くんからしたらそうなのだろう、彼の周りにはいつも誰かが居て楽しそうにしているから。私も友達は人並みに居るし仲もいいけど、騒がしくするよりはのんびりするのが好きなだけだ。
…それなのに自分とは真逆の人を好きになっているのって、どうしてだろう。


「やっぱ、白石って繊細そうだからそういうの得意分野なのかもな」


花びらを一生懸命広げようとしながら、西谷くんが言った。


「…センサイ?」
「繊細。意味知ってるか?」
「し、知ってる」
「すげーな。俺は最近覚えた」


意味、誰に教わったんだろう。というか、果たして彼は正しい意味を知っているのだろうか。もしそうならば嬉しいけれど、何故なら私は自分で自分のことを繊細だなんて思った事が無いのだ。


「私、ぜんぜん繊細じゃないけどね。ガサツだし」
「ガサツって俺みたいなやつの事じゃね?」
「家では結構ガサツだよ」
「ふーん。想像できねーな」


私としては、西谷くんが「繊細」などという言葉を日常会話の中で使うなんて想像できなかった。決して悪い意味ではない。ただ、好きな人に「繊細」って思われてるのは何だか照れくさい。その照れを隠すために私は花びらを広げるのを進めていき、もう何個目か分からない花を完成させた。


「はい、もう一個できた」
「はええなー」
「へへ…」
「コレ、こっからどうやったら綺麗になる?」


ついに西谷くんが私に助けを求めてきた。私のより少し大きい西谷くんの手の上に作りかけの花が乗っている。私は西谷くんの手には触れないように気をつけながら、その花びらを「ええとね、こうやって」と説明しながら広げていった。


「あ」


が、やっぱり手が触れてしまった。西谷くんの指の先に、私の手のひらが!
パニックになった私は咄嗟に手を引っ込めた。


「ご!ごっごめ、ごめん!」
「え、なにが?」
「わわわ私、ささささ触っ」
「何?」


恥ずかしくてうまく喋れない私を訝しげに見る。そりゃそうだ。私だって自分のパニック具合には驚いている。


「さ、触っちゃった。ゆび」


ゴメン、ともう一度謝ると、西谷くんは更に不思議そうな顔をした。というか怪しんでいるようだ。


「………お前すっげえ変なやつだな」
「ウッ」
「そんなので初めて謝られた」
「う…ご…ゴメン」


ああまた謝ってしまった。だって、好きな男の子の手に触れるなんて初めてなんだもん。
本当ならもっとドラマチックな感じで触りたいのだが、手を繋いだりする機会も今のところ無いし今後やって来るかどうかも分からない。最初で最後かもしれない西谷くんとの触れ合いだったのに、テンパって変なやつだと思われた。最悪の場合、金輪際触って欲しくなんか無いだろう。


「ご利益あるから触っていいぞ」
「え!?」


ところが絶望しかけていたところに真逆の申し出。西谷くんが右手を出して、触ってもいいと言ってくれたのだ!しかも「ご利益がある」という謎の理由を添えて。


「ご、ご利益って?」
「ゴリヤク。意味知ってるか?」
「知ってるけど」
「そうか。俺は最近知ったんだけど」


そっちも最近知ったのか。と突っ込むのは後にする。


「俺、今日誕生日だからおめでたいんだよ」


だって西谷くんが、私の知らなった衝撃の事実を口にしたのだから。

好きな人の誕生日くらい知っておけよと思われるだろうが、実は西谷くんの誕生日を知らなかったのだ。知る機会が無かった、と言うべきか。
「誕生日いつ?」って聞くのも恥ずかしいし、「西谷くんの誕生日知ってる?」と聞いて回ると私の想いが周りにバレるかも知れない。
だから、今日が誕生日だというのを突然知らされた私の驚きっぷりは結構大きい。


「………ッ誕生日なの…?」
「おー」
「おめ…え?うそ、しらなかった」
「そりゃそうだろ」


祝うべきか、本当に今日なのか念を押すべきか迷っていたがどうやら本当らしい。おめでとう、と伝えたけれど、「おー」とあまり気のない返事。自分から誕生日をカミングアウトしたくせに、祝われたいワケでは無いようだ。しかし好きな人の誕生日と聞いては黙っていられない。


「……じゃ、これ、西谷くんにあげるよ」


いま私に出来るのはこれくらいしか浮かばなかった。さっき私がつくった花をたちを指差して告げると、西谷くんはそれらを見てしばらく停止。それから私の顔を見てもう少し停止。目が合った状態がしばらく続いて、やっと西谷くんが口を開いた。


「…どういう意味?」
「これ、西谷くんが作った事にして…で、もう部活行っちゃいなよ。練習いきたいでしょ」


西谷くんはバレー部だ。今は練習時間を削っての学園祭準備中。実行委員の子からは「西谷はこれが終わるまで行っちゃダメ」と言われているのである。学園祭までの少しの間、放課後はクラスのための用意が優先されているのだ。

だからきっと私からのプレゼントは喜んでもらえるだろうと思っていた、が。
全く予想もしなかった事に、西谷くんはしかめっ面で私を睨んでいた。


「お前は俺を馬鹿にしてんのか?」
「え、へっ?」
「それは白石の!俺のはコレ!横取りみたいな事させんな!」


そう言いながら、彼の指は綺麗に仕上がった私の花と、自分の作ったいびつなそれを交互に指していた。
私はまるで悪い事を親に叱られたような感覚を思い出し、西谷くんが一方的に怒ったと言うよりは自分の発した言葉が失言だったのだと思わされた。西谷夕は自分のプライドを大切にする男なのだ。


「……ゴメンナサイ…」


勢いに少々戸惑いながら謝罪した。
西谷くんは「いい!」と大きく頷いたので、これはこれで解決したらしい。こういう話は長引かせないタイプのようだ。ホッとしたような、呆気にとられたような。とにかく彼の気分を害する事にならなくて良かった。

しかし、自分のノルマを仕上げるまで教室から出られない西谷くんは未だに柔らかい紙で作られた花を広げるのに苦戦している。


「けど、そういうのが繊細っていうのかもな」


破かないようにゆっくりと花びらを開きながら、西谷くんが話を始めた。再びでてきた「繊細」という言葉に私は目を丸くする。


「え…?」
「繊細?いや、なんていうんだろ。分かんねーけど」


分かんないのかよ。と他の人なら突っ込んでしまうのだろうが、私は何も言わずに続きを聞いた。話をしている時の西谷くんの手つきが、さっきよりも遥かに丁寧で優しくなっているのに魅入っていたせいもある。


「白石って俺に出来ない事、いろいろ出来るんだな」


それに、西谷くんが笑ってたから、私の事を評価するような言葉が出てくるんじゃないかと思って待っていたのだ。なんという自意識過剰だと思ったけれど嬉しい事に、彼は上記のような事を述べた。

私と西谷くんは違う人間だから、出来ることと出来ないことがそれぞれ違うのは当たり前だと言うのに。その当たり前すらも西谷くんにとっては、わざわざ褒めてくれる対象なのだ。私にはそれが凄いと思う。私にはきっと出来ない。


「……西谷くんこそ…私に出来ない事、たくさんできてる」
「白石に出来ない事?バレーとか?」
「ちが…わないけど」


当の本人は自分が他人より秀でている事についてあまり分かっていないらしく、素の表情で返されてしまった。バレーボールは確かに出来ないけど。そうじゃなくて、もっと精神的なこと。


「西谷くんのこと、見てたら元気になれる…から」


だから好きなんだけど、それを言うのは今じゃない気がしてやめておいた。
でも、肝心の「好き」を言わなかったお陰で西谷くんは口を開けてポカンとしている。どうしよう。「見てたら元気になれる」っておかしかった?自分の元気のために勝手に見てんじゃねーよって思われたかな。いや、そんなこと思うような人じゃないって分かってるけど。
しばらくボンヤリしていた西谷くんだったけど、やがて彼の中で合点がいったらしく手をポンと叩いた。


「…?ああ。ゴリヤクか!」
「え!?…あ、う、うんそうご利益」
「今日の俺はめでたいからなー」


これは西谷くんにしか出来ない解釈だろう。私が西谷くんを見て元気になるのは、彼が誕生日でおめでたいオーラを放っているご利益のお陰だと言う。元気をもらっているのは今日だけの事ではないんだけど、ややこしくならないために秘密にしておいた。それに、


「ホレ。ご利益やるよ」


と、西谷くんがお花を作るのをやめて、私の手をぎゅっと握ってきたのである。そんな事をされたら言おうとした言葉も喉の奥に引っ込んでしまうというものだ。


「に、にし、」
「何だよ?元気が欲しいんだろ?」


元気が欲しいというかなんと言うか。私が勝手に元気になっているだけなのだ。西谷くんを見て。だって好きなんだから。
抵抗出来ない私の手をぎゅ、ぎゅっと数回握ると、ぱっと離して満足そうに笑ってみせた。


「俺も元気が欲しくなったら白石に頼もっかな!」


それから西谷くんは私の心を射止めた要素をすべて駆使して言ってみせると、また真剣な表情で花作りに戻ってしまった。

西谷くん、あなたはやっぱり私に出来ない事ばかりやってみせるし、他の誰も言えないような言葉を言ってのける、唯一無二の存在だ。
私の誕生日にはご利益を口実にして、西谷くんの手を私から握ってみても良いものだろうか?その時までには、ご利益以外の理由で「私の手を握ってほしい」と伝えるための覚悟を決める必要がありそうだ。

Happy Birthday 1010