15「好きな子の好きな奴が誰かなんて、分かるに決まってんだろ」
とんでもない名言を残していった岡崎亮には尊敬しか無いけれども、それが俺だという確証などどこにも無い。
顔の右半分を自分の不注意で傷だらけにするような情けない男だ。
午後は情報の授業で、2時間続けてパソコンのある教室。席順は決められていない。
できるだけ白石さんと顔を合わせないためにぎりぎりに移動して教室に入ると、丁度空いている場所が二箇所あった。
…白石さんの隣か、真ん前だ。
反対側の隣には青山さんが座っている、つまり真ん前に座ればこの女子二人から背中を見られる事になる。
仕方なく、ここでも隣の席を選んだ。
はっきり言ってパソコンは苦手では無い。
白石さんと青山さんはそんなに得意じゃ無いようで、時折先生の説明するスピードについて行けないようだった。
いつもなら助け舟を出すところ、なのだが。
「あれっ?数字が出なくなった」
白石さんがぼそりと言って、青山さんも「あれー?ほんとだ」と画面を覗き込んでいる。
いつまでもいつまでもテンキーをかたかた打っている。あいにく先生は別の生徒につきっきり。
「せんせーい…」
控えめに呼ぶ白石さんの声は、キーボードを打つ音と話し声でざわつく部屋の中では届かない。
この際なんでもいい。
何かきっかけを、何か。
「これ押して」
身体は乗り出さずに腕だけ伸ばして、隣の席のNumlockキーを指差す。
白石さんの動きがぴたりと止まった。
少しの時差があり、続いてこちらを向く。無言でNumlockを押し、数字を打ち込む。
「…どうも…」
「うん」
喧嘩をしたのは今朝なのに、1ヶ月ぶりくらいに会話をした気分だった。
せっかく話せたのにここで終わるのは勿体なくて、何か続けなければとあれこれ考える。でも授業にあまりにも関係ない話はできない。
そこで英語の授業を思い出す。
あまり使っていない情報の授業用のノートを小さくちぎって、なんとなく書いてみる。
『さっきはごめん』
ふざけるなよって思われるだろうか?切れ端を白石さんの机に置くと、気づいたらしくキーボードを打つ手が止まった。
内容に目を通している。無視されるか返事をくれるか…あ、ペンを握った。
『ふざけないで下さい』
やばいやばいやばい。
どうしたもんかと再び何か書こうとすると、白石さんが俺の机からもう一度切れ端を手に取った。
『ちゃんと言って!』
白石さんがこっちを向いて、久しぶりに目が合うと白石さんは口元をもにょもにょ動かして、何か言いたげな顔。
それがたまらなく可愛くなってやっぱり好きだって思って、声には出さずに口を動かした。
「ご・め・ん」
俺の口元を見て何を言っているのか理解した瞬間、白石さんは少しだけ笑顔になった。
◇
午後のホームルームが終わってから、白石さんが意味深にじっと見つめてくる。
ずっとその視線が欲しかったのに何だかちくちくする。
「んぐうぅ、うーん…LINEする」
たぶん俺に向けての沢山の文句や質問があるんだと思う。
整理して言葉にできないのか、教室内でそういう話をしないほうがいいという判断か、LINEしてくれる事になった。
部室に向かう途中で彼女からのLINEは来た。画面を開くとまず、俺の顔を心配する内容。
『顔、大丈夫?』
あんなに酷いことしたのに、それより先に心配の言葉を送ってくれるとは驚いた。ここに来て更に好きになっていく。
『ちょっと痛いけど大丈夫。それより本当にごめん』
『私もごめん』
『なんで謝るの?』
『私、あまり細かいこと考えないから知らないうちに人を怒らせる事が多いんだよね。。。』
その、細かいことを考えないところが好きなのだと言ったら逆効果だろうか。今日はあまり余計なことを言わない事にした。
『部活終わったらまた連絡していい?』
そう送ると、『OK』のスタンプが来た。
今朝のことが考えられないほど嬉しくなり、壊れそうなくらいに思わずスマホを握りしめた。
「お疲れ様です」
「お?あかーし復活したかー…ッておい!死にそうじゃねーか!」
部室に入ると、着替え途中の木兎さんが半裸で迎えにきた。
そして俺の顔に貼られた大きな絆創膏、それに入りきっていないたくさんの擦り傷を見て慌てている。
「ちょっと体育でこけました」
「痛そぉぉ」
「擦り傷なんで平気です」
本当の事を言うと結構痛いが、目に砂が入ったりはしていないと思うので視界は問題なし。手が傷つくより、顔が駄目になる方が何倍もマシだ。
「頼むからそれ以上怪我すんなよなぁ!お前が抜けたらマジで困る」
「………」
木兎さんがいかにも主将らしい事を言っている。
昨日は練習に集中できず迷惑をかけたし、こんな人だがその俺を見て彼なりの気遣いをしてくれたのだ。
「木兎さん」
「ん?」
「昨日はすみませんでした」
「!?うおお…赤葦が素直だ」
「元から素直ですけど?」
「あ、いつもの赤葦だ」
「それはそうと昨日はインナースパイクが決まってないとの事でしたので今日は頼みますね」
「赤葦!!俺嬉しい!!!」
木兎さんて、Mっ気があるのかもしれない。
朝練に出なかったぶん、体育館に入るのも随分と久しぶりなきがする。
バレー部は毎日朝と夕方、休日には半日、多ければ丸一日この空間で過ごしている。
一番心の落ち着く場所で、一番自分が自分で居られる場所。それは俺だけでなく他の部員も同じ事。
このシューズで体育館の床を踏み、走る・飛ぶ・時には滑る。かために紐を結び、なじませるように足で数回床を叩く。
うん、いい。
「…今朝は何か変わった事ありましたか?」
ストレッチをしながら、近くにいる木葉さんに今朝の事を聞く。
木葉さんは首をかしげながら肩をぽきぽき鳴らし、記憶をたどった。
「いや特には…あ、今週末また音駒と練習試合だって」
「またですか?有難いですけど」
「あのデカイ1年観察しないとな?」
「そーですね…」
週末の練習試合。
白石さんは呼んだら来てくれるだろうか。
練習が終わったら改めて謝罪と一緒に、練習試合に誘ってみよう。
15.結局きみに助けられてる