04


「すみれちゃん…どうしたん?顏めっちゃ死んでるで」


今朝からクラスの女の子に、何回もこう言われている。まだ入学後仲良くなって一ヶ月も経たないというのに「顏死んでる」とハッキリ言われてしまうという事は、それだけ私の顔から血色が消えているという事だ。

でも、それって無理もない話だと思う。ずっと部活だけ頑張ってきたと思っていた信ちゃんに、いつの間にか美人の彼女が出来ていたのだから。私に何の相談も報告も無く。
いや、報告なんか必須じゃないけどさ、昔から仲の良い幼馴染にはせめて教えてくれても良くないか?私だってもし彼氏が出来たら報告しようと思っているし。まあ今まで生きてきて彼氏どころか、好きな男の子さえ居た事ないんだけど。


「こんにちはー」


信ちゃんが一番信頼している人物と言えば、信ちゃんのおばあちゃんだ。おばあちゃんなら何か知っているに違いない!と言うわけで放課後、信ちゃんが練習している間に家にお邪魔して、おばあちゃんに聞いてみる事にした。


「すみれちゃん、いらっしゃい」
「お邪魔します!…あ、ええねんええねんすぐ帰るから」
「ええねんて。信ちゃんはあんまし食べよらんねん」


おばあちゃんはいくつかのお菓子を出してくれて、「うちにあっても減らんから」と持ち帰り用の袋までくれた。
こんなおもてなしを受けているのに私の聞きたい事は信ちゃんのゴシップだなんて、罰が当たるだろうか?でも気になって仕方が無いしお菓子も食べたい。


「ありがと…なあおばあちゃん、いっこ聞きたいねんけど」
「なあに?」
「信ちゃんって、彼女とか居てるんかなあ」


湯呑みにお茶を注いでいたおばあちゃんの手が止まった。ンー、と首を傾げて宙を見上げている。それからまたお茶を注ぎ始めた。考え事をしながらお茶を淹れるという動作は、高齢のおばあちゃんには難しいらしい。


「どうかなぁ、聞いたことないなあ」
「そっか」
「おったらええなぁとは思うなあ。こっそり居てるん違うの、信ちゃんは男前やから」


おばあちゃんは信ちゃんを過大評価している…気がする。私からすれば信ちゃんは格好いいとも不細工だとも思わない。そういう評価で分けるような感覚ではないのだ。
それにしても、おばあちゃんも彼女の事は何も知らないなんて予想外。


「ありがとう。ほんならコレ貰って行くね」
「はーい。気を付けてねえ」


特に信ちゃんに関する収穫は無く、私はただお菓子を貰っただけになってしまった。
いつどのように彼女が出来たのか、直接聞くのが一番早いんだろうけど。さすがに私だって弁えている。信ちゃんにはもう立派な彼女が居るんだから、幼馴染の私があまり出しゃばるのは良くない事だ。きっと佐々木先輩…だっけ?彼女さんも気分良くないはず。

三年生とは校舎が離れているから基本的には会う事は無い。けれど食堂やグラウンド、下駄箱などでは一緒になるかも知れないから、ついつい信ちゃんの姿を探してしまうのだった。とは言え朝は私より早く、放課後も私より遅い信ちゃんだから全くすれ違いもしないんだけど。


「ゴールデンウィークうちの体育館で練習試合あんねんて。見に行かん?」


そんな時、このような誘いを受けた。私の幼馴染がバレー部の部長である事を知る彼女は、身を乗り出してうきうきしていた。


「…練習試合?」
「そ!バレー部の」
「けど基本、練習は見に行かんほうがええ雰囲気やで?」
「練習試合の時はちゃうねんて。いっつも練習してるんと違う体育館使うねん。客席あるほう」
「へー…」


それは初耳だ。いったいどこでその情報を仕入れたのだろう。
信ちゃんが出るかもしれない試合を、例え練習試合だとしても観戦できるなんて滅多にないチャンスだ。だから当然観に行きたい、と、思うんだけど。


「…どうしよかな」
「えっ、行かんの?北先輩も出るんちゃう?」
「どうやろなあ」


出て欲しい。信ちゃんは朝から晩まで色んなことを頑張っているし。
でも、学校の体育館で行われる練習試合なんて沢山の生徒が観に行くに決まってる。信ちゃんの彼女だって当然居るだろう。彼女として信ちゃんを可愛い声で応援するのだろう。
なんか、それって、あんまり見たくない。


「ゴールデンウィークは家族と旅行行くかもしらんから、無理かもやわ」


私は適当な断り文句を言って、その場をしのいだ。だって「信ちゃんの彼女が信ちゃんを応援するところを見たくない」なんて、理解しがたい事じゃんか?



それから数日の間、私は生まれて初めて信ちゃんを避けるという決意をした。本当は信ちゃんと話したいけど、もしかしたら私より彼女と一緒に過ごしたいかもだし。彼女に邪魔者扱いされたくないし。
それに何より、私自身が信ちゃんとどんな顔して会えばいいのか分からなくなってしまったのだ。

けれど、会いたい時にはなかなか都合が合わないのに、こういう時に限って会ってしまうものである。ストーカー行為は辞めて真っ直ぐ帰ろうとしていた放課後、下駄箱で信ちゃんに出くわしたのだ。


「げ」
「おい」


バッタリ会った瞬間にUターンして去ろうとしたのだが、今度は信ちゃんが追いかけて来たではないか。まだ靴に履き替えられてない私は廊下に逆戻りし、今来た道を早足で戻るという訳の分からない行動に。


「すみれ!なに逃げとんねん」


その後ろを信ちゃんが大股で歩いてくるもんで、周りに他の生徒がいるから無視するわけにも行かず。


「…なんか用デスカ。」
「何やねんその気持ち悪い喋り方」
「ひっど!急いでるんやから邪魔せんとってくれます?」
「はあ?」


信ちゃんが顔をしかめるのは当然だ。私だって自分の言動が支離滅裂なのは理解している。靴を履こうとしていた私が上履きのまま、小走りで今来た道を戻っているのだから。

しかし信ちゃんは私の奇っ怪な行動にはあまり突っ込まなかった。「またおかしな事してるわ」ぐらいにしか思ってなかったりして。私も私で早く帰りたいし教室に戻っても用事なんか無いし、再び下駄箱まで歩いて行くことにした。


「あ、せや、すみれ」


隣を歩く信ちゃんが言った。


「…何。」
「ゴールデンウィーク暇やろ?うちで練習試合あんねん。それやったら観に来てええで」


私はピタリと足を止めた。下駄箱に到着したからでは無い。その誘いに何と答えるかどうか悩んだからだ。


「………いかへん」


でも、答え自体は決まっていた。友達からの誘いだって断ったし、何より幼馴染の女が信ちゃんの応援なんかして、佐々木さんという彼女に嫌な思いをさせたくない。私だって、同じ空間で信ちゃんを応援している彼女を見たくない。
お互い嫌な気持ちになるのが分かっているのに、行くわけがない。


「そうか?何か用事でもあんの」


それなのに信ちゃんは何も分かっていないのか、きょとんとした様子であった。普段あんなに神経質なくせに。


「無いけど……、いや、せやねん。用事あんねん。やからやめとく」
「全日無理なんか?二日間くらいあるけど」
「絶対行かんから!無理やから!」
「え」


思わずものすごい勢いで拒否してしまった。
ゴールデンウィーク、私はきっと暇で暇で仕方が無いだろうに。なんなら二日ある試合の全てを見る事だって出来るだろうに。
本当は行きたい。信ちゃんがバレーやってるとこ見たい。やっと部長になって、試合に出られるようになったって聞いたから。でもきっと私は邪魔者だ。だから行けない。


「おまえ…」
「…や、もう、とにかく無理やねん。私行っても邪魔やん?てゆうか、うん。行かんとくわ」


頑なに断る私をついに怪しく思ったのか、信ちゃんは訝しげに見てきた。
そんな目で見られたって行かんもんは行かんぞ。まあ「どうしてもお前に来てほしいねん」とか言われたら考えてやらんこともないけど。なんなかんや言うても私、信ちゃんの唯一無二の幼馴染やもんな。


「そうか。まあ無理にとは言わんけど」


ところがケロッとした顔で言うと信ちゃんはさっさと自分の下駄箱に向かい、部活へと行ってしまった。
嘘やん。引き下がるん早すぎひん?

ざわっざわな気持ち