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結局一人で保健室へ行き、保健の先生もバイオハザードさながらの驚き顔で俺を迎え入れた。


一体俺の顔はどうなっているんだと気になって、血を拭く前に鏡を見せてもらうともう大変。

右頬から顎のあたりにかけて盛大な擦り傷、皮はめくれておりまだ砂もたくさん付いている。いざ目の当たりにすると痛みが酷くなってきた。


「消毒するから早く座って」


と、白衣の天使ではなく中年の保健の先生(言っておくが、優しくていい先生だ)が傷の手当てをしてくれた。





3限目、古典。

授業開始から少し遅れて教室に入った俺に、クラス中が注目した。


「あ…赤葦大丈夫か!?」


もちろん古典の先生も。
顔の右側に大きな傷を作り、見たこのないような面積の絆創膏を貼っているんだから仕方ない。


「平気です」
「体育で派手にこけちゃったんすよ赤葦」
「おいおい無茶すんなよー」
「はい…」


ああ情けない。
席につこうとすると、隣の席で白石さんも一瞬ぎょっとしていた。が、目が合うとすぐに黒板のほうを向いてしまった。





「うわぁ赤葦ー!ひっどい怪我!」


昼休み、お弁当を食べるために白石さんの席へとやってきた青山さんが物珍しげに凝視してきた。
白石さんは相変わらずこちらを見ずに、お弁当を取り出している。


「男子サッカーだったんだって?」
「うん」
「赤葦ってスポーツなら何でもできると思ってたのに〜」
「そんな万能じゃないよ」
「どうやって顔面からこけたの??」
「手ついたら、顔の代わりに手がこうなるから」
「ああ…」


この会話は全て俺と青山さんとだけで繰り広げており、白石さんは同じ空間に居るのに参加してこない。

俺がひどい対応をしたんだから当然だ、重い空気に耐え切れずどこか別の場所で食べようと立ち上がった。
それと同時に青山さんが別の話題をふってきた。


「実はさあ、すみれは今日すっごい活躍したんだよ」


その瞬間俺と白石さんの空気は凍った。
時が止まったかのように。


「…へえ」
「まあドッヂボールだったんだけどねー逃げ足速いのなんのって最後まで残っててさ!ねっすみれ」
「……あ…ああ…ウン」
「いっつも赤葦に生傷見せ付けてるのに今日は逆ダネ」
「…………」
「…………」


まずい。
本当にどちらも何も喋らない。
さすがに青山さんが「あれ?」という表情になった。


「…あのう…お二人とも?」
「 ちょっと呼ばれてるから、部室で食べてくる」
「え?ん?うん。えっ?」


青山さんが珍しく慌てている声を背中に受けながら、教室を出た。


もちろん誰にも呼ばれてないし、むしろ朝練参加禁止令を食らったので今朝はバレー部の誰にも会っていない。

けれど教室の白石さんの隣でご飯なんか喉を通らない。虚しいが一人で部室にこもる事にする。


体育教員室から部室の鍵を借りようとした時、さきほどサッカーでぶつかった同級生と出くわした。


「あ、赤葦じゃん」
「お疲れ」
「顔ダイジョブ?」


…同じクラスの岡崎亮は、そんなに会話した事が無いのにわざわざ立ち止まり様子を伺ってきた。
ぶつかった相手が顔に怪我を負ったのだから当たり前といえば当たり前なのか。


「うん、まあ大丈夫。目は何ともないし」
「ごめん思わず突っ込んじゃって、いつもの癖で」
「いいよ」


そう言えば彼はサッカー部の大型フォワードとして活躍している同級生だった。

背番号は堂々の9番。

身長は俺より少し高く、木兎さんのようにがっしりとした身体つき。そりゃあこんなのに突進されたらバランスを崩すのは無理もない。


「ところでちょっと聞きたいんだけど」
「何?」
「白石と仲良いの?」


なるべく無表情に、と思ったのに、たぶん眉がぴくりと反応した。


「……良くも悪くもないけど」
「二人で遊びに行く仲なのに?」
「聞きたい事があるなら、はっきり言ってくれないと分からない」
「じゃー言うね」


岡崎は一歩こちらに近づいて、少しだけ高い目線から俺を見下ろした。

自分より背の高い相手なんていくらでも見ているけれど、コート上以外でここまで威圧感を感じるのは初めてだ。…頭の中でひとつの仮説が生まれた。


「俺は白石が好きで、告白して、ふられた。つい昨日」


その仮説はやはり正しかった。
昨日白石さんに告白していたのは同じクラスのこの男だったのだ。あまり話さないので、昨日は声だけでは分からなかった。


「だから白石と赤葦が二人で居るの見て、すごいムカついたわけね俺」


その気持ちはとても良く分かる。
もし白石さんが俺以外の誰かと二人きりで出かけている現場などに遭遇したら、俺だってムカつくに決まっている。


「…別に付き合ってないから安心してよ」
「当然だろ。そうでなきゃ今日のサッカーでお前の顔面蹴り飛ばしてたわ」
「………」
「…ゴメンそれは嘘。マジかっこわり、ごめん」
「べつにいいよ」
「ぶつかったのもわざとじゃないから」
「分かってる。俺がぼーっとしてただけだし」


そう言うと、彼は少しだけほっとしたような表情になった。

ぶっきらぼうだけど本当は良い奴なんだろうな。
白石さんの優しい雰囲気にとても良く合う、何もかも引っ張っていけるような男。この二人が付き合えばいいのに。

どっちにしても白石さんの好きな人は俺じゃないんだから、俺ではない誰かと付き合うのだろう。


「すんごいカッコ悪いの分かってるけど、昨日白石に聞いたんだよね。赤葦の事好きなのかって」
「ふうん…」
「そしたら違うって」
「だろうね」
「でも俺、嘘なんじゃないかと思ってる」
「…どうして?」


そう聞くと彼は少し目をそらして、ぼりぼりと頭をかいた。

照れ隠しをする時の木葉さんと同じ仕草だなと思いつつ、その真意を探るべく「何?」と続けて問う。

すると、手に持っていたサッカーボールを地面に落として上手にトラップし、俺の足元へ的確に蹴ってきた。


「好きな子の好きな奴が誰かなんて、分かるに決まってんだろ」
「………」


悔しそうで、でも少しだけ笑っていて、すごく格好いい男だと思った。


それに比べて俺ときたら好きな子に素直に好きと言えない、それどころか他に好きな男が居ると聞いてショックを受け最低な態度で接してしまう小さな男。


こんな男に白石さんが惚れてるわけ無いよ、と思いながらボールを蹴り返す。


「…つっても確定じゃないけど。だからって諦めないし」


蹴り返したボールをぴたりと止めて、器用に蹴り上げキャッチすると「じゃっ」と校舎の方へ戻っていった。


彼は自分の思いをぶつけて砕けてそれでも諦めていない。

白石さんはチアリーディングを頑張って頑張って限界まで続けて向き合って、勇気を出して辞めた。

それなら俺には、何があるのだろうか。
好きで好きでたまらない女の子に、あんな風に接する男のどこに魅力があるのかなんて思い浮かばない。
14.カッコイイ男