01


新しい服を着る時には、少し背伸びをしたくなるものだ。新しい手帳とか、新しいノート、ボールペン、なんでもかんでも「新品」は気分がいい。

今日の私は全身を「新品」で包み込み、誰がどう見てもフレッシュな女子高生。しかもここらじゃ有名で受験もちょっぴり難度の高い稲荷崎高校の制服を着ているんだから、今日の私は実際の三倍くらいは胸を張っている気がする。


「おばあちゃーん」


入学式の日、出発前に近所のおばあちゃんを訪ねた。おばあちゃんは洗濯物を干し終えたところらしく、縁側に座って一休みしているみたい。
私の声に気付いたおばあちゃんは顔を上げて、ぱあっと顔を明るくした。


「あらっすみれちゃん?おはよう、見違えたわあ」
「やろ?」
「こおんなに小っちゃかったのになあ」


と、おばあちゃんは手を腰くらいの位置まで下げて言った。生まれた時から近所に住んでてよく遊びに来ていたから、私の成長を喜んでくれているのだ。


「もう私高校生やもん!なあ、信ちゃんは?」


ニコニコするおばあちゃんに聞いてみると、おばあちゃんはアラ、目を丸くした。


「信ちゃんな、もう行ってしもてん。練習があんねんて」
「えー!入学式やのに朝練あんの」
「そらあ、部長さんやもん」


「信ちゃん」とは私の幼馴染で、このおばあちゃんのお孫さん。お孫さんって言っても私より二歳上だ。私と信ちゃんはずーっとこの辺に住んでいて、小さい時から同じ公園で遊んだり、二人して山に登って迷子になったりしたものだった。
そんな信ちゃんは今日、せっかく私が一足先に制服姿を見せてやろうと来てあげたのに、もう学校に行ってしまったらしい。


「しゃーないなあ…」


どうせ入学式の時には上級生が出迎えてくれるんだし、その時に手を振ってみよう。
そう決めて「ほんなら行くわ!」と挨拶すると、おばあちゃんも行ってらっしゃいと返してくれた。



そしていよいよ稲荷崎高校に到着、「入学式」の看板前では記念撮影をする親子でごった返していた。
私のお母さんも「はよ撮んで!」とノリノリだったので、ささっと一枚だけ撮影して終わった。こんな写真、要る?看板と撮るより信ちゃんと撮りたいわ。

しかし新一年生はそのあと上級生と接する間もなく、体育館の入口に集められた。まもなく式典の始まりだ。さすがに私も周りの一年生も緊張の面持ちである。
すると体育館の中からはブラスバンドの演奏が始まって、この生演奏の中で入場するのかと息を呑んだ。信ちゃんのバレーの応援に行った時も、ブラスバンド部が演奏してたっけ。

それからはあっという間で、列になって入場し、校長先生とか新入生代表の話があったあと、私たちは退場してそれぞれのクラスへ案内される事になった…の、だが。


「あ!」


体育館の出口付近に、何と信ちゃんが立っていた。新入生を教室に案内する係だろうか。
その姿を見つけた私は列から外れて、真っ直ぐに信ちゃんのところに歩み寄った。


「しーんーちゃっ」
「馴れ馴れしく呼ぶな」
「ぶっ」


けど、信ちゃんは近付いてくる私を腕でガードしやがった!危うく顔に肘鉄を食らうところだった、というか肘鉄は免れたけどしっかり鼻を強打した。


「いったぁ!何なん!?華の女子高生の顔面どつきよった!」
「どついてへんわ」
「なあなあそれよりコレ見て、結構似合てる思わへん?」


鼻が少しじんじんするけど、そんな事より今朝からこれを言いたかったのだ。私の稲荷崎高校の制服姿を見せてやりたかったのだ!目の前でくるりと一回転してみせると、信ちゃんは無表情のまま言った。


「…なんとも思わん」
「え!?」
「見慣れた制服やし」
「そらそうやけど…いやちゃうくて!私がコレ着てんのは初めてやろ?」
「それを差し引いても何も思わんわ」


あまりにも酷いけど、そう言えば信ちゃんはこういう人だった。昔っから私の事なんて可愛いとも何とも言わないし。恋愛対象じゃないのはお互い様だけど、ちょっとは女の子として見てくれませんかねこの人は。
じっとり睨んでみたけれど「さっさと教室行かな置いてかれるで」と言われただけで、仕方なく私は自分の列を追いかけた。


「なーなー、白石さんて先輩に知り合い居てんの?」


教室に入ってザワザワした雰囲気の中、入学式前に仲良くなった女の子に話しかけられた。さっき私が信ちゃんに肘鉄されかけていたのを見ていたようだ。


「ウン。知り合いいうか幼馴染!家が近所やねん」
「そうなんやあ」
「最近はバレーばっっっかりで全然構うてくれへんけどな」
「幼馴染さん、男バレなん?」
「うん。部長やねんて」
「嘘!?」


すると、その子は目玉が落ちるんじゃないかと思うほどギョロッと両目を見開いた。その顔が恐ろしくて私のほうがビックリしてしまい、思わず身体を仰け反らせてしまう。何をそんなに驚いてるんだろう。


「ど、ど…どしたん?」
「どしたんって、うちの男バレめっちゃ有名やで?そこの部長さんって事はヤバない?」
「そうかなあ…」


確かにバレー部が凄くて有名である事は知っている。でも昨年とか一昨年に応援に行った時は、信ちゃんは試合に出ていなかった。
「応援なんか来んでいい」って言われたから、もしかして「俺が出えへん試合なんか見んでええ」って意味だったのかなと思ったりもした。でも、信ちゃんがどんな部活やってるのか気になったから見に行った。
そして今年、やっとベンチメンバーに選ばれて主将になったと言うのを、私は本人からではなくおばあちゃんに聞いたのである。おばあちゃんは誇らしそうだったし、私も感心したけれど。


「部活では凄いんか知らんけど、信ちゃんは信ちゃんやからな」


幼稚園の時、虫を捕まえるのが得意だった信ちゃん。山登りが得意だった信ちゃん。近所の犬に懐かれなくて悲しそうにしていた信ちゃん。転んで泣いてた私に「泣いたらあかん!」って言いながら手を差し伸べてくれた信ちゃん。そして今、強豪校で部活の主将になった信ちゃん。

「信ちゃんは信ちゃんやから」と偉そうに言ってみたものの、実は私にとってはよく分からない。分かりたいけど、分からない。
なぜなら信ちゃんは最近、私に対してちょっと素っ気ないのだ。



とは言え、幼馴染仲は悪いわけじゃない。
時々家に行った時、信ちゃんが居れば挨拶はする。親戚から貰ったお菓子をお裾分けに行った時には「おお悪いな」と言いながら家に上げてくれたりとか。信ちゃんが練習とか合宿で忙しい時には、おばあちゃんが寂しくないように私がお話をしに行くのもお決まりだ。

でも、そうだなあ、そう言えば信ちゃんとの会話は昔に比べて格段に減っていると思う。


「フーン…ここで練習してるんかあ」


入学式が終わりホームルームも終えたあと、一年生は午前中だけで下校になった。午後からは二年・三年生も部活をする人しか残らないらしい。
私はこの時が来るのを待っていた。やっと信ちゃんがどんな場所で練習してるのか覗き見できる!

いくつかある体育館のうち、バレー部がどこなのかはすぐに分かった。いつか信ちゃんが着ていたのと同じジャージを着た人が歩いていたので、その人達のあとをついて行ったのだ。
部員らしき人たちは体育館に入ってしまったので、こっそりと入口に近づこうとしたその時。


「あのーっ!マネージャー募集してませんかあ!」
「わっ」


わっという驚きの声は私のもの。マネージャー募集してませんか、という明るい声は知らない女の子のものだった。
その声に反応した部員の男の人が振り向いたので、私は慌てて陰に隠れた。隠れる必要があったのかは分からないけど。


「…マネージャー?」


どうやら私は上手く隠れることに成功したらしい。バレー部の先輩は女の子たちに話しかけていた。


「こんにちは、自分らマネージャー志望なん?何年生?」
「一年です!うちら二人とも!」
「入学早々やる気満々やなあ」
「ふふ」


彼女らはとても嬉しそうであった。そんなにマネージャーをやりたいのだろうか。確かに面白そうではあるし、私も信ちゃんの部活だから「やってみようかな」という選択肢は持っていたけど。まさか入学式の当日に入部を希望する女の子が居るとは思わなかった。
先輩は女の子たちの元気の良さを褒めていたけど、困ったように首を捻った。


「…ケドなあ、うちマネージャーは取ってへんねん」
「えっ」
「なんでですか?」


私も疑問に思った。人数の多い部活なら絶対マネージャーが居るほうが良いだろうに。女の子が見てくれている方が、部員の人もやる気が出るんじゃないだろうか?
と、私と女の子たちが不思議に思っているところへ、体育館の中から人影が現れた。


「あ、北さん」
「!」


なんと信ちゃんが出てきたのだ。入口で話し声がするのを聞きつけてやって来たらしい。
私はますます見つからないように身を隠し、反対に聴覚を研ぎ澄ませることに徹した。


「マネージャー志望の子が居てるんですけどね。この子らふたり」
「あー…」
「何でマネージャー要らんのですか?こんなに部員さんいっぱいおんのに」


女の子たちは先程と同じ疑問を信ちゃんにぶつけた。
信ちゃんは何て答えるんだろう。信ちゃんって、後輩の女の子にどんな感じで接するんだろう。すると信ちゃんは、久しく聞いたことの無い柔らか〜い声で言った。


「…マネージャーは要らんていうか、女の子は遠慮してるねん。ごめんな」


なんやそれ!私に話してるのと全然ちゃうやん声のトーンが!
…と突っ込みたいのを堪えて、「そうなんですかぁ」と残念がる女の子たちに「でも応援はしたってな」と声を掛けているのを聞いた。まあまあお優しい事で。
彼女たちが去ったタイミングで、私は一歩前に出て姿を現した。


「…ほんまにマネージャー要らんの?」
「あ…?」


体育館内に戻ろうとしていた信ちゃんの動きがピタリと止まる。それどころか、私の声だと分かるや否や思い切り眉を寄せて、さっきとは全然違う声色で言った。


「すみれ?お前何やっとんねんこんなとこで」
「何ってべつに、見学ですけどぉ」
「ふざけんな。さっさと帰れ」
「……わかってるもん」


なんで私にはさっきみたいに優し〜い声で話してくれへんねん、とか思うけど。実際にあんな声で話し掛けられたら違和感で笑ってしまうかも知れない。
そんな事より気になるのは、さっきの女の子たちに話していた内容だ。


「なあ信ちゃん、ほんまに何でマネージャー要らんの?おったほうが便利ちゃう?」


女の子が居れば合宿の時には何かと動いてくれるだろうし、華があって良いと思うのに。私もマネージャーやってみようかなとちょっぴり考えていたので、元々開かれていない門に入ろうとする前に理由を聞きたい。
私は純粋に気になって聞いてみたのだが、信ちゃんは少し面倒くさそうであった。


「練習中に女子がチョロチョロしとったら気が散るねん。お前も練習なんか見に来なや」
「あれ、もしかして私のこと女子に見えてんの」
「他の部員からしたらお前みたいなんでも女やねん、残念ながら」
「残念ん!?」


残念ってどういう事や!これでも今日から華の女子高生やねんで?痴漢にあったりナンパされたりするかも知れんのやで?
そんな女の子に向かってその言い草、やっぱり信ちゃんは冷たくなった。鬼みたいだ。大鬼。悪魔。閻魔大王。
そのように憤慨する私を体育館から離そうと、信ちゃんは無理やり背中を押してきた。


「もううるさいから帰れ」
「えー」
「えーやない」


呆れ気味の声で最後にポンと背中を叩かれたので、今日のところは諦めることにした。分かったわもう、と吐き捨てて下駄箱に向かって歩き出す私。
信ちゃんのことなんか知るかアホ、愛想無しの地獄の大王。このまま振り返らずに帰ってやるもんね!とずんずん歩いていたら、オイ、と呼ばれる声がして。


「寄り道しなや」


と、こういう時になってやっと優しい言葉を投げてきたのだ。


「分かってますー」


まだ納得いかない私はこんな可愛くない返事だけを返した。
そんな言葉には騙されないもんね、振り返らないもんね。と思ってたのに、ちょーっとだけ肩越しに振り向いた時に信ちゃんが片手を上げてくれたのが見えた。

うーん、もやもやする。信ちゃんって冷たくなったわけじゃなくて、もしかして男らしさが増して来たのだろうか?いやいや、そんな事ってある?たったの数年で。だって信ちゃんは信ちゃんやもん。

ぴっかぴかの一年生