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結局あれから小田くんとはすぐに別れた。お互い熱くなってしまって「ゴメン」と謝罪はしたものの、あのまま冷静に話をできるとは思えなかったから。
と言うか、小田くんがわたしの事を好きだと思ってくれるのは有り難いのに、わたしから小田くんへの想いはちっとも変わらないからだ。

小田くんという男の子は同じクラスになって仲良くなってからと言うもの、とても優しかった。
運動部でそこそこ身長も高く、顔も悪くはないと思う。偉そうに言うなって感じだけど、付き合うとするなら本当に良い人だ。
わたしが小田くんを好きになりさえすれば万事うまくいく。でも、たぶん好きにはならない。他に好きな人が居るってわけじゃないけど…いやもうやめよう、これ以上小田くんへのネガティブな事を考えるのは。


「ただいま…」
「おかえり!いいの買えた?」


帰宅するとお母さんが出迎えてくれた。今日わたしは、お母さんの実家に持っていくためのお土産を買いに行ったのだ。手に持った紙袋を渡すとお母さんは笑顔で受け取った。


「ありがとう、助かるわあ」
「うん…」
「どしたの?」
「…ううん。」


頼まれた買い物先で良くない事があったなんて、お母さんには言わないほうがいい。しかも内容はクラスメイトとのイザコザ。
でも、小田くんに対するわたしの言い方も良くなかっただろうか、と悶々としてお母さんの言葉は右から左へ流れていた。


「そう言えばさっき、マユちゃんとマユちゃんのお母さんに会って」
「へえ」


マユちゃんとは小・中学校の同級生で、彼女は青葉城西高校に通っている。家はこの近所だから、偶然マユちゃんに会うこと自体は特に驚かない。


「そしたら国見先生も通りがかって」
「っえ!?」


でも国見先生という単語を聞いて、途端にわたしは飛び上がった。


「マユちゃん、青城でバレー部のマネージャーしてるらしくて。国見先生が時々練習に来てくれるんだって」
「そうなんだ…世間狭いね」
「ねー」


マユちゃんマネージャーしてるのか。高校が離れてからあまり連絡を取らなくなったから、知らなかった。
聞けば今年、青葉城西の男子バレー部はインターハイ予選を無事に勝ち抜きはしたものの、決勝で宿敵の白鳥沢に敗れてしまったらしい。
お母さんはわたしを世間話の相手にしているらしく、そのまま話を続けた。


「国見先生は挨拶した後すぐどこかに行っちゃったけど、アレだね、あの先生って結構モテるのね」


冷蔵庫からお茶を出しながら言うお母さん。そのお茶は帰宅したわたしに出してくれるらしいけど、お茶を受け取るよりも気になる事が。
国見先生ってモテるの?いや、モテるだろうけど!


「…モテるって、誰の情報?」
「マユちゃんが言ってたよ、国見先輩って優しくてカッコイイって」
「優しいかなあ…」
「そりゃあアンタに対しては厳しいでしょうけど。家庭教師だもん」


確かに先生は家庭教師だから、勉強中はとても厳しい。優しい時もあるけれどまさか自分の高校の部活に顔を出して、そのマネージャーにモテているなんて驚きだ。
…もしかしてわたしには想像つかないくらい優しいのかな。わたしには見せたことのない顔で笑ったりとか。今日は先生の事で悩みっぱなしだ。


「あ!そういえばコレ回せる?回覧板」
「えー」
「えーじゃない」
「わかったよ…」


さっき外出していたなら自分で行けば良かったのに、と言うのは我慢した。
お母さんから回覧板を受け取ってすぐ、隣の家のおばさんにそれを渡しに行く。ついでに今夜の勉強のお供に何か買おうか。明日は国見先生が来る日だし、今夜終わらせなきゃならないものがいくつかある。


「いらっしゃいませー」


近所のコンビニに入ると、いつも愛想のいい店員さんの声が響いた。
「勉強のお供」と言えば聞こえはいいけどちょっとお菓子が欲しかっただけなので、お菓子のコーナーへと歩いていく。でも思うようなものが無くてアイスクリームのコーナーへ。夏の新作が並んでいて、涼しげなフレーバーの包装に惹かれた。


「ねー、夏祭りどんな浴衣が良いと思う?」


その時、アイスクリームコーナーのすぐ後ろにある雑誌のコーナーから声がした。
普段ならこんな会話は全く気にしなかっただろうけど、今日の声には飛び上がりそうになった。聞き覚えのある声だったから。


「……!!」


ゆっくりと、ちらっとだけ振り向いてみると、やっぱりそこには知っている人がいた。国見先生の元彼女だ!


「どうしよっか?わたし紺がいいかなって思うんだけど」
「あーいいよねーお上品ー」
「あんたの彼氏どういうのが好きなの?」


元カノさんと一緒に居る女の人が聞いた。
わたしは自分の顔が割れていないのを良いことに、ふたりの隣に並んで立ち読みを始めた。我ながら大胆な行動だけど、コソコソするほうが怪しいし。何でか分からないけど、またこの人の口から国見先生の話が出るんじゃないかって思って気になったから。


「どうだろ?派手系が好きそう」
「あのヒト派手なのがいいんだ。意外だね」
「そう?あ、彼氏ってアレだよ。アキラじゃないよ?別れたの。今は別の人」
「マジで!」


元カノさんの友人はたいそう驚いていた。国見先生に会ったことが、または見たことがあるらしい。確かに国見先生って派手じゃなくてシンプルな浴衣が好きそうかもな…じゃなくてじゃなくて。


「なんで別れたの?あの人良さそうだったじゃん」
「えーうん、最初はいいなって思ってたんだよ。イケメンだしさ、気も利くし。でも考えがカタイっていうか。つまんないの」


またもや元カノさんは、先生の悪い面を並べ始めた。と言うか先生が悪いんじゃなくて、たまたまあの人と合わなかっただけなのに。


「もー真面目な人は無理かな、いちいち指図されんのムカつくし!超偉そうなわけ」
「そうだったんだぁ」
「で、どうしよっかなーって思ってたら今の人に告白されて」
「モテ期じゃん」
「はは。なんか別れるの面倒くさくって、二週間くらい二股になっちゃった」


でもちゃんと会って別れたよ、と彼女なりのケジメをつけたらしい事を言っている。何だそれ。普通は別れてから次の人と付き合うもんじゃないのか。しかも別れてからも国見先生の事、そんなふうに言わなくたっていいじゃんか。

わたしは彼女たちの真横に立ちながらぷるぷると震えてしまったが、立ち読みに集中しているふりをして何とか乗り切った。


「こんな感じで探そっと!もうすぐ夏祭りだもんね」
「お盆だよね〜、いいなあ彼氏が居る人は」
「作ればいいじゃーん」


などと笑いながら、結局元カノさんは立ち読みだけを済ませると雑誌を戻してコンビニを出て行った。

立ち読みしただけで買わないのかよ、という事は突っ込めない。わたしも今、カモフラージュのためだけに立ち読みをしていたから。店員さんにはゴメンなさいと言いたい。でもこの本が無かったら、悔しくて泣きそうな顔を誰かに見られてしまったかもしれない。