13




「無理です。」
「えっ?」


そんなに即答ではっきり断っていいのか?という私の心配は影山くんに届いているのかいないのか、いつもの澄ました顔で音駒の主将をまっすぐ見つめていた。

さすがのお相手も、そんなにガツンと断られると思っていなかったらしく少し驚いているようだ。


「…だめっぽい?」
「あ…いや…スンマセン。でも、無理です」
「仕方ないね。まあ急に困るわな。山本には泣いてもらうわ」
「す…す…すみません」


私も謝ると、音駒の方々は振り返って首を横に振った。


「んーん、今日はよろしく!」


しかしなぜ影山くんが断ったのだろうか。

ああ、清水先輩ひとりに烏野メンバーの世話を任せっきりにするなという意味かもしれない。そうでなくても先日倒れて迷惑をかけたのだから当たり前か。


「ありがとね」
「何?」
「さっき、なんて答えていいか分からなくてさ」
「…ああ。俺も、ごめん」


ドリンクを半分運んでくれている影山くんが、ぽつりと謝った。その目線は前を向いているので、何を考えているのか分からない。


「ごめんって??」
「口が勝手に断ってた。」
「勝手に?」
「白石が決めればいい事なのにな」


音駒の人たちの臨時サポートをするかどうかは、自分で決めれば良いこと。

…だと分かっているのに影山くんは私の代わりに断った。

自分の学校を差し置いて他校のマネジメントをする余裕があるのかという意味だったのかもしれないけど、それでも少しだけ嬉しかった。「はいどうぞ好きに使ってください」と送り出されるよりは。


「でも断ってくれて良かったよ」
「…そうか?」
「私は、影山くんのバレーが見たくて烏野に来たんだし」


ぼと!と音を立ててボトルが落ちた。
影山くんの手の中から。


「………それは?どういう意味で?」
「…え」


あ、そうだ。「影山くんのバレーが見たくて」なんて言ったら、何かやましい気持ちがあると思われてしまう。そんな訳ではないのに。


「あの、中学の試合の時に影山くんの動きが凄くて…感動しまして…って前も言ったね。はは」
「…そんな大げさな」
「でも、私の体じゃ出来ない事だから」


だから感動したのだ。
眩しく美しいコート上の王様に。


「…それを言ったら日向もすげえだろ、身体能力に関しては」
「翔陽?確かに…でも…」


何故だろう。
言われてみれば翔陽のアクロバティックさは他とは違い、目立っているし実際凄い。
けれど私の目に輝いて映るのは翔陽よりも影山くんだった。背が高いから?上手いから?違う。


「…よくわかんないけど、」


よく分かんないけど。


「理由は分からないけど、なぜか目を奪われる人って居るじゃん?私にとって影山くんは、そんな感じ」
「………」
「…うわっ!なんか恥ずかしい事言っちゃった!?」


これじゃあまるでアイドルの追っかけじゃないか!

影山くんは相変わらず前を向いていたが、少しだけ顔を反対に向けた。
そっちは体育館の中がちょうど見えて、音駒の人も烏野の皆もコートの用意が終わったところだった。


「もうすぐ始まりそうだね」
「…ああ」
「ファイト」


影山くんはドリンクを体育館の隅に置くと、「うん」と小さく頷いた。

シューズの紐を結び直す。そして顔を上げ背筋を伸ばした時、彼はプレイヤーの表情となる。そのままコートに向かって歩き出すのかと思いきや、もう一度私のほうを振り返った。どきっと胸が鳴る。


「今日の試合見て理由探しとけよ」
「え?」
「何で俺に目を奪われるのか」


私がほうけていると、影山くんはふいと踵を返してコートに入っていった。

なぜ、影山くんに目を奪われるのか。
その理由は分からなかった。「あの中学の試合を見た日から、まぶたに焼き付いて離れないから」という、「何その小説?」みたいなよく分からない理由なのだから。

でも私は大きな勘違いをしていたのかもしれない。これは影山くんへの漠然とした憧れ、尊敬などではなく、恋と呼ばれるものだ。

いつからなのか分からないが、影山くんのことを好きになっていたのだった。

13.理由