20180705


一年に一度のこの日、毎年この日に言えたらいいなと思っては挫折をしてきた。今年はやっと覚悟を決めたというのに、まさかまさかの状態だ。女っ気の無かった信ちゃんが、今年に入っていきなりモテ始めたのだ!


「北くん今日誕生日やってんな、おめでとう」
「おお、ありがとう」


甘ったるい女の子の声は、信ちゃんと同じクラスの人のものだ。コイツ去年までは信ちゃんに興味が無かったくせに、手のひらパッと反して媚を売りに来た。
他にも同じような女子は数名居る、信ちゃんがバレー部の主将に任命されたその日から。

朝からそんな光景を目の当たりにしてわたしはフラリと眩暈がした。大好きな大好きな信ちゃんが、色んな女の子にもてている姿を見て正気で居られるはずが無い。


「北せんぱ〜い」


わたしは信ちゃんの教室の入口で、甘ったるい声(を真似してみた声)を出して信ちゃんを呼んだ。

「北先輩」と呼ぶって事は、わたしは信ちゃんの後輩である。稲荷崎高校の二年生なのだ。突然昼休みに下級生が訪ねてきたということで、信ちゃんのクラスは一瞬静まり返った。


「…何しに来てん」
「先輩、お誕生日やって聞いたんで」
「はあ…?」


信ちゃんは口をぽかんと開けていたし、周りの三年生もぽかんとしていた。「あの子こんなとこまで来て必死やん」とか思われているかもしれない。二年生がわざわざ三年生の教室まで来て北信介の誕生日を祝うなんて、と。

呆れられているのか馬鹿にされているのか、少しずつざわつき始めた教室内で、信ちゃんは立ち上がった。
ずんずん近付いてきてわたしの横をすり抜ける、かと思いきや腕を引っ掴まれてそのままどこかに連行されてしまった。
ふふふ、成功だ。


「……お前なんのつもりやねん、教室まで来よって」


やっと手を離されたのは、周りにだーれも居ない場所に来てからだ。
猛暑の今日は昼休みを屋内で過ごしている人ばかり。だから真昼間の、体育館をふたつも越えたところにある中庭なんて、人っ子一人居ないのだった。


「別にええやんか。わたしと信ちゃんの仲やろ?」
「俺らの仲はただの幼馴染やろ」
「そうやで。文句ある?」
「なんやその態度…」


信ちゃんは大きな溜息を吐いた。わたしが信ちゃんを追いかけて稲荷崎に来た時から、いつもそう。困らせたいわけじゃないけど、結果的に困らせてしまうのだ。

ただわたしは、信ちゃんと幼馴染ではない別の関係になりたいだけなのに。それを毎年、言おう言おうと試みては諦めているのだが。
去年まではそれでも良かった。しかし今年からは信ちゃんをチヤホヤする女が増えたもんだから、わたしの焦りは半端じゃない。


「…信ちゃんえらいモテてるやん。去年まではそうでも無かったくせに」


違う、こんな嫌味を言いたいわけじゃないのだ。本当はわたしも「信ちゃんおめでとう」と、用意してきたプレゼントを両手で丁寧に渡したい。
それなのに、そうするはずだったのに、先程三年生の教室で見た光景はわたしの計画をガラガラと崩していった。


「モテてるんと違うわ。誕生日祝われてるだけやん」
「……」


信ちゃんもわたしの言葉に棘を感じたのか、こんなふうに返してきた。
誕生日祝われてるだけって、いちいち黄色い声出されながら?可愛いラッピングのプレゼント貰いながら?これまで信ちゃんの良い所を知ろうともしなかった人達じゃんか。


「でも、今までは…いちいち祝ってんの、わたしくらいやったやんか!」


べシン!と、あるものを信ちゃんの胸元に投げつけた。今日のために用意した誕生日プレゼント。中身はタオルだ。と言っても今年は沢山の女の子に練習に使えそうなものを貰っているだろうから、要らないだろうけど。しかも投げつけられたプレゼントなんか。
信ちゃんは投げられたそれがわたしからのプレゼントだと悟ると、ゆっくり顔を上げた。


「…くれるんか?」
「うん」
「そうか。ありがとう」


モノを粗末にするなと怒られるかと思ったが、意外と怒っていないようだ。信ちゃんはプレゼントを片手に持ったままゆっくり中庭を歩き始めた。


「…確かになぁ、うちの部はちょっとオカシイと思うわ。バレー部ゆうだけで人が寄ってくるからな」


なにを言い出すのかと思ったら。稲荷崎バレー部は学校をあげて応援されているから、その人気は凄まじい。そんなの分かっていたくせに。


「しかもレギュラーゆうたら特にな」


レギュラーになったとたん、信ちゃんにもファンみたいな子が増え始めた。これまでわたしと同級生の宮兄弟がダントツ人気だったのに。みんな宮くんでええやん。信ちゃんのことなんか今まで眼中になかったやん。


「俺もいよいよ知らん子にまで声かけられるようになったし」
「……なんそれ。自慢か」
「自慢に聞こえるか?」


そこで信ちゃんは立ち止まった。いまのが自慢じゃないなら一体なんだと言うんだ。何であれ、わたしの心を傷つけるには十分な台詞だった。


「お前を嫉妬させるためやったりして」


ところが彼の口から聞こえてきたのは、全く予想もしなかった言葉。


「………、え?」


呆けて立ち止まったわたしはポカンと口を開いたまま、信ちゃんが振り向くのを見ていた。そして、そのまま近付いてくるのを。


「幼馴染って厄介やなぁ」


…が、やっぱり信ちゃんの口からはムカつく言葉が。


「…悪かったな、厄介な存在で」
「自覚あるんかい」
「あるもん…やけど…」


わたしは特に厄介だと思う。小学校も中学校も一緒だったけど、信ちゃんがだんだん交友関係を増やして大人になっていくのに、わたしだけは変わらなかった。信ちゃんから離れることが出来なくて。


「信ちゃんが他の女の子と仲良うすんの、見んの嫌や」


この気持ちが何なのか理解するまでに苦労した。わたしは常に信ちゃんと一緒に居たいのに、昔はそうだったのにどうして他の事に没頭するの?と、悩みに悩んだものだった。もう幼馴染としての信ちゃんじゃなく、男としての北信介を好きになってしまったのだと理解するまでは。


「……厄介やでな」
「やから!悪かったなぁ厄介で!」
「そういう意味ちゃうて」


歩いてきた信ちゃんが目の前に現れた。真夏なのにきちんと第一ボタンまで閉められた彼の制服が目に入る。少し顔を上げれば暑さのせいか、額から一筋の汗を流す信ちゃんの顔があった。


「幼馴染、やめるか?」


なんそれどういう意味、うざったい幼馴染との関係は断ち切りたいってか。
…と悪態ついてやろうと思ったのに、頬をむにゅりと掴まれるのを感じた。信ちゃんの手が、小学校の時よりも大きくなった手が、わたしの頬を掴んでいるのだ。


「………なん…で…」
「邪魔くさいやろ、そういうの」


幼馴染、親同士が仲良し、一緒に遊んでいたのにいつの間にかそれぞれの友人ができて、その交友は男女の壁を越えていく。信ちゃんと女の子が話しているのを見て一喜一憂するのは辛くてしんどい。そうだ、確かに邪魔くさい。


「邪魔くさいねん。我慢すんのは」


…あんたも邪魔くさいって思てたんか。なんやねん、ほんならもっと早くにこの壁破ってくれたら良かったのに。
と、また可愛くない言葉を言ってしまおうとしたけれど、唇をあったかいものに塞がれて適わなかった。

Happy Birthday 0705