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お風呂を上がってからもひりひりする。シャワーをあてると日焼けの跡が痛くて何度も顔をしかめてしまった。
日帰りの海水浴は無事に終了し、さっき家に帰ってきて早速お風呂ですっきりしたところだ。それなのに心の中はもやもやして、全くスッキリしていない。
海水浴は楽しかった。楽しかった、けど。


「……もうお風呂出たかな」


部屋に戻って携帯電話を取り出すと、「わたしも早くお風呂入りたーい」と言っていたユリコに電話を発信した。
だってこんな事、他の人には話せないじゃん。クラスメートの小田くんが今日、ふたりきりの時に、あんな事を言ってきたなんて!


『もしもーし』
「ユリコ!お風呂おわった?」
『今あがったとこ。日焼けやばくない?』
「そうそう超やばい…じゃなくて!もっとやばい話があんの!」
『おっ?』


ユリコはタオルで髪を拭きながら話しているらしく、耳元からはゴワゴワした音が聞こえていた。しかし、興味深い話が聞けると思ってスピーカーに切り替えたようだ。
聞く体制に入ってくれたのを確認して、更にはユリコが自室に一人で居ることを確認してから、わたしは伝えた。本日ビーチパラソルを借りた時に起きた、一部始終の出来事を。


『え!?小田っちに告白された!?』


そしたらユリコは予想以上の大声で叫んだ。帰りの電車で話さなくて正解だった。


「されてない!まだされてないから!」
『されたようなもんじゃん』
「ちちちち違うから!」


小田くんはわたしのことを好きとか嫌いとか一言も言ってない。でも好きな人が居るかどうか、を聞かれた。何故そんなことを聞くのか、その理由は「察してほしい」と。
…頭がこんがらがってきた。


『でもすみれを好きって事でしょ、そこまで言うって事は』
「本当かなあ…今までそんな素振りは…」
『んー…いや、あったね。時々話しかけてきてたじゃん学校でも』
「そりゃあクラスが一緒だし」
『ちがーう!あれはアンタに興味があるからだってば!』
「お、おお…はい」


ユリコの言葉を聞きながら、少女漫画にでてくるヒロインの親友って確かこんな感じだったよな、と感じた。


『すみれは小田くんの事、どう思ってるの?』
「どうも思ってないよ…」
『国見先生の事は?』


そこで突然出てきた国見先生の名前。今日はユリコの口から一度も先生の名前が出なかったのに。


「…わかんない」


わたしが国見先生の事をどう思っているか?そんなの改まって考えたことも無い。
最初はすごく怖くて鬼みたいで、血の通っていない人間なんじゃと思っていた。けれどちゃんと努力したことは結果が出なくても認めてくれて、彼女と歩いていた時は腕を組んでいたからきっと恋人には優しくて、でも別れた後にはちょっと凹んだりして…?


「どうしよう…わかんない…国見先生の事は」
『ほほう』
「ほほうじゃないよ!どうしたらいい?」
『分かんないならどうもしなくて良いでしょ、今は。小田っちとも二学期まで会わないんだしさ』


小田くんと会わないからってこのモヤモヤが晴れてくれるのだろうか。彼はわたしのことを好きなんじゃ、と考えさせられながら夏休みを過ごすなんて勘弁である。
でも小田くんと直接会って話したいとも特に思わないし、本当にあの子のことは好きでも嫌いでもないのだ。友達としては好きだけど、っていうぐらいで。



海に行った二日後が日曜日だったので、夕方には国見先生がやって来た。先生は海や山のアウトドアには興味が無いのかな、あまり日焼けしていない。むしろ今はわたしのほうが黒い…いや、焼けた翌日だから赤い。


「なんか…いつもと違う?」


国見先生はわたしの顔やら腕を見ながら言った。


「ちっ…違うとは」
「えらく日焼けしたなぁと思って」
「あ…あー」


そりゃあ気付かれるよね、シャワーを浴びるだけであんなに痛かったんだから。腕の日焼け跡(今気付いたけど、皮がめくれてきている)を見せてみると、先生は苦々しい顔をした。


「実はですね、クラスの皆と海に行って」
「海?」
「皆受験で忙しくなるし、最後に海行こうって話しになりまして」
「へえ…」
「そうだ。写真見ます?」


そこまで提案したはいいものの、わたしはあっと息を呑んだ。勉強中だよと怒られるかと思ったから。が、先生は意外と何も言わずに頷いた。

携帯電話を手に取って写真の一覧を開くと、最新のものから順番に表示された。
一昨日の最後のほうはメイクも崩れてるし髪もぐしゃぐしゃだし、綺麗な状態の写真を見せよう。まずはみんなで撮った集合写真から見せる事にした。


「あっ!これわたしの友だちで…バドミントンも一緒だったんですよ」
「ふーん」
「で、こっちが」


写真をどんどんスライドさせていき、ユリコとかユリコとか主にユリコの写真が出てきた。 あいつ勝手にわたしの携帯で自撮りしていたな。
ユリコの自撮りを飛ばすために思い切り指をスライドさせて、やっとユリコ以外の写真が出てきた。…わたしと小田くんが水着姿でピースしているツーショットである。思わず目玉が飛び出そうになった。


「ッう!!?」
「彼氏?」
「ち!違いま!っす!」
「あっそう」


こんなの撮ったっけ?いや、撮ったのか?色々騒いではしゃいだから覚えてない。写真なんか全員の携帯でたくさん撮ったし、小田くん以外とのツーショットだってあるし、でも今先生に見られたのは小田くんとのツーショットで、しかもわたしたちは水着で……

撤回したい。今見られたものについて弁解したい。何故だか分からないけど、先生に変な誤解をされたくない。


「えっと、とにかくこんな感じで楽しかったです!」
「まあストレス発散になったんなら良かったんじゃない?」
「はい!」


思いっきり誤魔化しながらわたしは携帯電話の画面をオフにした。
そうだ!ただの気分転換で、ストレス発散のために海水浴に行ったのだ。小田くんと仲良くなりたかったからじゃない。特別仲がいいわけでもない!この写真は偶然である。

…しかし嫌いじゃないはずのに、どうして小田くんとの事をこんなに隠したがるのだろう。深層心理では小田くんのことをあまり好きじゃないのかな?それとも見られたのが先生だから?
うーん、まだ遊び疲れが残ってて頭が働かないや。