15期末テストで良い点も取った、模試も終わった。無事に高校三年生の一学期が終わり、終了式を終えたわたしたちを待っているのは…夏休みだ!
「皆で海なんて最後かなー」
「そうだねえ」
「今日はハジけよっと」
と、ジュースを飲みながら電車に揺られるユリコとわたし。夏休みが始まって一週間が経った頃、クラスの何人かで海に行かないかと誰かが言い出したのだ。
そういえば海なんて中学生の時以来行ってないし、これから皆は本格的に受験モードに入るから休日に集まる事も難しくなるだろう。という訳でクラスの男女八人で、一番近くの海水浴場へやって来たのである。
「…結構人いるね」
平日だと言うのに砂浜は結構混んでいて、八人で座ったり荷物を置くスペースを探すのに苦労した。
あらかじめ用意していたシートを敷いて、風で飛ばないように固定する。なんだかこういうの楽しいなあ、最近外で遊んでいなかったし。
「これじゃ日焼けしちゃうね」
「あ、あそこでパラソル貸し出してるよ!借りに行く?」
何件かの海の家が連なっているところでは、ビーチパラソルや浮き輪の貸し出しを行っている場所があった。パラソル一本で千円か、でも肌が真っ赤に焼ける事に比べれば安いかも。
「わたし借りてこようかな…欲しい人ー」
「はーい」
「わたしも!」
「二本でいいか」
男子四人、女子四人のメンバーだけど男子はあまり気にしないだろうし、大きなパラソルなら二本あれば女子には事足りそうだ。一本あたり千円かかってしまうし。
パラソルの言い出しっぺはわたしなので借りに行こうと腰を上げると、もうひとり立ち上がった。同じクラスの小田くんである。
「俺も行く。ひとりじゃ持てないだろ」
「あ、ありがと」
「すみれと小田くん、お願いしちゃっていい?」
「いいよー」
少し歩きづらい砂浜をビーチサンダルで踏みながら、ゆっくりゆっくりと歩いていく。それにしても今日は絶好の海日和だ。おかげで太陽の熱が厳しい。シートを敷いた砂浜からここまで歩いてくるだけで、もう汗をかいてしまった。
「ごめんねえ付いてきてもらって」
「いいよ別に、女子って大変だな」
「まあね」
小田くんは日焼けなんか気にしなさそうな普通の男の子なので、行きの電車で一生懸命日焼け止めを塗る女子を見て感心していたっけ。
係の人に二千円を支払うと、すぐに二本のパラソルを出してきてくれた。一本ずつ持つ事にしたけど、思ったよりも重い。
「重くない?」
「ちょっとだけ…でも大丈夫」
「ほんとかよ」
小田くんはけらけら笑いつつもパラソルを軽々持ち上げて、わたしの前を歩きながら「そこ段差あるから」と教えてくれたり、シートの場所までリードしてくれた。わたしは持つだけで精一杯だったけど、やっぱり男の子って力持ちだ。
そしてすぐに皆のところに戻ってきたけれど誰もおらず、海のほうを見ると全員海に入っていた。遊ぶのが待ちきれなかったらしい。
「…あれ。皆泳ぎにいってるね」
「不用心だな」
「はは…」
なんと荷物は置きっぱなしである。近くには他の海水浴客も座っているので堂々と盗まれることは無いだろうけど。
パラソルは二本とも小田くんが建ててくれたけど、恥ずかしながら運ぶだけで少し疲れてしまったので休憩する事にした。小田くんも水分補給のために一度座って、鞄の中を漁り始めた。
「白石って大学どーすんだっけ?」
小田くんはペットボトルの蓋を開けながら言った。
「一応、宮大を志望校にしてるよ…」
「おお…最近成績いいんだもんな」
「家庭教師のおかげだけどね」
「あー聞いた聞いた。腕あるじゃんその家庭教師」
「そうなんだよねえ」
本当にそう思う。国見先生は勉強が大大大嫌いだったわたしを、少しだけ勉強好きにさせてくれた。厳しくしてくれたおかげで自ら自習をするようになったし、この間は寝不足になってまで勉強に打ち込む事になったし。
と、先生の功績(と言って正しいのか分からないけど)を話していると小田くんはペットボトルの蓋を閉めた。
「…すっげ急なんだけどさ」
「んー?」
「好きなやつとか居るの?」
シンと一気に静まり返る。実際には周りは騒がしいのだろうが、その一瞬だけ何も聞こえなくなった。好きなやつって、恋愛的な意味で?何でそんなことを聞く?
「…いや…いない…かな?今は」
「そう」
「ど…どどどうしたの急に」
「いや…」
空になったペットボトルを何度か手で持ち替えながら、小田くんは言葉を濁している。なにこの空気。感じたことのない空気だけど、テレビか何かで見たことのあるような空気。
「…なんでもない。けど、なんとなくで察してほしい」
「え」
察しろと?そんなに言葉では言いにくいこと?わたしの解釈で勝手に察してしまっていいのだろうか。考えられる事はたったひとつなのに。
「……お、小田くん」
「ん」
「えっと…あのー」
「すみれ!早くおいでってば!」
「あっ」
パラソルの下で座り込んでいるわたしたちを呼びに来たらしく、気づけばユリコがすぐそこで手を振っていた。
そうだ、今日は海水浴に来たんだ。日陰で話をするためじゃない。
小田くんをちらりと見ると、タイミングを失ってしまったようななんとも言えない表情で、彼もまたわたしを見た。うっ、目が合った。
「お、泳ぎに、いく?」
声が裏返っちゃったかもしれない、けどとにかくこの空気をどうにかしなきゃならなかった。こんな事が起きるなんて予想もしなかったんだから。
小田くんは「そうだな」と頷くと、わたしに背を向けて海のほうへ歩き出していった。