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もやもやしたまま、ゴールデンウィーク。もちろん練習中は切り離すけれども、休憩中とかにふと目に入ってしまうようになった。
俺に限らず、あんな事を言われたらこんな風になるのは当然だと思う。白石が俺のことを好きかもしれないなんて。

日向は自分の失言を忘れているらしく、相変わらずいつもどおりに過ごしていた。または、覚えているけれどもいつもどおりに出来るスキルを身に付けているのかもしれない。
そして白石自身はというと、あの翌日から通常どおりに学校に来て部活にも参加していた。

皆が白石の腰のことを知っている。だからたぶん皆、悟られないように白石に気を遣っている気がする。
以前は、それが出来るのは俺だけだったのに。


「影山くん!菅原先輩が呼んでる」


体育館の外で座り込んでいると、白石が近づいてきた。少なくとも今は「どこかが痛い」という顔はしていない。


「…元気ですか」
「え、私?」
「そう」
「元気です…よ?」


何か無いか、いい台詞。
あの時一番近くに居たのは俺なのに日向を呼ぶことしか出来なかった事について、とか。
青城との試合の日も、何かしんどい事無かったのか、とか。
そもそももう部活に復帰して平気なのか、とか。


「…あー、と」
「菅原先輩が呼んでるよーって」
「あ…そうだった」


ううん、ボールは好きなように操れるのに、自分の口が上手に動かない。





合宿初日の夜。白石は家が近い清水先輩の家に泊まるらしく、夕食を終えたら挨拶をして帰って行った。今日は何事もなく終えたようだ。


「なあなあ!音駒って強えのかな?」


日向は修学旅行の気分なのか(実際俺もこの雰囲気は少し楽しい)布団でごろごろしながら最終日の練習試合について話していた。


「知らね。けど負けねえ」
「さすが影山クンは自信過剰ですな」
「オイもう一度言ってみろ」
「自信家ですな」
「過剰ッつったろテメェ日向ゴルァ!」
「はいはい皆静かにねー特に日向影山わかってるね〜」
「「………」」


相変わらずだが日向はバレーの事ばかり話していて白石の話をしない。忘れているのか、わざと話さないようにしているのか。
しかし、同じ高1男子に思わせぶりな発言をした罪は重い。そしておそらく、幼馴染の秘密を、当事者に向かって口を滑らせた罪も。


「オイ」
「なんだよ」
「…お前あの話、無かった事にしようとしてねえか?」


あの話、という言葉で日向には伝わったようだ。
嘘がつけないこの男は、しばらく目を泳がせた後「しらばっくれる」という選択肢を選んだらしい。


「………何の事でございましょうか?」
「どうやら金輪際トスは要らないらしいな」
「ごめんなさい」


日向の扱いやすさには脱帽だ。突き詰めた話をしたいが、部屋を出ては先輩たちや目ざとい月島に怪しまれるので、ここからはLINEでやり取りを行う事にした。


『俺が言ったなんて言うなよ』
『言えるかボケ』


返信しながら、横に寝転ぶ日向に肘鉄をした。


『つーか気付かねえの?好かれてるって』
『しりませんが。』
『ごめん!じゃーそのまま気付かんフリしといて!』


無茶言うなよ。
という意味を込めて、もう一度肘鉄を食らわせた。





そのまま、あまりゆっくりと白石と会話する事もなく合宿最終日を迎えた。
音駒高校との試合はとても楽しみだったので、浮き足立つ日向に喝を入れつつ自分も試合に臨む。

が、しかし音駒にどんな部員がいるのか知らないが、青城戦の時のように白石に変な絡み方をする男がいたらどうしようか。こちらから練習試合を組ませてもらった相手に対して強く断れる性格だとは思えない。

なんか気になる。
なんか不安だ。


「……白石」
「はーい」
「俺も行く」
「え!」


今からまたドリンクを作りに行こうとしていた白石に声をかけ、同行することにした。


「あのセッターの人、2年なんだって〜」


日向に聞いたらしい音駒のセッターの話をしながら、蛇口をまわす。
2年なのか。年上。
しかし、負ける気はしない。


「影山くんとはタイプが違うよね」
「どのあたり?」
「影山くんは堂々としてるけど、あの人は控えめな感じ?」
「…にしては髪の色が目立ってるけどな」
「そこは謎だね!」


特に変わった態度をとらない白石を見ながら、「本当に俺のことが好きなのか?」と疑問が浮かぶ。
…好きだからってどんな態度をとるのが正解なのか分からないから、なんとも言えないのが悔しいけど。


「あっ、一緒に使ってもいいですか〜」


そこへ音駒の部員が数名やってきた。セッターは居ない。主将だと名乗っていた大柄な男と、小さい男。


「どうぞ!今日はよろしくお願いします」
「…っす」
「こちらこそ」


向こうの主将はかなり落ち着いているようだ。
2年間の高校バレーの経験の差、また人間としての差を感じさせる男だった。
対して隣にいる男は1年生らしく、主将に急かされながらせっせとドリンクを作っている。


「君は今日の試合でんの?」


音駒の主将が言った。


「出ます。お願いします」
「ポジションは」
「セッターです」
「ふうん、セッター。大きいな」
「どうも」


お前のほうがデカいだろ、と心の中で突っ込みながら答えた。
その間も音駒の1年と白石は一杯になったボトルを並べ、また空のボトルを蛇口へ、という作業を繰り返している。


「そっちのマネージャーさんは?」
「あ、白石です。1年です!」
「うちのがさあ烏野に女マネが居る事に盛大に凹んでんのね。君か眼鏡の彼女、どっちか手伝ってくんない?」
「へ?」
「今日だけ」


しばらくの沈黙。
この男は何か変な目的を持っているわけではない…ように見える。この状況だと清水先輩ではなく、白石がこの場で「わかりました、私やります」と言い出すだろう。
だがそれでいいのか。今日限りとはいえ他校のマネージャーとして働かれるのは、なんだか嫌だ。白石はうちのマネージャーだ。


「無理です。」


気付いたら白石の代わりに俺が答えていた。

12.嘘のつけないスパイカー