この春、高校生になった。中学のころは近所の高校生がやたらと大人っぽく見えたものだったが、自分が高校の制服を着てみてもあまり大人に見える事は無い。身体だけが大きくなったような気分だけど、クラス内で聞こえてくる会話の内容はほんの少し精神年齢が上がっていた。


「…でね、今度のデートでさぁ、三ヶ月記念にネックレス買ってもらうんだぁ」
「わあ、超素敵じゃん!」


…と、俺の近くに座る女子たちは、今朝時間をかけて巻いたであろう髪をくりくりと触りながら話していた。
長くてふわふわの髪からはシャンプーなのかコロンなのかとにかく甘い香りが漂ってきて、早く昼にならないかなあと満腹中枢を刺激する。しかし昼休憩までは残り二時間もあり、この授業の合間の休憩ももう少し続くので、俺は彼女たちの浮かれた話に耳を傾けたのだった。


「一緒に買いに行ってー、似合いそうなの選んでくれるんだってさぁ」
「いいなあ〜年上彼氏〜」
「もうチョーかっこいい…」
「わたしも指輪とかネックレスとか買ってくれる彼氏欲しいなあ」


果たして俺の斜め前に座る女の子は、彼氏が欲しいのか、それともアクセサリーが欲しいのか。
という事に考えを巡らせたところでついにチャイムが鳴り、やっと三限目の授業がスタートした。昼休憩までの残りの授業が英語と現代文だなんて、耐えられるかどうか。





そろそろ意識が飛んでしまうかという時、「起立、礼」の掛け声で我に返った。時計を見ると12時半、やっと待ちわびた昼休憩のスタートだ。

重い腰を上げて礼をし、一度ドスンと椅子の上に落ちる。今日の昼食は屋上で食べる約束をしていた気がする。早く行って場所取りをしなくては。


『先行ってる』


と、約束の相手にメールを打った。同じクラスの白石すみれは今日、購買でパンを買ってから屋上に上がって来るらしいから。

メールを確認したらしいすみれは購買へ出発する直前、わかった!と口パクをして廊下に出て行った。
じゃあ俺も屋上へ行こう、と席を立ち歩き出した時にも斜め前の席の子は、「やっぱりデートの時って彼氏が多めに出してくれるの?」などと話していた。

寄り道せずに屋上に来たおかげで、人気の日陰を陣取ることに成功した。
一緒に食べるのは教室内でも食堂でも良かったんだけど、なんとなく誰にも見られない場所が良かったのだ。すみれが来るまで最近ダウンロードした携帯ゲームで時間を潰し、やがてガチャリと屋上のドアが開いたので携帯を置いた。


「お待たせー」


パンを三つほど買ってきたらしいすみれは、俺の姿を見つけると小走りで駆け寄ってきた。ビニール袋を敷いたところへ腰を下ろし、いただきますを言う前に俺のほうへ向き直る。


「英、今日はありがとう」


そして、とても満足そうに礼を言った。
何故すみれが俺にありがとうなんて言ったのか、説明するのは簡単だけれども言い難い。
実は今日は彼女であるすみれの誕生日で、「何か欲しいものとかやりたい事ある?」と事前に聞いてみたところ、ちょうど平日だから俺と一緒に昼休みを過ごしたいと言うのだ。


「…べつに。このくらい」
「だっていつも金田一くんと食べてるでしょ?」
「そうだけど…」


昼休みを金田一以外の誰かと過ごすなんて、何のことは無い。
しかしこんなお金も手間もかからない願い事だけでいいのか?とも思ったが、俺が「いいよ」と言うとすみれは満面の笑みで喜んだので、本気だったのかと理解した。


「なあ、すみれ」
「なーに?」
「本当にこれでいいの?」


約束どおり誕生日当日の昼休みを屋上で過ごしているが、俺にはすみれがこれで満足だというのが信じられなかった。


「…なにが?」
「誕生日が」
「えっ、」
「何も要らないわけ?プレゼントとか」


何故なら近くの席に座る女子が言っていた、彼氏と付き合った三ヶ月の記念にネックレスを買ってもらうのだと。デートの時には年上の彼氏が多めに支払いをしてくれるのだと。
そんな話を聞いたばかりなのもあり、すみれも本当はもっと欲しいものがあるんじゃないかと思ってしまうのだ。


「うん、私あんまり物欲ないし。ふたりで昼休み過ごせるのって新鮮じゃん」
「まあ…そうなんだけどさ…普通は色々欲しがるもんなのかなって思って」
「例えば?」
「……アクセサリー?とか」


まあ、これはあの女子が欲しがってるものだけど。すみれも女なら興味があるだろうし。俺もそれが欲しいと言われれば喜んで用意しようと思う。が、本当にそういうものには執着しないみたいだ。


「…そりゃあ、そういうのあったら勿論嬉しいけど。祝ってくれるだけで充分だよ」


すみれはアクセサリーと聞いて顔を輝かせることも無く、きょとんとした様子であった。


「女子って色々いるもんだな」
「そう?」
「俺の席近くの子は、彼氏にアレコレ欲しがってるみたいだから」
「へえー…」
「すみれはもうちょっと我儘になってくれても良いけど」


むしろ我儘言ってくれないと俺が小さい男みたいで情けなくなる。俺はもう高校生だ。大人っぽく振舞っているだけの子どもじゃない。好きな子に何かをあげたいなとか、どうしたら喜ぶだろうとか、それなりに考えているつもりである。
ただ、すみれは本当に「アレが欲しい」というのが無いらしく首を捻っていた。


「………うん。」
「いや無理に我儘になれとは言わないよ?」
「う、うん…」
「ただ彼女が誕生日なのに一緒に昼飯食うだけって、俺もちょっと申し訳ないし」


だからって俺から「これプレゼント」とネックレスとかをあげるのはハードルが高い。俺も大概ズルいと思う。すみれからのリクエストなら叶えてあげたい、格好つけたいと思えるのに。

それからは暫く静かになった。すみれはパンを食べ終えて、買ってきたジュースも飲み干していく。俺も弁当を食べ終えてしまった。

このまま変な空気でせっかくの時間が終わってしまう危機感を感じていた時、ゴミを入れた袋を結びながらすみれがぼそぼそと呟いた。


「…じゃあ、いっこ我儘言う」
「うん。何?」


もしかして、ずっと無言で何を頼むか考えていたのだろうか。何を言われても受け入れようと心を決めて待っていると、すみれはスカートの裾を握りながら言った。


「予鈴鳴るまで、手ぇ繋いでて欲しいかな…」


お金も手間も時間もかからないそんな他愛ない我儘を、我儘と捉える男が存在するはずも無い。ただお互いの間に幸せな空気が流れるだけの事なのに。それを誕生日にわざわざ頼んでくるなんて、どれだけ無欲なんだろう?


「……いいよ。繋ごう」


手を差し出すと、すぐにすみれの手が乗せられてすべての指を絡めてきた。
ぎゅ、ぎゅっと何度か力が込められると、まるで「す、き」と言われているような、自分らしからぬメルヘンな思考が広がっていく。
やっぱりこんな女の子の誕生日に何もあげないないんて、そんな自分を許す事は出来ない。


「次の月曜、帰りにどっか行く?」


誘いの声をかけてみるとすみれは何も言わなかったけど、声もなく笑みを浮かべるのを感じた。
中学のころよりも身体だけが大きくなってまだまだ口も達者ではない俺だけど、好きな女の子にどうにか何かをしてやりたいっていう気持ちだけは宿ってくれたようだ。


ちょうど僕ら
オトナを始めたところ


はろーまいだーりんの紫苑さんへ誕生日にささげる国見くんです。お誕生日おめでとうございました!