07ルンルン気分で出かけた仙台駅。けれど今日はスリ未遂に遭わないよう慎重に歩きながら、待ち合わせ場所へと浮かれた気分で歩いて行く。
今日は土曜日、どうしてわたしがこんなにもご機嫌なのかと言えば昨日の夜に遡る。
「あんた、やるじゃない!」
ちょっとお父さんも見てやってよ!とハイテンションだったうちのお母さん。その原因はわたしが持ち帰った一学期の中間テストである。
「数学で70点なんて取った事ある?」
「失礼だなあ、あるよ…中1の時とか」
「国見先生の教え方かしらねえ」
お母さんは何かに付けて国見先生アゲが激しい。きっと先生の事を気に入っているんだと思う。あの人、わたし以外の相手には物腰が柔らかいんだもんなあ。
「でも実際に頑張ったのはすみれだろ?」
そこへやって来たのは、お風呂からあがってリビングに来たお父さん。
自分でも思うけどお父さんはわたしに甘い。今だってこうして、先生の手柄では無くわたしの頑張りを認めてくれた!
「でもそうよね、ホント頑張ったねえ」
「うん…まあ70点なんて自慢できる点数じゃないけどね」
「そんな事ないよ。他と比べるんじゃなくて、今までの自分と比べてみたらすごい事だよ」
…何度も言うけどお父さんは娘であるわたしに甘い。けど、ここまで言われたらさすがに照れくさいというか恥ずかしいというか。それにわたし、褒められると調子に乗ってしまうタイプなんだよなあ。
「すみれ、お小遣いあげようか?」
「え!?」
「ええ!?」
「だって頑張ってるから」
お父さんはバスタオルで頭を拭きながら財布を取りに行った。
リビングで顔を見合わせるわたしとお母さん。さすがに70点でそこまでされるのはプレッシャーだし気が引ける。
「お、お父さん…あげるのは良いけどすみれが調子に乗っちゃう」
「まあまあ今日だけだから」
ハイこれ、とリビングに戻ってきたお父さんから渡されたのは何と一万円札。
お母さんの言う通り、わたしはすぐ調子に乗ってしまうタイプだ。だからご褒美なんて貰ったら、いい気になって勉強しなくなるかも知れないとでも思われているのかな。
でも今やその心配は無い。なんたって毎週あの国見先生が一週間の成果を見に来るんだし。
…いいや。今回ばかりは調子に乗って万歳しよう。ばんざい!臨時収入だ!
「…って事で臨時収入あったから、前言ってたケーキ食べに行こう!」
その週の土曜日、つまり今日。
自由に使うことを許されたお金を手にして、ルンルン気分で仙台駅にやって来た。待ち合わせの相手はいつものとおり親友のユリコで、何故彼女を誘ったのかと言えば、照れくさいけど今までのお礼みたいな。
「嬉しいけどホントに奢られていいの?セットで千円くらいするじゃん」
「大丈夫大丈夫」
数ヶ月前にこのあたりを歩いた時に発見したケーキ屋さん。その時は混んでいたのと、お互いに節約中だったから我慢したケーキ屋さんにやって来た。一般の高校生がケーキと飲み物だけに千円も使うのは結構な出費なのだ。
どのケーキを選んでも数十円の差額だったので「好きなの選んでいいよ」と告げると、ユリコは事前にリサーチしていたらしくすぐにチーズケーキを選んだ。
「うわー美味しそう…」
「ちょっ!これ中の層見て、ヤバイ」
ミルクレープを注文したわたしの前には、何層にも重なったクレープ生地!と、中にはクリームとフルーツがぎっしり!で、思わずフォークを持つ前に携帯を手に取って撮影大会。
色んな角度から撮ったあとはお皿を手に持って、お互いに撮り合ってからやっと食べ始めた。ミルクレープって結構歯ごたえがある印象だったのに、ふわっふわだ!
「超おいしい〜」
「ほんと美味しーね、ありがとう」
「いいんだってばぁ、部活の引退祝いも兼ねてのお小遣いだし!無事に引退できたのはユリコのお陰ですから」
それに、貧乏性のわたしはお金を貰っても大して使わずに終わってしまうだろう。仲のいい友だちと美味しいものを食べてそれを共有出来た、というプライスレスな使い方が良いと思う。
これからの進路はきっと違うけどユリコはずっとの友達になると思うし、部活の引退までを支え合った仲間なのだから!
国見先生にもそういう仲間とか友だちって居たんだろうか。それにしても、あの先生が部活の事に関してはなんとなく優しい気がするのは何故だろう?ユリコにも話してみようかな。
「引退と言えばこの前さ、」
「うん」
「……ん」
「ん?」
国見先生が引退前に応援してくれた事とか、引退後に労ってくれた事とかを報告しようと思ったのだが。
思わず口を閉じてしまった。窓の外に何やら見覚えのある人物を発見してしまったのだ。
「…あれ」
「お?」
「国見先生だ!」
「えっ!」
思わずガラスに張り付きそうなほど近付いて、外の通りを眺めるわたし。なんと車道を挟んだ向こう側の歩道を国見先生が歩いているではないか。
うちに来る時よりカジュアルな服装だけど、長い脚にあの身長。そして、さらさらの髪が揺れている。ユリコも眉間にシワを寄せて窓の外を見渡した。
「どれ?どの人?」
「あの背が高い…」
「へえー確かにまあまあイケメンっぽい…っていうか…」
って言うか。そう、国見先生のラフな服装だとかこんなところで偶然だとか、そんな事はさて置いて。
「女連れだ」
国見先生の隣には女の人が歩いているのだ!
ミディアム丈のふわふわの髪を茶色に染めて、大人っぽい膝下のスカートを履いている。その人は単に隣を歩くだけでなく、なにかのタイミングで口に手を当てて微笑むと、その手を国見先生の腕に通したではないか。
「…ワオ。」
「うわわっ、腕組んでるどうしよう」
「どうしよう」と慌てたところでわたしにはどうする事も出来ないので、わたしはあんぐりと口を開けてひたすら眺めていた。
「先生彼女居たのかー…」
「居るっしょー、大学生だもん」
「うーん」
彼女じゃなきゃ腕なんか組まないもんね、国見先生は彼女以外の女の人にそういう事を許さないだろうし。
相手の女性もヒールは履いて、高身長の先生と釣り合っている。大人のオーラを纏っている。なんか良い匂いしそうだったし。絶対香水とか付けちゃってるやつ。
「…カノジョ居たのかああぁー」
「すみれ、もしかして先生が好きなの?」
「そういうわけじゃないけど」
国見先生はわたしにとって、好きとか嫌いとかそういう存在ではない。勉強を教えてくれる家庭教師なのだから。しかも超絶厳しい。
でも、いつも怖い先生がこの前、初めてわたしに少〜〜〜しだけ優しい言葉を掛けてくれたと感激していたのに。
今、横断歩道の信号待ちで立ち止まっている先生の顔。横顔だからしっかりとは見えないけど、彼女のほうを見て笑っているのだけは分かる。見たこともないような穏やかな顔!
「だってさあ…いや、うん分かってるけどさ?先生には先生の世界があるっていうのはさ?」
「自分に正直になりたまえ、そして現実を受け入れたまえ」
「ぬうう〜」
「え、まさかほんとに好きなの?」
ユリコは身を乗り出して聞いた。好き?わたしが?国見先生を。そりゃあ嫌いとは言わないけれど。どちらかと言えば好きだ。格好いいし、意外と優しくて…じゃなくて勉強の教え方も上手いし。
「…好きとかじゃないけど。知ってる人が知らない女の人と腕組んでるのって、衝撃じゃんか」
「そう?」
そうだよ。そういうもんなんだよ。よく分かんないけどさ。
やがて信号が青になり、ふたりは腕を組んだまま歩いて行った。わたしもユリコもガラスに頭を擦りつけながら目で追ったけど、とうとうどこかの角を曲がってその姿は視界から消えた。
「…見えなくなっちゃったね」
「むう…」
「先生けっこうイケメンなんだね、聞いた通り」
「うん…でしょ」
何様だよって感じだけど、わたしはそのように答えるしか無かった。今、こうして反対側の歩道を歩く国見先生を見ただけでわたしも「あ、周りの人より格好いい」と思ってしまったし。
あんな人が毎週自分の部屋に来ているなんて、改めて凄い事だ。わたしみたいな高校生の、しょぼい部屋に。だって、だってさあ。
「彼女のほう見た?すっごい綺麗だった」
だって国見先生の隣にいた女の人、めちゃくちゃ綺麗だったんだもの。美男美女ってこういう事か。そりゃあ普段あんな人と一緒にいたら、いくら華の女子高生とは言え子どもっぽく見えてしまうだろうな。
…まあ、先生の事なんて全然そんなふうに見てませんけど!付き合うならもっと優しい人がイイですけど!