20180520


ねえねえすみれちゃん、俺来月誕生日なんだよね
ねえねえすみれちゃん、俺来週誕生日なんだよね
ねえねえすみれちゃん、俺の誕生日まであと五日、あと四日、三日、二日、いよいよ明日が誕生日だよ!

これだけ事前に言われていれば、誕生日当日に何も用意しないわけにはいかない。
土日にはメールでカウントダウンが送られていた。これらの予告をされてもしつこい、うるさい、鬱陶しいと感じた事は無かったし、むしろ祝うきっかけを与えてくれた本人に感謝している。

同じクラスの天童くんは近寄り難くて不思議な存在だったけど、小学校の時に仲間外れにされた事のある私にとって気になる男の子なのだ。
同じにおいがする。
警戒したい相手にはとことん警戒し、仲良しだと思えた相手にはとことん話しかけて構ってしまうところが、なんとなくそう思えた。


「おはよーう」
「おはよ」


五月二十日の朝。教室に入ってきた天童くんの声で身体に緊張が走る。
何で誕生日を祝うだけで緊張してしまうのか分からないけど、「祝ってほしい」オーラを全開にしていた人にいざ祝うので、どのように切り出せば良いやら分からないのだ。
しかも、仮にも私は天童くんを自ら祝いたいと思っているのだから。

すたすたと自分の席へ真っ直ぐ向かう天童くんへ小走りで寄っていき、まずは祝いの言葉をかける事にした。


「あの!天童くん」
「んー?」
「あのさ、今日おたっ」
「あ、ちょっと便所行っときたいの俺」
「…え。」


朝練の後に行く暇なくてさ!…と言い残して、天童くんはホームルーム前に用を足すため廊下に出てしまった。うーんタイミングが悪かったか。

それにしても昨日まであんなにしつこく誕生日の事を言ってきたくせに、顔を合わせても誕生日をスルーするなんてなあ。そんなにトイレに行きたかったとか?仕方ない。昼休みにでも渡すことにしよう。


「天童くん!」


そして迎えた昼休み、生徒達が食堂などに散り散りになる前に天童くんのところへ駆け寄った。今から食堂か購買にでも行こうとしていた彼は、財布を手に持って立ち上がったところであった。


「なぁに?今朝ゴメンね」
「…あ、うん……?」


…何だかおかしい。
何がおかしいって、私に「なぁに?」という返事をしてきた事だ。自分が毎日「誕生日が来るよ!」と予告していたくせに、当日になって何も言ってこず「なぁに?」なんて変じゃない?


「どったの?」
「え、ええと…」


けれど面と向かってそう聞かれると、たじろいでしまった。
あれ?今日って天童くんの誕生日だよね。私、日付を間違えたのだろうか。


「…わ、私に何か言うこととか…無い?」
「へ?」
「あの、何かお願い事とか。訴えたい事などなど」
「何言ってんの?」
「は、ははは……は…?」


本当に何を言っているんだ私は。


「すみれちゃんこそ、何か俺に用事?」


用があるのは天童くんのほうじゃないのか。でも、見たところ天童くんの様子は普段と変わらない。もしかして誕生日だというのは私の勘違い?そんなはずは無い。
確かに今日は五月二十日だ。携帯電話には、天童くんからの「もうすぐ誕生日だよ」というリマインドメールが何日分も残っている。

今ここで「誕生日だよね?」と聞けば良かったのだろうけど、何だかそれは気が引けた。だって本人がコレなんだもん。


「………んー…べつに…無い。」
「なんじゃソリャ」
「ご、ごめんね」


そうだ、本当は今日はまだ十九日なのかも知れないな。毎日言われすぎて感覚が狂ったのかも。


「あっ!?えーいーたーくん発見!」
「げっ」


その時、天童くんの大声でビクリと震えた。ついでに大声で呼ばれた主である瀬見くんもぎょっとした様子でこちらを見ていたが、天童くんと目が合うと足早に歩き去ろうとした。


「ちょっと英太くんてばゲッじゃないよ逃げないでよ」
「まだ何も用意してねーよプレゼントなんか!」
「えーツレなぁいよーお昼にパン買ってくれたらいいからぁ」


そんなことを言いながら、天童くんも瀬見くんを追いかけて購買のほうへ歩いて行ってしまった。

今の会話は間違いない。瀬見くんの言っていた「プレゼント」は正しく誕生日プレゼントの事だ。


「……やっぱり今日が誕生日か…」


それならどうして、昨日まであんなにしつこかった天童くんは今日になって何も言わなくなったのか。


「…記憶喪失?いやいや」


まさかそんなことは無いだろう。私の名前を覚えていたし、授業中も普通だった(彼の普通は皆の「普通」とは異なるけれど)。となれば思い当たる節は…いや、無い。


「…私からのプレゼントとか、要らなかったりする?…」


まさかまさか。誕生日だよと言い続けておいてそんなはずは無いだろう。

…でも待てよ、そう言えば「プレゼントちょうだい」とは一度も言われた事が無い。誕生日がもうすぐ来るよ、という事しか。
でも、それなら当日の今日、一言私に「オメデトウは?」とかなんとか言ってくれてもいいよね?


「なんで今日は言ってくれないの…」


もしかして、気付かないうちに気に障る事をしただろうか。
天童くんとは仲良くなれたつもりだったから、昨日の帰りに「天童くん、誕生日も朝練あるの?大変だね」とか話し掛けた気がする。もしやアレが嫌味に聞こえちゃった?そんなつもり無かったんだけどな。


「また明日ー」
「ばいばい」


そのまま天童くんと話す機会も無く、私から話しかける事も出来ずにとうとう放課後。
帰宅部は帰宅し、部活がある人は早々に部活に向かおうと教室を出ていく。その中に天童くんの姿もあって、えっ本当に最後まで何も無いの?という疑問が顔に出たままその姿を見ていると、天童くんと目が合ってしまった。


「…どうしたの?」


足を止めた天童くんが首を傾げる。どうしたのっていちいち聞かなくても分からないの?やっぱり私の記憶違いか、あるいは知らないうちに天童くんの機嫌を損ねてしまったか。


「…なんでもない、バイバイ…」
「本当に何でもないの?」


もうダメか、せっかくプレゼントを持ってきたけど帰ろう。
そう思ってバイバイと言ったのに、天童くんが私の前に立ちはだかった。


「……どういうこと?」
「俺に言いたい事あるっしょ」
「え…」


私よりも背の高ーい男の子が、私よりもギョロっとした目でこちらを見下ろしている。

天童くんに言いたい事?あるに決まっている。言いたい事はふたつある。「誕生日おめでとう」の言葉と、「何で今日は何と言ってくれないの?」という事。

でも、天童くんが何を考えてるのか分からなくて何も言えない。あれだけ誕生日をアピールしてきたって事は、祝ってあげたらどんな顔をして喜んでくれるかなぁと楽しみだったのに。そう考えると、俯くしかなかった。
その、俯いた私の頭の上から押し殺したような笑い声。


「…ふふ。ゴメン、いじめすぎちゃった」


それはさっきまで聞こえていた尋問するような声とは全くの別物で、いつものケラケラと笑うご機嫌な声。
いきなりそんな緊張感の無い声と、意味のわからない台詞が聞こえたので私も変な声が出た。


「…はい?」
「誕生日!祝ってくれようと何回もタイミング見計らってたっしょ?」
「え!?いや…うん?えっ、でも」


あなたは本当に天童くん?今日は本当に誕生日?私の記憶は間違ってない?ていうか一体何事ですか。

それら全てを一気に喋ろうとしたが失敗してあたふたする私。天童くんはそれを見て余計におかしくなったのか、もう一度フフフと笑った。


「今朝はさぁ、ホントにトイレ行きたかったんだよ。けど、その時のすみれちゃんの顔が可愛くって」
「えぇ?」
「放課後までスルーしちゃおうかなって思っちゃった」
「な…」


嘘。
って事は朝から私がソワソワしていたのを分かっていたって事?分かってて気付かないふりをしていたのか。こんなにこんなに一日中悩んでたのに。


「怒った?」


怒りとか安心とかで立ち尽くす私の顔には、「怒り」のほうが多めに表れていたらしい。天童くんが腰を曲げて、顔を覗き込んできた。名答、怒るに決まってるじゃんか!


「……サイテー。」
「ごめんごめん」
「ほんとサイテー!」
「ごめんって」
「ビックリしたんだからね!自分の記憶がおかしいのかなって疑ったし!」
「え、そこまで?」


そこまで?って、あなた笑ってますけどね!私は結構真剣に悩んでいたんですからね。


「…もしかして何か、嫌われるようなことしたのかなって思ったし」


もう「すみれちゃん」って話しかけて貰えないのかなぁとか、買ったプレゼントは結局自分で使う羽目になるのかなぁとか。他の人には祝ってもらってるくせに、とか。
自分は天童くんにとって特別だと勘違いしていたのか、と虚しくなった。


「…ゴメンね。」
「もー知らない」
「嘘、祝ってよぉ」
「絶対やだよ!」
「なんでー」
「天童くんなんか嫌い」


こんな仕打ちを受けるなんて聞いてない。気持ちを盛り上げて盛り上げて、当日になって知らんぷりする天童くんなんか嫌い。…本当は、祝いたくて祝いたくて仕方なかったけど。


「ほんとーに嫌いなの?」


天童くんは念を押すように聞いてきた。嫌いなの?と質問しているくせに、もう答えを知っているような表情だけど。


「…何、その自信に満ちた目は」
「アレ。バレたか」
「………」
「ごめんごめんごめんってぇ」


彼が真面目なのかふざけてるのか曖昧な態度を取るのは、無意識なのだと分かってる。他人との関わりを持つのが怖くて、予防線を張った事のある私には分かる。
けど、だからこそ伝わる。天童くんが私に面倒な予防線を張ってまで関わりたいのだと。


「お願い。祝ってクダサイな」


それに、可愛こぶって首を傾げる天童くんには私のほうも根負けだ。


「…嫌いだからね」


それでも素直に従うのは悔しくて、鞄からプレゼントを取り出しながら裏腹の気持ちを伝えてやった。「そんなの嘘でしょ?」と両手を出して待つ彼には、とっくに気持ちなんか知られているんだろうけどさ。

Happy Birthday 0520