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テレビドラマみたいな出来事が起こった。
二人きりの空間で、目の前で女子が倒れたのだ。
俺は健全な高校1年生だが中学の時からもっぱらバレー一筋で、女子と付き合ったことなどない。告白されたこともあったが、1にバレー・2にバレー、3・4が無くて5にバレーという生活だったのでそこに「彼女」というのが加わる事でバレーに費やす時間が減ることを恐れた。
まあ、告白された相手のことを好きでも何でもなかったというのも理由のひとつだ。
それでも、それなりに頭の中でいろいろと考える。朝、登校中に可愛い女の子が転んだのを見て手を差し伸べるとか、駅前で不良に絡まれる美女を救うとか、そんなヒーローみたいなシチュエーションを想像したこともあった。
が、いざそういう状況になると、身体はこうも動かない。
白石が、立てかけてあった箒やモップとともに倒れていくのがスローモーションで見えた。それなのに、白石が大きな音を立てて床に叩きつけられるまで足は一歩も動かず、しばらく立ち尽くしていた。
慌てて駆け寄った時にはまともに言葉を発した覚えも無く、どうすればいいか分からずとにかく幼馴染の日向と先輩たちを呼ぶ。
その後はもう、俺は居てもいなくても良い状況だった。
◇
授業に身が入らない。普段から集中して授業を受けているわけではないが、本当に何も頭に入ってこない。
頭の中で繰り返されるのは、立っていた白石がだんだん床に崩れ落ちていく姿。
気づけば昼休みになっていた。保健室まで会いに行くか。何をしに?あの場で役に立たなかった俺が行ってどうなるんだろう。
せめて、なにか一言、回復を祈るような言葉を送るべきか?と、今日初めてLINEを開くと、白石からのメッセージが入っていた。
普段、俺はLINEとかは利用しない。何故ならやり取りをする相手がいないから。烏野のグループLINEも、色んな人が発言するのをひと通り眺めて終わり。周知がある時は一応返事だけ送る。
だから、通知をOFFにしているので、新しい通知が来ても音も鳴らないしバイブもない。いちいちLINEのアプリを開かないと、気付かないのだ。
そんなわけで昨日の朝ぶりに開いたLINEに入っていた白石からのメッセージは、昨日の夜、『今日はありがとう』と絵文字もスタンプもない文字だけのものだった。
「………」
昨日、白石が青城の部員に絡まれていたところに偶然出くわし、助け舟みたいなものを出した。
重いドリンクを一人で持っては腰に悪いのではないかと思い、様子を見に行った時のことだ。
昨日は俺が代わりに持ったから大丈夫だったが、もし昨日、一人で持っていたなら他校で倒れていた可能性もある。
日向によると、白石は母親がパート帰りに学校に迎えに来るというので、それまで保健室で過ごしているらしい。
携帯を見る余裕はあるだろうか?昨日の夜からずっと未読無視をしていた俺がいきなりLINEをしたら、どう思われるか。
ぐだぐだ考えていても男らしくないので、とりあえず文字を打った。
『大丈夫ですか?』
他人行儀かもしれないが初めてのLINEなので、まずは敬語で。
送ってから昼ごはんを食べ、いつもの通り自販機へ向かっている時にもう一度スマホを見ると、返事が来ていた。
『大丈夫です!お騒がせしてすみません』
どちらかと言うと騒いでいたのは俺だったのだが、そんな事には気付いていないか。
『まだ痛いですか?』
『痛み止め飲んだから痛くは無いけどちょっとがくがくしてます〜』
続けて、「てへへ」みたいな表情のスタンプが来た。がくがくって何だよ。とにかく、少なくとも気持ちは元気なようで良かった。
そして、6限目の途中くらいに白石の母親が迎えに来たらしく無事に帰宅したと日向に聞いた。
◇
「すみれ、腰がちょっと悪いんです。だからああなったのかも」
午後の部活はリベロである西谷さんと言う人が戻ってきたのも大きな話題のひとつだったが、今朝の出来事もやはり皆が心配していた。
日向はさすがに黙っておくのは良くないと判断したのか、部員に白石の腰のことを発表していた。
「うおい…俺の居ねえ間にそんな頑張り屋さんが入ってたのかよ…たまんねえガッツだぜ」
「ココ最近痛くないって言ってたんだけどなあー」
「毎日朝晩動いてくれてたから、一気に来ちゃったんだろ。俺らも白石さんが居るからって任せてた事もあるけど、ひとまず出来ることは自分でやる!以上」
主将が上手くまとめてくれて、部活は終わった。
途中まで日向と帰りが同じなので歩いていると、ずっと「エース」の話をしていたが、やはりまた白石の話になった。
「影山ー」
「あ?」
「すみれはさー、本当は身体動かすのが好きなんだ。ちっさい頃はすみれの方が足速かったりして」
「…日向よりすばしっこかったのかよ」
「はは」
しかし何故、昔話なんか俺にしてくるんだろう。
「で、まあ事故って好きに遊べなくなって、ちょっとだけ暗くなったんだよね。でも俺が無理やりバレーに誘ったら、やっと明るくなり始めた感じ?」
「……それで?」
「それでさあ!最近はもうノリノリなわけよ。影山くんのサーブが!影山くんのスパイクが!ってうるさいわけよ」
「……はあ」
確かにそれは烏野にきて、会った時から恥ずかしいほどに言われていた。近くで試合が見たい、プレーが見たい、いくらでも見たいと。
最初は少し頭のおかしな女だと思ったが、きちんとマネージャー業務をこなしている姿は評価できた。
だんだん白石に対して心を許してきたと自分でも思えていた。
「…で、それが?」
「うーん…えーとつまり、すみれにLINEしろ」
「何だそれ」
「しろよ!」
「つーかお前は白石の事好きなんじゃないのか」
「は?違うけど。」
いきなり冷静に返された。
てっきり日向は白石のことが好きなのかと思っていた。または、その逆。
「…マジか」
「マジですけど。」
「嘘つけ」
「影山クンが恋バナなんてきもいんですけど。」
「じゃあ白石は日向を好、」
「やーめーてー影山クン!何か気持ち悪い!絶対ねえから!」
ここまで言うなら本当なのか?
しかし、これでもし白石が日向のことを好きだった場合、こんな事を言われるのはかなりショックなんじゃないだろうか。
「…いくらただの幼馴染でも、お前を追いかけて烏野に来るって事は」
「違う違う。すみれが追いかけてんのはお前だよ」
「………」
なんだって?
「俺についてきたら影山と会えるかも、って思って家遠いのに烏野に進学してきたの」
「………」
「あ、やべ。」
「おい」
「ごめん聞かなかった事にしてくんね?」
「おい」
「さらばじゃ!!!」
日向は勢いよく自転車にまたがると、一気に加速してすぐに見えなくなってしまった。
11.幼馴染の失敗