20180415


高校2年生になりまだ間もない4月15日、大半の同級生よりも早めの17歳の誕生日を迎えた。

しかし今日は日曜日で、朝から晩までバレー部の練習となっている。いつもと変わらないただの一日だが、新入部員に「やっぱり上手いっすね、さすがです!」と尊敬の眼差しを向けられたのは嬉しくて、ちょっとした誕生日プレゼントに感じられた。


「15分休憩、一年はボール集めてきて」


体育館内に響く笛の音、続くコーチの掛け声で部員たちが散り散りになる。
俺も去年はゆっくり休みたかったのに、せわしなくボールを追いかけていたっけな。その時同じボールを追い求めて思いっきりぶつかったのが白布賢二郎で、「いてえなこの野郎」とめちゃくちゃ睨まれたんだよなあ。何だコイツって思ったよ、あんな出会いだったのに俺はよく賢二郎と仲良くなったもんだと自分を褒めてやりたい。


「なんの音だろうな」


体育館の開け放された入口のそばに座り、風を感じながら涼んでいると賢二郎がやってきた。
耳を澄ませてみると、そういえば音楽が聞こえている。
ブラスバンドの演奏ではいようだが、曲を聞いた瞬間に俺には分かった。チアリーディング部がパフォーマンスをする際の曲目だ。


「これ、アレだよ。チアの」
「あー…え?こんな曲だったっけ」
「新しい曲」


どうしてこれがチアリーディング部の使う曲で、今年から使用する新しい曲であると知っているのか。
賢二郎ははじめ疑問に思っただろうけど、俺としては当然の事であった。昨年・今年と同じクラスになった白石すみれという女の子が、それについて話しているのを聞いたのだ。


「…ポニーさんか」


賢二郎が呆れたように言った。

「ポニーさん」とは俺たちの間だけで使用している白石さんの呼び名で、由来はと言うと彼女がいつも長い髪をポニーテールにしているから。

高校生の俺たちみたいな男って、自分には無い長い髪を見ると意識してしまうもんだろう。少なくとも俺は意識している。
白石さんが歩くたびにぴょんぴょん動くポニーテールをいつか掴んでやりたいなあとか、突然引っ張ったらどんな顔をするかなあとか、つまり俺は白石さんの事が好きなのだ。

賢二郎もそれを知っていて、でも彼女の話をする時にうっかり「白石さん」と呼ぶのを誰かに聞かれると嫌なので「ポニーさん」という呼び名をつくった。という経緯がある。


「ポニーさん、俺の誕生日知ってると思う?」
「知らねえよ…」
「知ってるかなあ」
「教えた事あんの?」
「ないよ」
「じゃあ知らないだろ」
「俺はポニーさんの知ってるよ?」
「ストーカーかよ」


白石さんの誕生日は7月22日。夏生まれって感じがする、白石さんはいつも元気でみずみずしい印象があるから。
春うららかな季節に生まれた俺はあいにく春っぽくない、賢二郎には「魔界生まれ」と言われた。どこですか。

練習の合間の休憩時間はたったの15分。とても貴重な15分だ。出来れば身体を休めたい。動きたくなんかないけれど、ここまで音の聞こえてくる距離で白石さんが…いやチアリーディング部が練習している。偶然を装って通りがかるくらいの事、誰も文句は言わないはずだ。


「見に行ってくる」
「ポニーのとこ?」
「さんを付けろ、さんを」
「早く戻って来いよ」


こいつ、可愛い可愛い白石さんをポニーだなんて呼び捨てやがって。
言われなくたってちゃんと時間までには戻ってくるつもりだ。いくら好きな子と会える(かどうかは分からないけど、見られる)からってせっかく勝ち取ったスタメンの座を開け渡すほど、俺は甘ったれていない。

というわけで、他の部員、特に天童さんには見つからないようそそくさと体育館を出て曲の聞こえてくるほうへと歩いてみた。

外に出ると意外と音は大きくて、近くのスペースで練習しているらしい。
チアリーディング部は練習の時、短いスカートを着用している。本番ももちろんミニスカート。白石さんの脚を他の男に見られるのは不本意だけど、俺もおこぼれに預かっているのでまあ良しとしよう。


「10分休憩ー!」


音楽が止み、代わりに聞こえて来たのはリーダーらしき女性の声。
ちょうどチアも休憩に入ったらしい。ラッキーだ!でも練習に集中してくれないと、こっそり白石さんの姿を覗き見しようとするのがバレてしまうかも知れない。まあ、いいか。このへんに落とし物をしたっていう設定にすればいいんだ、さすが17歳の俺は冴えている。

バレー部が使う体育館の隣にある体育館横で、チアリーディング部は集まっていた。
白鳥沢はバレー部だけでなく他の運動部も県内では有名なので、彼女たちは活躍の機会が多い。そのためチアリーディング部の人数もそこそこ多いが、それでも白石さんほど美しいポニーテールをなびかせる女子は他に居ない。


「何してんの?」


そして、白石さんほどはきはきした聞き取りやすい声で物を言う女子も他には居ない、と思う。この声を聞くとぞくりとしてしまうのだ。


「あ、白石さん。偶然デスネ」


偶然なんかじゃない。俺はまさに君に会いに来たんだけど、それを言ったら睨まれてしまいそうだ。だから頭をぽりぽりかきながら、先ほど思いついた設定を早速使った。


「このへんに落とし物しちゃってさあ、探してるとこ」
「何落としたの?」
「え?えー…?えー」
「どうせチアの覗きでしょ」


白石さんの俺を蔑むような目。すげえたまんねえ、じゃなくて。駄目だこのままでは嫌われてしまう。
しかし「覗き」というのを一瞬で当てられてしまったので俺は慌てた。正確にはチアの覗きじゃなくて、白石さんを覗きに来たんだけど。


「ほんとに落としたんだってば、あれを…あの、ティッシュ。ポケットティッシュね、ほら俺って花粉症だから」
「ふーん?」
「今日が誕生日だって言ったら賢二郎がくれたんだよね、あいつ優しいからさあ」
「へーえ。おめでと」
「あっ、ありがとう」


どさくさ紛れに誕生日を知ってもらうことに成功、しかも白石さんから祝の言葉を貰うことが出来た!上出来すぎる。今日の俺ってどうしてこんなに冴えているんだ。17歳になったら皆こうなのか?
しかし気を抜くのは早い。白石さんはまだまだ俺を疑っているようだ。


「川西くんさー、ちょくちょく覗きに来てるよねえ」
「覗きじゃないって」
「隠れてるつもりだろうけどバレバレだよ。そんなおっきい身体してさ」
「は、はい」
「目当ての子が居るなら直接会いに行きなよ、みんな気が散っちゃうじゃん」


この会話の中に、俺にとってまたもや堪らない要素があったことにお気づきだろうか。
白石さん、俺のこと「おっきい身体」だってさ。俺はそれだけが取り柄ってなもんだ。それに、「目当ての子が居るなら直接行け」ってさ。


「…直接会いに行ってもいいの?」
「いいけど練習の邪魔は絶対やめてよね」
「休憩中ならいい?」
「まあ…でも他の子にばれないようにね」


あくまでも関係ない部員には迷惑をかけず、気になる子だけにアプローチしろと。練習している他のメンバーを巻き込むなと。
そういうところ本当に好きだ。だから俺はこの場から動くことが出来ない。立ち止まったままの俺を見て、白石さんはとても怪しんでいるけど。


「…何してるの、早く行きなよ」
「なんで?」
「なんでって、今ちょうど休憩中なんだから会いに行けば…」
「来てますけど」


俺の目当ての女の子に。
白石さんは俺の言葉を理解できなかったらしく首をひねったが、やがて頭を真っ直ぐに戻した。
その度に「ポニーさん」の由来であるポニーテールが揺れている。ああ可愛い、そんなに俺を翻弄しやがって。ただじゃおかないぞ。

と、俺はかなりニヤけてしまったのだろう。白石さんが物凄く眉間にしわを寄せた。


「からかってる?」
「失礼な、違うよ」
「じゃあ落としたティッシュを探しに来ただけなの?」
「違うってば」
「…ティッシュは嘘なんだ」
「あ。」


なんという巧妙な手口だ。白石さんの誘導により俺の嘘が簡単に暴かれてしまった。それからの俺の慌てっぷりは以下のとおり。


「いや、俺…あのほら誕生日なもんで」
「誕生日とノゾキと何の関係があるの」
「覗きじゃないって、誓うから」
「じゃあ何」
「ポニーさんに会いたくて…」


その途端にハッとした。賢二郎と話すときの癖で勝手につけた名前のほうを口にしてしまったのだ。


「ポニー?」
「やべ」
「はあ?」
「いや、違う違う」
「何よ」
「違う、白石さんに会いたくて」
「馬と私とを間違えたの?」
「違…わないけど、いやいや違う」


白石さんの事をポニー、つまり「馬」の意味で呼んでいるのは本当なのだが決して馬鹿にしているわけじゃない。


「えーと、白石さんのポニーテールがいつも綺麗だから…」


褒め言葉なのだ。信じられないだろうけど。白石さんも俺の顔をすごい眼力で見つめて…いや睨みつけて、大きな溜息を吐いた。


「……あっそう。」
「…ごめんなさい。」
「謝るってことは悪気があるんだね」
「な…ないけど。俺は気に入ってるんだけど、ポニーさん…」
「くっだらない!もう行く」
「あ、」


下らないって罵り文句めちゃくちゃ興奮する、じゃなくてじゃなくて。貴重な休憩時間をただ罵られて終わりでは困る。せめて俺がからかっているのではなく、本気で白石さんだけを覗きに来た事を伝えなくては。


「ちょ、白石さんってば」
「えいっ」
「イテッ」


脛のところにわずかな衝撃。俺に背を向けて走り去ろうとした白石さんが、追いかけようと一歩踏み出した俺の脚を軽く蹴ったのである。
そんなに痛くはないし平気だけどビックリして、振り返った白石さんを見下ろした。


「な、なにすんの…」
「ごめんごめん。強すぎた?」


白石さんはけらけらと笑って、ゴメンネと片手を挙げた。


「それ以上近づいたらまた後ろ足で蹴るからねっ」


それから悪戯っぽく笑いながら右脚を挙げ、短いスカートがひらりと揺れる。その時またポニーテールがぴょんと跳ねたのも全部計算なのか?俺がポニーと呼んだのを怒ったふりして「後ろ足」だなんて、そんなお茶目な冗談を使うのか?また俺を蹴ってくれるのか?


「…ご褒美だよ、それじゃ…」


後ろ足で蹴られるのも睨まれるのも、俺にとってはご褒美でしかない。やっぱり今日が誕生日だから神様が味方しているんだ。

練習に戻る白石さんの背中と、ひらひら揺れるスカートとそこから伸びる綺麗な脚、左右に跳ねるポニーテールを見送りながら俺は神に感謝した。もしも神様が、俺自身の休憩時間が既に終了間近だというのを教えてくれればもっと感謝したのだが。

Happy Birthday 0415