04


腕まくりされたシャツから生えている俺の手を両手でぎゅっと握る仕草、初めてキスをした時もこんなふうにされたっけ。白石は恥を捨てて言ったのだろう「もっと恋人らしいことしたい」と。

でも俺の思う「恋人らしい事」と白石の思う内容とでは認識相違があるかも知れず、もしも違った場合に今度はどう謝罪すればいいのか分からない。


「…それって、どんな」


ごくりと息を呑んだのは俺のほうで、自分でも喉仏が上下したのが分かるほどだ。白石は視線を泳がせながら、しかし俺の腕は握ったままで言った。


「この前、途中でやめちゃった事とか…」


この前途中でやめちゃった事?勉強か?いやいや違う。やめたのは、俺が白石を触る事。キスをして彼女の服を脱がそうとした事。あの時白石が止めなければ実行していたであろう事。つまりセックスだ。


「…本気っすか」
「本気じゃないのに言えないよ」
「でも…」


でもテスト勉強をしていたあの日、俺が襲いかけた時の白石の目は忘れられない。俺の事を怖がって敵視していた目。
何より怯えたような悲しそうな目、もう二度と見るのは嫌だ。今はいいよと言われたって、その時になればどうなるか分からないじゃん。


「それに…また俺、舞い上がって独りよがりな感じになるかもよ。冷静にやれる自信ねえわ」
「大丈夫」
「いや大丈夫じゃねえだろ」
「二口、ぜったい優しいから。分かるもん」


分かるもんって、嘘をつけ。俺は全然優しくないぞ。そのへんの男と同じように女子に欲情するし、前を歩く女のスカートが風に揺れたらラッキーだと思う。彼女の裸を目の当たりにしたら、考える前に身体が動くに決まってるのに。
それでもいいのかと念を押したかったが、白石は俺の腕を掴んで離そうとしない。まさか本当に俺に体を許す気なのか。


「…したいの?」


白石もそういう欲、持ってるの?というこの質問は野暮だったかも知れない。俺に気を遣うためでもなく見栄でもなく、純粋に白石も俺の事を欲しているのだ。白石の顔が真っ赤に染まって「女の子にそこまで言わせないで」と肘で突かれた。





「りんご?みかん?」
「みかん」


例の日にもこうしてどちらのジュースを飲むか聞いて、白石は蜜柑と答えた。デジャヴ。
缶を開ける姿も同じで着ている制服も同じだから、このまま俺が行為に及ぼうとしても前みたいに叩かれたらどうしよう。「恋人らしいことしたい」が夢だったとしたら。

いや、そんな事あるはずがない。現実主義の俺は夢だの神だの信じない。
今この部屋にいる白石は、俺とのセックスを許している白石だ。しかし問題は、俺が突然の誘いにまだ対応しきれていないという事。


「…なんか、いざドウゾって言われると緊張する」
「ふ…二口のしたいようにして良いから」
「なんじゃそりゃ」
「私はアレだし…」


アレってどれだよ。と、一瞬だけ疑問に思ったがすぐに理解した。
今日はベッドに腰掛けて膝元で缶ジュースを触っている白石の、どうすればいいか分からないといった顔。貰ったジュースを飲み干していいのか、それとも持ったままが良いのか、でも持ったままでは何も出来ない、という迷いを見れば、白石が生きた17年の身体の神秘がすぐに分かった。


「初めて?」


極めて失礼のないように努力しながら尋ねると、白石はゆっくりと頷いた。
そうか、初めてか。俺だって経験豊富なわけじゃないけど、白石は完全に初めて。という事は絶対に乱暴できないな。というのを一瞬のうちに考えたが、白石は無言の俺を見て心配そうに言った。


「ごめん」
「何で」
「やりにくいよね?」
「んな事ねえわ」


むしろテクニシャンを相手にするより余程いい。男側の上手い下手を評価されずに済むからだ。それに今までほかの誰も触った事が無く見た事も無い場所を、俺に許してくれると言うんだから名誉な事である。


「…下の階。親いるから」
「わかってる…」


本当に分かっているんだろうな、これから一切の音を立てずに行為を負えなければならない事を。
しかし分かっていてもきっと無理だろう。だからせめて白石が怖いとか痛いとか感じるのを最小限に抑えるために、ベッドに上がり白石の隣へ腰を下ろした。

まだ持ったままの缶を彼女の手から取り机に置いて、空いた手に俺の手を絡めていく。手、ちっちゃ。
こっち向け、という意味で鼻先で額をつつくと、白石は素直に俺のほうを向いた。意図をすぐに理解した彼女は目を閉じて、俺は顔を近付けていく。本当にいいんだよな、このまま進めても。俺が初めてを奪っても。

触れた唇は緊張のせいか少し乾いていたが、何度か甘噛みしていくと潤いを取り戻したようだ。しかし白石はキスのとき息継ぎをするタイミングを探すのが下手くそで、決まって途中で息苦しそうにするのである。


「…息しろ。」
「ぷはっ、ごめん」
「身体ガッチガチじゃん」


動きの硬さが先日学校で見かけたロボットを思い出させた、ってのは内緒にしとくか。これからもっと苦しい事をするんだから、少しでも力を抜いておかないと。


「口あけて」
「ん、」


うすく開いた唇へなるべく優しくかぶりつき、下唇を吸い上げる。緊張が和らいだかなと感じて舌を入れてみると、白石も必死に俺に応えようとして短い舌を動かした。


「…っ、ん、ッ」


やはり苦しそうではあるけれど、息遣いが激しい。きちんと呼吸はしているようだ。

こっそり目を開けてみると、近すぎてよく見えないけど白石の頑張ってる顔が見えるような気がする。やべ、下半身が元気になってきた。まだ早いっつうの落ち着け。
意識を唇に戻すため再び目を閉じて白石の唇を貪っていくと、制服を強く掴まれるのを感じた。せっかく冷静になろうとしてるのに、そういう事されると興奮するんですが。


「…触ってくぞ」
「いちいち口に出さないで…」
「予告したほうがいいかと思って言ってるんですけど?」
「し、しなくていいっ」


こんなに白石が赤いのは、初めてのキスをした時以来だろうか。それなら何も言わずにするけど、やっぱり先日思い切り拒否されたのはトラウマになってるわけで。


「文句言うなよ」
「わかってるってば…」


それならばと白石の制服に手をかけて、ブラウスのボタンを外していく。この前はボタンを外そうとして叩かれたんだっけか。
今は抵抗する様子なく、白石はただただ俺がボタンを外す様子を見下ろしている。自分が脱がされるのをじっと見て恥ずかしくないのか、こいつ。

それでもさすがに全部を外し終え、下着が現れると顔を逸らした。
下着のデザインは正直言って可もなく不可もなく、しかし「白石が着ている」というだけでそれは「可」に変わる。小ぶりのレースが付いたその下着ごと胸を手で覆ってみると、あら不思議、片手ですっぽりおさまった。俺の手にフィットしてる感じが何とも言えない。
これってもしかして、俺に揉まれるための胸なんじゃね?言い過ぎか。少しずつ力を入れて揉んでいくと、白石は身をよじった。


「あ、だ…っめ、や、待っ」
「やめとく?」
「やだ、」
「どっちだ」


今日の俺ならやめろと言われれば止めてやる。一旦手を引っ込めて確認しようとすると、白石が俺の腕を掴んだ。


「して、最後まで」


そんな事言いながら俺の手ぇ掴んで、俺の顔見上げて、瞳とかちょっと潤ませて、それって狙ってやってんの?そうじゃないなら俺は言いたい。お前、最高。


「白石さあ…今朝からそのつもりだった?」
「え…違う、なんで」
「いや…」


だって、素でこんな事が出来る女だとは思わなかったし。これじゃあ俺がねだられているみたいだ。

白石が手を離したので、俺はもう一度彼女の胸へと手を伸ばした。何度か下着の上から揉んでやると声を我慢している様子が見て取れて、もっと触りたいと思えてくる。落ち着け俺、今から触るじゃん。

ブラウスから腕を抜いてもらい、背中に手を回しみれば典型的な下着の留め具が付いていた。俺は恥ずかしながら片手で外せる技量は無いので、「外すから」と一声かけて両手でそれを外した。その途端に、寄せて上げて固定されていた胸がぷるんと動く。うわあ。視覚への刺激。

制服の上からしか見た事が無かったけれど、薄々感じていた俺の予想は当たっていたらしい。こいつ、胸でけえ。


「マシュマロおっぱい…」
「え!?」
「あ、ごめん思わず口に出たわ」
「変な事言わないでよ!」
「仕方ねえだろマシュマロおっぱいだと思ったんだからよ」
「なんかやだ、安っぽい!」
「安っぽいなんて思ってませんー」


安っぽいどころかこの胸が俺の彼女の所有物だなんて贅沢過ぎる。恐る恐る直に触ってみると予想どおり、めちゃくちゃ柔らかい。
そして俺はただ柔らかさを確認するように触っているだけなのに、白石は既に反応を始めていた。


「う、っあ、ぁ」
「…どう?」
「や…っ、しびれるかんじ」
「しびれるか…」


思い出せ俺、あの雑誌に書かれていた事を。女性向けのセックスの特集記事を。付き合ってからどのくらいでセックスしたいか、という部分は読めなかったけれど、触られて気持ちいい場所が書かれていたはずだ。
…まあ書かれていたのは当然「乳首」とか「クリトリス」で、女もそういう直接的な単語使っちゃうんだなあと思ったもんだ。白石も普通の女ならば例外なく気持ちいいと感じてくれるだろうか、乳首を触ってみたら。


「んんっ、ふぁ、っあ」
「これは?」
「へん、な、かんじ…する、っ」


変な感じ、けれど声が抑えられなくて思わず腰をくねらせてしまうような感じ?ドンピシャっすか。ぷるぷると揺れる胸を揉みながら、反対側の突起を舌で転がしてみると白石はびくりと腰が浮いた。


「あっん、ッ」
「…これ気持ちいい?」
「やぁ、や…」


違う違うと首を振っているけど、この時だけは否定の動きが肯定を意味すると思っていいだろう。
俺は胸ばかりを触ったり舐めたりしていたが、意識はどんどん下半身へ向けられた。スカートから覗く白石の脚が震えはじめて、座るのも辛そうだったのでベッドへ横にさせる。


「止めなくていいよ」


この脚、そしてスカートの中を触ってもいいものかと考える俺の視線に気づいた白石が言った。あんなに顔を赤くして喘いでおいて、しっかり俺の事も見ていたのか。


「無茶言うな」
「続けていいから」
「無理してない?」
「してない」


何故またあの日のように強い目で俺を見るのか。でも違うのは恐怖ではなく、今日は俺を求める気持ちの強さが宿っているということ。

それでもいきなり下半身を見られるのは恥ずかしかったようで、スカートは脱がさないで欲しいと告げられた。そのくらいの事、断る理由がない。
するすると下着を脚から抜いて、初めてそこに手を忍ばせてみると、上手く比喩できない柔らかくて湿った場所に触れた。


「…っ!」


白石が俺の服を掴む。俺は白石の表情を伺いながら手を進めた。
湿ったあたりを触ると、恐らくここが入口かなという場所にたどり着く。そこから少し身体の中心側へずらしていくと、堅くなった小さなものが。濡れた指でにゅるりと擦ってみたら、服を引っ張られる力が強くなった。


「ふぁ、や…あっ」
「痛い?」
「…ったく、な、ぁ、っひ、ん」


痛くはないだろう、ここは雑誌の中の気持ちいい場所アンケートで堂々一位だったんだから。
暫くは白石の入口を湿らせるためにそれを触り、だんだん大きくなり始めた声はキスをして吸収していく。やべえ。俺の右手は白石の下半身を触ってて、俺の口は白石とキスしてる。これはやばい。


「あっ、あ、ん…っはぁ、」


かなりほぐれてきた様子だが、まだ中に俺自身を突っ込むには早い。白石が自慰行為をした事があるのか知らないが、まずは中を広げてみなければ。


「…ちょっと苦しいかもよ」
「だいじょぶ…」
「しんどくなったら言って」
「うん、」


先ほど探し当てた入口へ中指を当てて、ゆっくりと沈めていく。狭い。途中で詰まってしまったので一度入口まで戻し、浅いところで何度か出し入れを繰り返す。そして緩んだかなという時に、指を奥まで差し込んだ。


「…っぁあ、!」
「ちょっとずつ動かしてく」
「わか、った」


俺の指は白石にとっては長いのだろうか。ゆっくりと、たった一本の中指を出したり入れたり、それだけを暫く繰り返した。

途中で薬指を一緒に入れてみるとやっぱり苦しそうな声を出したが、これも出し入れするとだんだん甘い声に変わっていく。奥のほうで指を少しだけ曲げてみると、びっくりしたのか気持ち良かったのか、白石が大きめの声を上げた。


「っふぁ、!?や、あ、っ」
「これはどう?」
「や、へん、あぁ…っ」


俺の服を掴んだり離したり、自分の口を抑えたりと気持ちいい様子。先程まで閉じようと力の入っていた股関節はすっかり開いている。そろそろ良さそうだ。


「ふー…」


白石の身体の準備が整っていても、よく考えたら俺の心の準備が必要である。
深呼吸をして、こっそり用意しておいた避妊具を取り出す俺を白石は不思議そうに眺めている。コンドームを見るのが初めてってわけじゃないよな?存在は知ってるよな?


「あんま見るなよ」
「あ…うん」


俺が自分で包装を破り、裏表を確認し、自分の股間にはめていく姿はあまり見られたくないが。見るなと言っても珍しいからついつい見てしまうらしかった。
根元までしっかり装着し、いよいよ白石のスカートをほんの少しだけ捲り上げた。白石がぶるっと震えたのは下半身が涼しくなったからか、それとも。


「痛いかもだけど」
「知ってる…」
「嫌になったら言えよ」
「ならないよ」
「絶対?」


また突然ビンタを喰らうのは勘弁だぞ、今回はちゃんと確認をとってるんだから。


「大丈夫、二口とならしたいって思ってるもん」


ああ、俺の心配はどうやら不要だった。白石は緊張で声を震わせながらもはっきりと、俺とならしたい、と言ってくれた。
ごめん、きっと痛いだろうけど大事にすると念じながら、狭い入口を押し広げるように自身を埋めていく。


「…い、っう」
「いける?」
「ん、…っいだ、!うう…」
「ここ掴んでていいから」


白石に俺のシャツを掴ませて、力みの逃げ場を作ってやってからもう一度体重をかける。入らない。もう一度、少しだけ腰を引いて、埋める。
さっき指を出し入れした時のように同じ事を繰り返しながら、なんとかかんとか根っこまで入れることが出来た。


「入った」
「ほんとに…?」
「まあコレはまだ、スタート地点なわけですけど…」


入って終わりではない。これから俺は動かなければならない。
狭くてちょっと痛いけど、でも熱くてすっげえ気持ちいい。気を抜いたらすぐイッちゃいそうだ。俺が三擦り半で達したからって白石は何も思わないだろうけど。でもまずは白石の中を、もっともっと馴らさなくては。


「っん、うっ」
「…しんどくね?」
「だいじょ、ぶ…二口は…?」
「へ?」
「二口、ちゃんと気持ちいいの…?」


白石は、痛みや恥ずかしさに耐える涙混じりの瞳で言った。
俺がちゃんと気持ちいいかって?今、それってどうでも良くね?


「…おまえ俺の事なんか気にしてんの?」
「だって…」


だって、何だよ。いややっぱりいい、それ以上言うな。聞いたらもっと好きになるに決まってる。


「俺はいんだよ。白石が苦しくないなら」
「よくないよ!一緒に気持ちよくならなきゃ意味ないじゃん」
「そりゃそれが理想だけど…」


白石もやっぱりどこかでセックスの知識は得ているようだ。俺だって出来ることならお互いが気持ちよくなれるような事をしたい。でも残念ながら、どう頑張っても今日は無理。


「何回かやったら慣れるし、今日は俺の事無視しとけよ。白石がシンドくないならいい」


つっても少なからず痛いだろうけど。だからゆっくり動かなきゃな、と体勢を整えていると、白石が小さな声で何かを言った。


「…名前。」
「ん?」
「名前のほうで呼んで…」


下の名前を呼べ、と。そう言えばもう癖みたいに「白石」「二口」と呼びあっていたのだが、これは苗字のほうだった。


「…すみれ?」
「そう、そっち」


俺が名前を呼んだ瞬間に、嬉しさが我慢出来なくなったように口元を緩ませる。何だこの野郎。これがそんなに幸せか?この前無理やりセックスしようとしたのに?そんなクソみたいなやつに名前を呼ばれて、嬉しい気持ちになってくれるのか?


「…わかった。すみれな」
「うん…っ」
「すみれ。動いていい?」
「ん、うん、いいよ…っ」


いいよって言いながら白石が、すみれが俺の首元に手を回してきた。もっと密着したいとでも言うように。
それがきっかけで俺は耳が遠くなって、苦しそうながらも幸せそうなすみれの顔は見えたけど、何を言っているのかまでは分からなくなった。俺、まだまだ授業が足りねえな。

物凄く長い時間に感じたけれどきっと一瞬の出来事だった。ぜえぜえ言いながら仰向けになるすみれ、すっかりぺろんとめくれ上がったスカート。そこから小さくなった俺自身を抜くと、ああ、やっぱり出てる。いや出てるって言うのは精子じゃなくて。そりゃ精子も出てるけど。


「…血。」
「うわぁ」


すみれは起き上がって自分の股間を見ると、慌てて枕元のティッシュを何枚も引き抜いた。
念のため仰向けにさせたとき、スカートが汚れないように尻の下にタオルを敷いていたけれど。タオルが白いので余計に血の色が鮮明だ。


「出るとは聞いてたけどここまでとは…」
「まあ大丈夫だろ、スカートは大丈夫っぽいし。タオルだけで済んだ」
「平気なの?」
「こっそり洗う」


どうせ俺は何枚もタオルを持ってるし、洗わずに黙って捨ててもバレないだろう。ものを粗末にして御免なさいとは思うけど、息子の彼女への気遣いと引き換えなんだから。下の階に要らないビニール袋あったっけな、あとで取りに行こう。


「……堅治。」
「え」


タオルをこっそり破棄する方法を考えていたら、突然呼ばれた。下の名前を。初めて彼女の声で「堅治」と。


「え、何。堅治?って俺?」
「っさい!他に居ないじゃんか!」
「いやだって急に言うから」
「そっちだけ私のこと名前で呼ぶの不公平じゃん!」
「公平性の問題?」


まだノーブラでノーパンのくせに布団を被って、言葉だけは強気なすみれさん。俺がすみれと呼ぶなら自分も堅治と呼びたいらしい。嬉しいじゃありませんか。


「…だから!次から堅治って呼ぶから」
「おう…」
「あんたも私のことすみれって呼んで」
「いきなりアンタ呼ばわりになってんじゃねーか」
「堅治も!私のことすみれって呼んで」


まだ俺を名前で呼ぶのは気恥しいようだ。すみれは布団を被った状態で下着を付けて、ブラウスを羽織りボタンを留め始めた。
あーあ、マシュマロおっぱいが見えなくなっていく。もう少しだけ見ていたいなぁ、どうしたら動きを止めてくれるかな。


「すみれ」
「うっ…」
「あれ、すみれチャンまさか?ときめいてます?」
「言わなくていい」
「すみれー」
「っるさい!」
「いでっ」


せっかく呼んでやってんのに、枕(しかも俺の!)で顔面を思い切り殴られた。これこの前のビンタより痛いぞ。あ、ビンタのほうが痛かったかな、心が。

すみれはさっさとボタンを留めてしまったけど、ひりひり痛む鼻を抑える俺を見て、ちょっとだけあの日を思い出したらしい。「このあいだごめんね」とぽつりと言ったが、俺は何も言わずに頭を撫でた。

下の階からは母親が作る夕食のにおいがしてきた。どうやら今日はひとりでふたつのハンバーグを食べなくて済みそうだ。