付き合って最初の数か月といえば、どこへ行くのも楽しくて新鮮な気分だと思う。
ちょっと手を繋いで歩くだけでも楽しいし、買い物へ行って「おそろいだね」なんてスマートフォンのケースを選んでみたりとか、ファストフードへご飯を食べに行く事すらも。例えばゲームセンターに行けば一緒にクレーンゲームで遊んだりプリクラを撮ったりとか。

しかし現在、私とのデートで花巻貴大が満足しているかどうかは分からなかった。私はゲームセンターが大好きで、しかも何が好きってメダルゲームにハマっているのだ。


「あーっ」


賑やかな店内ではメダルの音や独特のBGMが流れている。それに加えて私の声も響いたので、隣に座る貴大は何があったかとゲームの機械を覗きこんだ。


「どしたの」
「メダル無くなっちゃった…」
「ありゃ」
「…もう1回やっていい?」
「いいよー俺こっちで遊んでるから」


こっち、と言いながら貴大は彼自身の携帯電話を振ってみせた。貴大も今は野球ゲームのアプリを開いているらしい。

それならばと遠慮なくメダルを交換に向かい、今日はこれで最後にしようと1,000円札を入れた。アルバイト代のほとんどを貴大とのデート、あるいはゲームセンターに使っている私は女子力が高いのか低いのか分からない。僅差で低そうだ。

こんな事をするよりもふたりでお洒落なカフェを開拓したり、テーマパークにでも行くほうがよっぽど恋人らしいと分かっては居るんだけど。楽しいもんは楽しいから仕方ないのである。


「よし」


ちゃりんとメダルを投入して再びゲームをスタート。貴大を横目で見ると、野球に熱中している様子。安心した私はそのままメダルゲームのほうへ集中させてもらう事にした。

すると驚いた事に、さっきまで全く上手くいかなかったのにどんどんメダルが溢れてくるではないか?めちゃくちゃ運が回って来た。


「わあぁ」
「んー?」
「やばいやばい、すっごい出てくる」
「お、やったじゃん」


貴大の目は携帯電話に落とされたままだったので興味は無さそうだったけど、まだ彼もゲームをしている。退屈させているわけではないかな?とこの時は考える事が出来た。
でも私は自分のほうが上手くいくにつれて、貴大のことを気にする余裕が無くなっていったのである。


「なあなあ」
「ん」
「腹減ってきた」
「んー…」


お腹が空いていないのかと聞かれれば、まあ空いている。適度にお腹は減っている。なぜならこのゲームセンターで遊んだ後はご飯を食べよう、と元々話していたからだ。
でも今はメダルを買い足したばかりなのと、そのメダルがどんどん増え始めたところなので、辞めるにはタイミングが悪い。


「すみれ〜」
「ちょっと待って」


だから、呼ばれてもあまりまともな返事は出来なかった。貴大の声はゲームの音に掻き消されてあまり聞こえないし、私も集中していたし。


「すみれ、まだ?」
「待ってってば!今いいとこだから」


本当にイイトコと言うか大当たりになったところだったので、ますます辞めるのが惜しい展開となってしまう。早くゲームセンターを出たそうな貴大だったがちょっと待って、ちょっと待ってを繰り返しながら時間が経過した。

が、どんなに調子が良くても最後は必ずメダルがゼロになるわけで。


「…ふう。」


10分、20分、もっと経過したのだろうか。いい加減に終わりにしないとな、と大きなゲーム機に別れを告げて立ち上がり、貴大に声をかけようと隣を見る。けれどその姿はない。


「あれ」


貴大は身体が大きいし髪色だって珍しいから、人に紛れていてもすぐ見つかるのに。ゲームセンターの中を見渡しても見つけ出せない。
別のゲーム機で遊んでいるのかな?とレーシングゲームや格闘ゲームのコーナーへ行ってみるも、居ないようだ。


「…貴大?おーい」


名前を呼びながらフロアの中を一通り歩き回ってみた。…やっぱり居ない。ひやりと頭が冷えた。


「……帰った?」


まさか貴大に限って一言も挨拶せず勝手に帰るなんて事はない。と、思いたい。
携帯には何の連絡も来ていないので電話をかけてみたけど、呼び出し音が鳴るのみ。


「出ない…」


いよいよやばい。そう言えば貴大が「腹減った」と言ってからどのくらいの時間が流れたんだろう。ずっと貴大の言葉を流して適当な返事ばかりしていたせいで、何が起きたか覚えていない。

居なくなったことに気づかないほど集中していたというのか。それってよくニュースで見る、「スマートフォンに熱中していたら子どもが居なくなった」という事件に似ている。
それを見て「最低、ありえない」と思っていたはずなのに同じ事をしていたなんて。


「…たかひろぉ」


自分への罪悪感と寂しさとで、じわりと涙が浮かんできた。貴大は授業中や電車の中じゃない限り、電話にはすぐに気付いて応答する・または掛け直してくれるのに。きっと怒って帰ってしまったんだ。


「あれ、終わった?」
「!」


そのとき後ろから聞こえてきた声は、幻聴にしては鮮明であった。でも居なくなった恋人の声がするとは思わなかったので、あまりの寂しさで幻聴が聞こえてきたのかと。
けれどもやっぱり振り向くと、花巻貴大が顔色ひとつ変えずに立っていた。


「貴大!?」
「え、どうしたそんなビビッて」
「ど…どこ行ってたの…」
「便所と自販機。はいコレ」


何食わぬ顔で現れたものだから、私は思わず動揺した。貴大はそんな私が不思議でたまらないらしい。それでも両手に持っていた飲み物のうち、片方を私に差し出してきた。


「…え、これ?私の?」
「すみれ、ずーっと集中して何も飲んでなかったろ?喉乾いてるかなって」


自分のぶんのジュースを飲みながら、貴大が言った。
怒ってなかったんだ。帰ったわけじゃなかったんだ。しかも私のために飲み物なんか買ってきてくれたんだ。謝るのか喜ぶのかお礼を言うべきなのか、優先順位が分からない。


「……ありがとう」
「お!?何で?何で泣く!?」
「だって…」


選択肢のうち「お礼を言う」を実行したにも関わらず、安心したせいでさっき出かけていた涙が溢れ始める。貴大はぎょっとしてジュースをこぼしそうになっていた。


「私、ずっと貴大のこと放ってたから…怒って帰っちゃったかと思って、それで」
「ええ?」


とても心外そうな声を出されたが、私にとっては一大事だったのだ。怒らせた上に、最悪の場合嫌われたかと思ったんだもん。せっかく二人で居るのに私がゲームばっかりしてるから。


「何だそりゃ。そんなんで怒らねえよ」
「でも…ちょっとひどかったと思う」
「そりゃあね、ちょっと寂しかったですけどー?」
「…ごめん。」
「いいってば。つーか泣くな」


貴大は怒るどころか、ポケットから取り出したハンカチを私に渡そうとした。
それ、私がこの間、家族旅行のお土産であげたやつだし。なんで今日に限って使ってくれてるの。余計に涙が出ちゃうじゃん、って言ったらまた呆れそうだったので我慢した。


「ゲーム、満足した?」
「…うん。」
「ん、じゃあ行こう」


私の顔から涙が引いたのを確認すると、貴大が私の背中をぽんぽん叩いた。当たり前のように繋がれる手は先程までジュースを持っていたせいか、少し冷たい。でも互いの体温ですぐに温かくなった。…体温のせいじゃなくて、絶対に貴大の心の温かさのせいだと思う。


「…今日は私、ごはん奢る。」
「っしゃ!やったね」
「ごめんね…」
「飯でチャラだろ」


正直言って私は、なかなかゲームセンター好きを辞めることが出来ないと思う。それを付き合う時に話してあったとはいえ、相手が貴大でなければどうなっていたか分からない。
ご飯を奢って、これからも貴大と色んなところにデートに行って、ゲームに注ぎ込む余裕が無いほど充実させないとなあ。

あったかいものは思案の外