その日は雨が降っていた。ロードワークに出る事は出来ず、部員たちは体育館内での筋トレや試合形式の練習に励んでいる。
外を延々と走るよりそっちのほうが好きなのに、今日は練習に参加させてもらえなかった。今朝少しだけ、足首をひねってしまったのだ。


「…けど買い出しには行かされるわけね」


うちの監督は鬼ですか。鬼ですけれども。俺は練習への参加を禁止されたが、代わりに買い出しをしてこいと頼まれた。雨降ってるし面倒くさいなあ、とバレないように溜息をつく。
しかし顧問の先生から部費を受け取り、嫌々出かけようとした時、女神が現れた。マネージャーの白石さんである。


「平気ですか?私ひとりでも大丈夫だったのに」
「いいよ。どうせ残ったってボールに触らせてもらえない」


どうやら買い出しは俺ひとりではなく、白石さんと二人で行ってこいという事らしい。それなら俺は万々歳だ。

白石さんはひとつ年下のマネージャーで、とても良くできた女の子。
バレーボールのルールもちゃんと知ってるし性格もキツくないし、なにより可愛くて優しい。つまり俺は白石さんのことを相当気に入ってるのだ。そんな白石さんと並んで歩けるのはとても幸せなことなんだけど、両手放しで喜べない理由がいくつかある。両手を離すと傘が地面に落ちちゃうってのもあるけど。


「脚、痛みます?」
「んー、あんまり。」
「川西先輩は戦力だから大事にされてるんですよ。もうすぐ試合ですもんね」
「戦力ねえ」


白石さんはこのように俺のことを褒めてくれる。俺だけじゃなくすべての部員に対して、っていうのが辛いところだ。


「白石さんから見て、俺ってそんなに強そうに見える?」
「強そうっていうか。大きいじゃないですか」
「まあねえ」
「それだけで頼りがいありますよ!」


俺を頼ってくれるのはとても嬉しく誇らしい。それでも複雑なのは、白石さんは俺を恋愛対象として「頼れる」と言ってるわけじゃないからだ。彼女の目には別の男が写っている、奇しくもそれは俺の親友であるわけだが。


「…白布は?」
「えっ!?」
「白布はどうよ」


意地悪な質問をしてしまった。白石さんにも、俺自身にとっても。なぜ俺はわざわざ分かりきった質問をしてしまうのだろう、マゾなのかな。
白石さんはまさに恋する女の子って感じのもじもじした仕草で頬を赤らめた。


「しら…え?白布先輩は…そうですね…白布先輩も、頼れると思います」
「はは」
「な、なんですか」
「白布の事になると動揺しちゃって」
「え、いや、」


一生懸命に誤魔化そうとしているけど、白石さんが賢二郎の事をどう思っているのかなんて一目瞭然だ。他の皆が気付いていないかも知れないが、俺にとっては簡単に分かる。
俺は白石さんをいつも見ている。気付かれないように、でもじっくりと。だからこの恋が叶わない事なんてとうの昔に分かってしまったのだ。


「誤魔化さなくていいんじゃない、白布は良いやつだよ」


と、言いながら自分自身にグサリグサリと攻撃する俺。
白石さんは俺の自傷行為には気付かない。もう俺に賢二郎への想いを知られているのを諦めて、はあぁと溜息をついた。


「…絶対内緒ですからね」
「分かってますとも。」


言えるわけがない。言ってやりたい気持ちもあるけれど。それは五分五分で、決してどちらかの比が勝ることは無いだろう。


「ちなみに白石さんは、」
「はい?」
「白布のどんなところが好きなの?」


単刀直入に聞いてみると、白石さんは「えぇ」と顔をひきつらせた。そんな顔も可愛いな、とこの距離で眺められるのは、俺がこの恋を押し殺している代償だ。ハイリスクハイリターンってまさにこの事。
白石さんはごにょごにょと口を動かして、俺にだけ聞こえるくらいの声で言った。


「……や、優しいところです」
「優しいかなアイツ」
「優しいですよ」


俺にとっては全然優しくないぞ。口は悪いし態度も悪いし、良いのはオツムくらいのもので。

でも白石さんに対しての賢二郎は確かに別人のようだ。一番近くで見ている俺には分かる。目付きが鋭くないし、声は少しだけ柔らかい。言葉のチョイスも念入りだ。
そりゃあ相手は女の子なんだから俺と同じような態度で接したら大事件だが、それを差し引いても優しい。


「入ったばかりの時、何をしたらいいか分からなくて手持ち無沙汰になってたんです。今思えば自分から動けば良かったんですけどね。そのとき白布先輩が色々指示出してくれました」
「そう…」
「それまでは私、居ても居なくても良いような状態だったんで辛かったですけど…白布先輩のおかげで仕事が出来たし、覚えられました」


その賢二郎との馴れ初め、聞くのは何回目だろうなあ。白石さんは無意識かもしれないけど、俺と賢二郎の話をする時はいつもこのエピソードを話される。


「で、好きになったの」
「そ…いや、」
「大丈夫、言わないよ白布には」


べつにこの話を聞くのは苦じゃないよ。もう慣れましたとも。心が抉られるのなんて、へっちゃらですけれども。

俺が黙って耐え凌ぐ理由は、白石さんはまだ知らない。白布賢二郎も彼女に密かな想いを抱いているのを、俺しか知らされていないから。

賢二郎は基本的に集中すると他のことは見えなくなるタイプで、それは同級生だけでなく先輩も監督も気付いてる。プレーに支障が無ければいいけれど、日常生活では顕著に表れている。そんな賢二郎が部活の最中、しかも年度が変わったばかりの忙しい時に、新入りマネージャーが困っているのを目に留めるなんて。


「視野が狭いようで広いんだよなあ…」
「え?」
「ううん」


雨のおかげで俺の言葉は聞こえずに済んだかな。
スポーツ用品店まであと数分かという頃、こうして歩くのも限られた時間なのだと思い出す。帰り道はどんな話をしようか。白布の話?ぜんぜん関係ない話?と考えていると、白石さんが悲鳴をあげた。


「わっ!?」


白石さんと一緒に俺も悲鳴をあげそうになった。急に大きな風が吹いて、傘が吹き飛ばされそうになったのだ。
俺は慌てて踏ん張ったんだけど、白石さんの持っていた小さめの傘は強風に煽られて反対方向に折れてしまった。


「うわ、うわわっ風が」
「だいじょぶ?」


続いてすぐに大粒の雨が白石さんに襲いかかる。さっきまで小降りだったのに嘘みたいだ。
無残にも壊れてしまった傘を無理やり閉じて(何度かボキボキと音がした)、白石さんは仕方なく俺と相合傘になる。…仕方なくというのは嘘だ。超ラッキー。


「持ってて」


俺の比較的丈夫な傘を白石さんに預け、壊れた傘を受け取った。近くにゴミ箱を発見したので、傘を捨てても大丈夫かなあと思いつつもそこに突っ込んでおく。道端に放置するわけじゃないから勘弁して欲しい。
そして、俺は着ていた長袖のジャージを脱いで白石さんへ渡した。


「はい」
「え、あ…え」


白石さんは戸惑いながらそれを受け取った。ジャージが彼女の手に渡ったのを確認し、俺はもう一度白石さんの手から傘を受け取りなるべくそっち寄りに傘を寄せる。
白石さんは未だに受け取ったジャージの意味を図りかねていて、ジャージ着ないんですか、と俺に聞いてきた。


「風邪引かせたら俺が怒られるから」
「怒られるって、誰に…」


誰にって、それを俺の口から言わせますか。言いません。


「戻るまで羽織ってな」
「…すみません」
「いいえ」


白石さんはぺこりと頭を下げてジャージを羽織った。
賢二郎には悪いけど、今だけ俺のジャージが白石さんを包み込んでいるのは許してもらう。そして、この買い出しをできるだけ長引かせようとしている事も許して欲しい。今日の雨に感謝していることも、今朝の捻挫にすら礼を言いたいことも。

恋に傷つきたい日もあります
こちらの夢は「1周年&50万打企画」として書かせて頂きました。皆様からのアンケートをもとに上位のキャラクターの夢を書く、という企画です(企画の詳細はコチラ

川西太一くんについて「白布との三角関係」「後輩マネージャーと川西」という内容で書かせていただきました!
他には「ラッキースケベ」「先輩カップルを見て羨ましがる川西」「後ろからハグ」「瀬見さんの妹に片想いしてる川西」などなどでした!ありがとうございました♪