02


珍しい時期に転校生がやって来た。そしてちょうどよく俺の隣が空いていたので担任がそこの席を指定する。

こういう時、名指しはされていないけど隣の席である俺が当面は彼女の面倒を見なれけばいけないのだろうと思った。
逆の立場なら自分からは話しかけにくいし、白石さんは自己主張できそうな人に見えなかったから。


白石すみれと名乗った彼女は人形のようだった。

まず驚いたのは頭の形がすごく綺麗である事と、すらりとした白い手足の動きが非常に上品である事。教科書をめくる指の一本一本まで「いかに美しく見えるか」を意識したかのような動きだった。

それなのに彼女自身にはそのような意図を感じられず、その結果白石さんはとても育ちのいい女の子なのだと悟った。


まさかこんな子もバレーに興味があるとは思っていなかったので、思わずテンションの上がった俺たちは彼女を連れて体育館へと向かった。


「夜久くんは出ないの?」


誘っておいて何故コートの外にいるのかと思ったようで、白石さんが不思議そうに聞いた。


「あ、俺はリベロだから」
「リベロ…だから…出ない…の?」
「……?出るけど…」
「…………」


またも不思議そうにする彼女。

背の高くない俺がリベロである事は、驚くような事じゃ無い。もしかしてこの子はバレーボールに詳しく無いのかもしれない。

教室で、俺や黒尾が乱雑に鞄に詰めていたジャージの文字に気づいて気を遣って「バレー」と言ってくれたのかも。


「白石さんはポジションどこだったの?」


試しに聞いてみると、分かりやすく慌てていた。やはりこの子自身にバレーの経験は無いのだろう。

転校初日から強引に連れてきて、要らぬ気を遣わせてしまったなと思った。けれどそこに座っているのなら、この競技の楽しさを少しでも分かってくれればいい。


「白石さん、」
「夜久!」


黒尾からの呼び声だ。いけない、少しコートから目を離していた。

立ち上がってコートへ向かおうとする時、この隙に白石さんがこっそり帰ってしまうのでは無いかと懸念した。

無理やり見ていなくても良いけど、これから隣の席なのだからどうせなら少しでも会話は弾む方が良い。


「見てて」


このバレーボールという競技を。
白石さんは一瞬息が止まったように見えたが、小さく頷いたのを確認してコートへ向かった。


「夜久くんはいつも調子がいいね」


そう言う研磨はいつも低血圧な顔をしているが、研磨だって調子が悪い事は少なくて常に安定している。


「…その子大丈夫?」


研磨が指差す方向には白石さんが座っていて、このままここに居ても良いのかどうか居場所に迷っている様子。

やばい、集中してて存在を忘れていた。
しかし先に黒尾が声をかけに行った。


「どーだった?」
「あ…す、すごかった。うまかった」
「白石サンもやってみる?もしかして超ウマかったりして」
「…いや、私は…」
「白石さん。ちょっと」


みんなの前で話すのはよした方がいいかなと、彼女を体育館外へ連れ出す事にした。

呼びかけるとおずおずと立ち上がり、こちらに向かってくる。

黒尾が珍しい光景を見るような視線を浴びせてくるが、「こっち見んな」と言う念を込めて黒尾を睨むと、観念したように目を閉じた。





「ごめん。バレー知らなかったよな」
「え」


長いまつげをぱちぱちさせて、白石さんが驚いた。が、否定しないという事は、やっぱりそうなんだ。


「…ごめんなさい。私、勘違いしてて」
「勘違い?」
「私がやってたのはバレーボールじゃなくって…あのー…踊るほうの…クラシックバレエ、わかる?」


クラシックバレエ。
なるほどだから彼女の動きにはしなやかさ、気品が感じられたのか。

バレエとバレーの聞き間違いで勘違いするなんて我ながら呆れたもんだ。


「こっちもごめん、てっきり…見てもらった通りうちにはマネージャーが居ないからさ。勝手に盛り上がっちゃって」
「いや私も、体育館に来て初めて気付いたから」


そこで初めての笑顔を見せた。

安心したようなほっとした顔で、漫画みたいに「にこっ」という擬音が聞こえてきそうな顔。
思いのほか照れてしまった俺は、ごほんを喉を鳴らして話を変えた。


「俺も一応スタメンだからな!出ないの?とか言ってたけど」
「うわっ、ごめんなさい」
「うそうそ。どうする?帰ってもいいよ、無理やり連れてきちゃったし」


本当はもう少し帰らずに居て欲しい。

なんて、どうしてこんな風に思っているんだろう。そんなにマネージャーが欲しいのか俺は、それとも女の子に見てもらうのが嬉しいのか。どちらにしても不純な動機だ。

しかし白石さんは、少し考えた後にこう言った。


「もう少し見ようかな…」
「…ルール分かる?つまらなくない?あ、嫌なんじゃなくて…」
「はは、正直あんまりルール知らないけど。でも楽しい。もうちょっと知りたいな」


笑った顔にどきどきするという事は、ただ単にマネージャーが欲しいわけでは無いのかもしれない。





結局白石さんは最後まで練習を見てくれて、部員のみんなに挨拶していた。

黒尾や虎はもう部に迎え入れる気満々で話を進めているようだけど、転校初日にいきなり入部に持ち込むなんて強引すぎると思う。


「白石チャン、家はどっち?」


途中まで送りながら勧誘を進めようとしているらしい黒尾が言った。


「六本木」
「ろッ!?」
「…え、何?」
「何って…ねえ…やっくん、ねえ」
「俺に振るなよ」
「クロはお金持ちの地区には免疫が無いの」
「おい研磨ァ!」
「別に私は普通だよ、親が凄いだけで」


伏し目がちで白石さんが言った。
研磨はそれを気にしないようで、おそらく横目で見ていたのだと思う。なぜなら黒尾に「早く帰ろ」と小声で声をかけていたからだ。


「夜久は同じ方向だろ?送ってけ」
「指図すんな。言われなくても送る」
「いやいやそんな、駅から近いしいいって…」


六本木の駅から近いって事は、やはり彼女は住む世界の違う人なのだろう。
俺は黒尾からの命令が無かったとしても少し気になる事があったので、白石さんを送って行く事にした。





「…夜久くん。ありがとう」
「え?」


歩きながら白石さんが言った。
お礼を言われる事なんかしていないのだが。


「バレー楽しかった」
「…ほんとに?でも最初バレエだと…あの、踊るほうだと思ってたろ?」
「うん…ふふ、笑えるよね。でもバレーボールのほうで良かった」


ゆっくり歩きながらぽつぽつと言う。
もしかして何か吐き出したい事があるんじゃないか。って、今日会ったばかりの俺が何を分かった風な事を考えてるんだろ。


「音駒にきて良かったかも。夜久くんが隣で良かったな」
「………どしたの?」
「…うわ!ごめん私変な事言った」
「何、え?」
「じゃあ家ここだから!また明日からもよろしくお願いします」


明日からも。

そう言って彼女が小走りに進む先にはガラス張りの広いロビーに大量のソファが置かれている、とても大きな高層マンションだった。
伸びてくるアンテナ