とても寒い1月のある日、わたしの心は外の気温とは正反対に燃えていた。何故かと言うと今、一緒に道を歩いているのがわたしの好きな人だから。


「さみーなあちくしょう!」


西谷くんはこのどうにもならない寒さを紛らわすためか、無理やり強い言葉を吐いて誤魔化しているようだった。
さて、どうしてわたしが西谷夕と並んで歩いているのかと聞かれれば、話は1週間前にさかのぼる。


「鈴木センセーの誕生日?」


間もなくわたしたちの担任である鈴木先生の誕生日だそうだ。
クラスの誰かがその情報を仕入れてきて、皆で先生にプレゼントを渡そうという事になった。2年3組はクラスの仲が良く、更に鈴木先生もとてもいい人なので皆が慕っている、理想のクラスであると言える。

その鈴木先生へ渡すプレゼントの買い出しをくじで決めたところ、わたしと西谷くんが選ばれたのだった。
そんなわけで先生の誕生日前日である今日は、そのお遣いに来ている。プレゼントの内容は皆で話し合った結果、最近娘さんが産まれたという鈴木先生に、そのお祝いもかねてベビーグッズを選ぶ事になった。


「で、ベビーグッズって何?オムツとか?」
「お、オムツ…」


西谷くんはそもそも「ベビーグッズ」が何を指すのかよく分かっていないらしい。オムツも正しいと言えば正しいのだが、おそらく皆が考えているのは可愛らしいベビーウェアとか玩具だと思う。

そんな一般的な考えからは少し外れた西谷くんだけど、彼もまたクラスのみんなに愛されている。特にわたしなんてベタ惚れだ。
西谷くんは格好いい。いつも堂々としているし、困っている人が居たら必ず声を掛けている。勉強はちょっと苦手のようだけど授業態度は真面目だ(少し騒がしいけど)。

そんな西谷くんと、赤ちゃん向けの商品を探すなんてなんだか変な気分だ。西谷くんもいつか誰かと結婚して、子どもが出来たらこんな感じで買い物に来るのかな?その相手がわたしだったらいいなぁなんて、


「白石ー」
「わっ!?」


変な妄想をしているときに話しかけられて、思わずびくりと飛び上がる。が、西谷くんはわたしの姿なんて見ちゃいなかったようで、手招きしながら商品棚を見ていた。


「これどうだ?よく分かんねえけど赤ちゃん好きそう!」


彼が眺めていたのは赤ちゃん向けの玩具だった。ぐずった時とか寝かしつける時に使うであろうもので、手に持って振ってみるとカランカランと懐かしい音がした。


「わー…あやす道具だよね」
「カラカラするやつ」
「そうそう!」
「俺もこんなので喜んでたのかなー、全然覚えてねえけど」


玩具をカラカラと鳴らしながら、西谷くんが言った。
昔を懐かしんで無邪気に笑う顔が、何だか本当の赤ちゃんみたいで。ついついその笑顔に見入ってしまった。


「…何?」
「え!?いやごめん…なんか可愛いなって」
「俺が?」
「う…その…微笑ましいなって」
「なんだそれ」


いけないいけない、これではわたしが西谷くんを馬鹿にしているみたい。どうにか誤魔化すために仕方なく先程の妄想を話すことにした。


「西谷くんもいつかお父さんになったら、こんなふうに奥さんと買い物くるのかなあと」


その時の、西谷くんのぽかんとした顔。違う国の言語でも聞いたかのような顔だ。やがて首をかしげたが、すぐに顔の角度を真っ直ぐに戻してぴしゃりと言った。


「何の話してんだお前。」
「うっ、た、確かに」
「そんな未来の事なんか全然想像できねえよなあ、昔の事だって覚えてねえのに」
「…そうだね」


良かった、変な意味では受け取られなかったらしい。
西谷くんは再び赤ちゃん向けの玩具が並ぶ棚を眺めながら、腰に手を当てて吟味していた。でも思うような物が見当たらないのか、きょろきょろと色んな場所を物色している。ついに隣に居るわたしへ意見を求めてきた。


「白石は?」
「え?」
「白石が母親なら、娘に何選ぶ?」


わたしが母親なら。
娘に何を選ぶって。
そんな質問を好きな人からされるなんて思わなかった。相手が西谷くんだったらいいのになって、さっきまで浮かれていたんだから。

わたしがもしも赤ちゃんの母親で、西谷くんとのあいだに産まれた娘に何かを買うとしたら。
女の子だから絶対にお姫様みたいな服を沢山買って、毎日いろんな服を着せてあげたい。たまには手作りもしてみたい。そんな娘の姿を見て「やっぱり俺の子はチョー可愛いな!」なんて笑う西谷くんを見たい、なんつって。


「……あっちの」
「あっちの?」
「かわいい服、着せてあげたい」


玩具のコーナーにくる途中、赤ちゃん向けの洋服コーナーがあるのを見つけていた。そこには可愛らしい服が沢山あって、鈴木先生の奥さんもきっと喜んでくれるはず。
西谷くんも「見に行こう」と言ってくれたので、一緒に沢山並ぶ洋服コーナーを物色する事にした。


「これとか…」
「おおー!いいじゃん」
「そうかな」
「おう。よく分かんねえけど!」
「わ、分かんないんだ」
「オンナノコ向けなんだから女子が選ぶほうが良いだろ?」


西谷くんってあまり男女がどうとか考えない人だと思っていたけど、そういうの気にするんだ。わたしの事もちゃんと「女子」だと思ってくれてるんだな、当たり前だけど。


「…じゃあこれにしよう。」
「おー」


わたしが選んだのは完全に個人的な好みだけど、ペンギンの着ぐるみみたいな服だ。フードの部分がペンギンの顔になっててすごく可愛い。こんな服を着た赤ちゃんがベビーカーに乗っていたらめちゃくちゃ可愛いに違いない。わたしも子どもが出来たらこういうの買おうっと。
…と、ウキウキしながら服を手に取ると。西谷くんはそんなわたしをじいっと見ていた。


「…ど、どうしたの?」
「んー」


西谷くんは腕組みをしてわたしの様子を上から下まで見ていた。な、なんだか品定めされているような感じ。「何?」と声をかけてみると西谷くんは「んーん」と首を振って言った。


「白石もいつか母親になったら、そんな感じで娘に服買ってやんのかな!って」


ぽかん。と口を開けた後、ボッと顔が赤くなるのを感じた。
わたしが母親になったらどんな感じなのか、西谷くんが想像してたって事!?好きな人にそんなの想像されるなんて嬉しいやら恥ずかしいやら止めてほしいやら感情が迷子だ。


「…はは、いつの話だろうね」
「んー、10年後くらいか」
「10年後…うまく結婚できてたらいいけど…」
「それは大丈夫だろ?」
「どうかなあ」


10年後、わたしは26歳だ。確かに結婚していてもおかしくない年齢だけど、晩婚化の進む今、26で結婚している人は決して多くない。それに良い相手に巡り会えるかどうか不明だし、わたしが誰かの「奥さん」として相応しい大人になっているかどうか。
そういう意味で西谷くんに「どうかなあ」と言ったのだが、西谷くんはいつものように胸を張った。


「白石を10年先まで放っとく男なんか居ないと思うぞ」


堂々と言ってのけたその台詞なのに、わたしの耳にはしっかりと届いた声なのに、悲しきかな、言いたいことが分からない。
いや、分かる。とてつもなく照れくさいことを言われたのだというのは分かる。でもその意味を、どのように受け取ればいいのだ。


「……なにそれ」
「何ってそのまんまの意味だけど」
「そのまんまって…」


どのまんまだよ。わたしが西谷夕に惚れていると分かっていての言動なのか。だとしたらこんなの有罪だ。


「今もじゅうぶん良い女だけどな!」


西谷くんの事だから、わたしの気持ちには気付いていないのだろうけど。それでもやっぱり有罪そして重罪だ。


「そ、それって…それって」
「あー!」


それってどういう意味なの、と聞こうとした時。わたしの声は西谷くんの大きな叫びで遮られた。


「白石すげえ!超かわいくね?」


鼓膜が破れそうなほどきんきんする耳をいたわりつつ、目を向けたそこにはとても可愛いベビードレスが飾ってあった。ピンク色のひらひら生地にお花の刺繍が入っていて、乙女チックまっしぐら。
西谷くんもこれを「可愛い」と感じてるということは、わたしたち、美的感覚が合っているんじゃ?…なんてまた都合のいいことを考えるわたし。


「…うん。かわいい」
「俺も娘が出来たらこんな服着せてやろーっと」
「そうだね」
「白石もそれでいいだろ?」


西谷くんがわたしに確認をとった。何故わたしが、未来の西谷ベイビーの着る服について許可を出す必要があるのか。


「……??」
「よし!レジ行こう」


西谷くんは会計のためレジへ向かった。わたしも疑問が晴れないままペンギンの着ぐるみ(みたいな服)を持ってついて行き、レジに並ぶ。

休日の昼間、赤ちゃんグッズのコーナーは混みあっていてなかなか列が進まない。わたしの前に立って鼻歌を歌う西谷くんは何を考えてるんだろ。何も考えてないのかな。「娘が出来たら」って、「白石もそれでいいだろ?」って、どういう意味なんだろう。


「…西谷くん」
「ん?」


気になって気になって、でも期待外れだったら恐ろしくて。声をかけてみたけど、振り向いた西谷くんに質問を続けることは出来なかった。


「…やっぱり何でもない」
「なんだそりゃ」
「あ…明日言うね」
「明日?いいけど」


明日、鈴木先生に誕生日プレゼントを渡してからにしよう。それがいい。それから考えればいい、西谷くんも不思議がりつつも了承してくれたし。
でもレジの列が進み始めた時、西谷くんはわたしのほうをくるりと振り返って言った。


「たぶんそれ、明日言っても今言っても変わんねーぞ!」
「……へっ?」


またまたそれはどういう意味で?聞き返すまもなく西谷くんがわたしの手からペンギンの服を持ち、空いたレジへ進んでしまった。

これは期待してもいいのかどうか。たとえば今わたしが彼に告白しても、明日告白しても、変わらないということか。将来の娘の母親としてわたしを想定していた、ということか。

頭がこんがらがってしまい、支払いはわたしが立て替えておく予定だったのに気付けば西谷くんが領収書を持っていた。
西谷くんって意外としっかりしてる人なのかなあ。…今日はエンドレスで西谷くんが人の親になった姿を想像してしまいそうだ。

スプリング・
コンシェルジュ
いつも仲良くして下さってるあなたへ、お誕生日おめでとうございます!(ペンギンはわたしの趣味です笑)