恋愛ゲームを手に取ったり、ダウンロードした経験は無い。少女漫画だって読まないしドラマも映画も興味が無い。
けれど、これがいわゆる「漫画のようなシーン」である事はピンと来た。好きな女の子が、他の誰かに告白されている場面に出くわすなんてそうそう無いと思う。
「…ええと、ごめんね」
白石すみれは申し訳なさそうに言った。声色のとおり彼女は申し訳ない気持ちでいっぱいに違いない。白石さんは嘘を吐くのが下手くそな人種だから、心の底から謝って、でも自分の意思で男を振ったのだ。
男子生徒の声はあまり聞き取れなかったけど「わかった」といった類の事を言い、去って行く足音が聞こえた。おれが陰で聞いていたなんて事も知らずに。誰にも言いふらしはしないんだけど。
でもここで問題なのは、おれが今から白石さんの目の前を通って行かなければならないという事だ。
在り来たりに体育館の裏で行われていた告白劇。今は昼休みだから、あまり人通りは多くない。
だからこそこの場所を選んだのだろうが、おれは4限目の体育の授業で置き忘れたシューズを取りに来たのだ。ここからだとどうしても白石さんの前を通らなければ体育館内には入れない。
しかし、なかなかその場を離れない白石さん。俺もそろそろ限界だ。早くシューズをピックアップし、教室に戻ってゲームのイベントを進めなければならない。
「あ、孤爪くん」
おれは意を決して彼女の前に出た。丁度いま来た事にすれば、告白現場を盗み聞きしていたとは思われないだろうから。
「何してんの、こんなところで」
これはおれからの質問である。全部聞いていたくせに白々しいけど、こうでもしなきゃたった今男子を振った女の子の前なんて通れやしない。
「なんでもない…」
「ふうん」
そりゃあ「いま告白されて振ったところ」なんて言うはずはないよな、いくら素直でも。
白石さんはそのまま去るタイミングを逃してしまったのか、変な空気を誤魔化したいのか会話を続けた。
「孤爪くんは?」
「忘れもの。シューズ」
「あー」
体育館は夜まで鍵がかからないので、シューズを置いていた近くの入口を開けるとすぐに見つかった。渡り廊下近くに置いていてラッキーだった、なんて思いながら身体を伸ばしてシューズを回収する。その間も気まずそうな白石さんは去ろうとはしなかった。
「ねえ、」
おれが体育館のドアを閉めると同時に、白石さんが言った。
「男の子って、振られたらやっぱりショック受ける…よね」
「…なんでそんなこと聞くの?」
「なっ、なんとなく」
なんとも答えづらい質問だ。普通に考えて、意を決して告白した相手に振られるなんてショックを受けるに決まっている。その覚悟をしていたとしても。
でもおれにどんな答えを求めているのか分からないから、はっきりとは答えられなかった。
「わかんない。おれ、誰かに告白したこととか無いし」
「そっか…」
「白石さんは、もし好きなひとに告白して振られたらどう思うの」
今度はこちらから聞いてみると、白石さんは数度の瞬きをしたのち俯いた。誰かに告白して振られる時のことを想像しているのだろうか。
「…ショックだと思う」
そして、心底悲しそうに言ったのだった。
「みんなそうだと思うよ」
白石さんは小さく頷いた。たった今振ってしまった相手のことを考えているのかも。そんなの放っておけばいいのに。
「孤爪くんは好きな子いる?」
話を切り替えようとしたのか、またまたおれに質問が飛んできた。しかも今回も答えづらい。好きな子は居る、けれどもその相手は白石さんなんだから。
「……おれは…」
普段から俯きがちの顔が、更に下を向いてしまう。白石さんにそんなこと聞かれるなんて思いもしなかった。
「あ、ごめん…言いにくいよねそんなの」
白石さんは、おれが黙り込んでしまったのを見て慌てていた。
昼休み、誰もいない体育館のそばに二人きり。白石さんと何故か恋愛についての話をしている。おれに好きな子がいるかどうかを聞かれている。好きな相手本人から。
この気持ちは誰にも明かさず、白石さんにも明かさないまま卒業して思い出にしようかな、なんて思っていたけど。
「いるよ」
おれの口からはぽろりと、その三文字が発せられていた。自分でもびっくりしたけど、白石さんのほうが驚いている様子だ。
「そ…そうなんだ」
「うん」
そこからはまた、しばらくの無言。
どちらが会話を誘導するのが正解なのかは分からない。白石さんはおれと目を合わそうとしないが、かと言って去ろうともしない。どうせ気まずい空気なら、とことん気まずくしてみせようか。そんな気分になってきた。
「ねえ」
ぴくりと白石さんの肩が揺れる。今からもっと驚かせるようなことを言うわけだけど、いったい何度彼女の肩は驚きで揺れるだろう?
「告白して振られたら、どんな気持ちになるか試してもいい?」
白石さんの目が、ぐりんと開かれておれの顔を捉えた。
おれも白石さんから目を離さないし、離させない。白石さんは視線を動かそうかと揺らいでいるらしいが、それが出来ないらしい。普段自分から誰かと目を合わせたり話しかけたりしないおれが、こんなにも白石さんをじっと見ているのだから当然だと思う。
「試すって…?」
「振られたらショックを受けるかどうか、気になってたよね?」
おれは誰かに好きとか嫌いとか、面と向かって言ったことは無い。女の子相手なんてもってのほかだ。でもいま目の前に好きな女の子がいて、その子が他の誰かに告白されてて、そのうえ「孤爪くんは好きな子いる?」なんて聞かれたら。
「おれは、白石さんが好きだよ」
びく、と再び白石さんの肩が強ばる。視線はもちろん逃がさない。白石さんの瞳からは色々な感情が見て取れた。驚き、困惑、もしかしたら軽蔑、嫌悪?
「……孤爪くん…?」
「なに?」
「なにって」
生まれて初めて女の子に「好き」と伝えたのに、おれはあまりに冷静だった。そんなおれを見て白石さんもさぞ不審に思っているだろう。
「…本気?試すって言ってたけど、」
「好きなのはほんとだよ」
普段から、自分の声にあまり感情が乗っていないことは自覚している。だから目だけは逸らさない。はじめは本気か冗談かの区別がついていなかった白石さんにも、おれの気持ちが嘘でないことは伝わったようだ。
「……ご、ごめん」
でも、気持ちが伝わったからと言って実るとは限らないのだった。
白石さんから返ってきたのは謝罪の言葉で、おれはあっさりと振られた。ほんの一瞬だけ頭が真っ白になる。でもすぐに我に返った。きっと振られるんだろうと予想していたからダメージが少なかった、のかも。
依然として申し訳なさそうに眉を下げる白石さんに、せめて罪悪感を生ませないようにとおれは平然を装った。
「いいよ。振られる側の気持ちはよくわかった」
「違う!そうじゃなくてっ」
目の前でぶんぶんと振られる手。今度はおれがぽかんと口を開ける番だった。何がどう「そうじゃない」のだ、はっきりと「ごめん」と言われたのに。
おれは言葉が出ないまま呆けていたけど、白石さんはそんなおれの間抜けな顔は気にせず続けた。
「その…振られたらどうなるか、どんな気持ちになるか、試せない。ごめん」
「…どういうこと?」
「わたしが孤爪くんを振らないから」
言葉の意味がすぐには分からず、首をかしげる。考え込んでもまだ分からない。自分の頭が追いつかないのは久しぶりだ。
「…振らないの」
「振らない」
「振らないなら、どうするの」
だからもう、本人に聞くしかなかった。
「…す、好き。だもん。わたし」
孤爪くんのこと。と、白石さんがかすれ気味に続けた。
おれは一体どのくらいのあいだ瞬きを忘れていただろう。目が乾きすぎて、反射的に瞬きをしたおかげで意識が戻った。しかし、意識が戻ったところで驚きはおさまらない。
「……予想してなかった」
「わたしもだよ…」
おれが思わず顔を伏せたおかげで、白石さんはやっとおれの視線から解放された。今や両手で顔を覆い、赤くなった頬を隠している・または熱を治めようとしているかに見える。そんな仕草のひとつひとつが、今おれが言った言葉が影響しているのだと思うと胸が熱くなってきた。
「こんな気持ちになるんだね」
恋が実ったら、こんなあったかい気持ちに。白石さんは頬に手をあてたまま、うん、と頷いた。
さっきまで開いていた微妙な距離がどちらからともなく詰められていく。近すぎるとおれは緊張して耐えられないので、一歩、二歩だけ前に進んだ。白石さんもちょっとだけ前に出てきた。
「…さっき振られたやつに申し訳ないかな」
「え、聞いてたの?」
「聞こえてた」
さっきの告白劇をおれが聞いていたと知り、白石さんはもっともっと困っていた。そんな顔を見ておれは今日はじめての笑顔になってしまったかもしれない。
「好きな子に好きって言われるの、思ったよりうれしいね」
体育館のそば、誰もいない場所にふたりきり、おれたちは互いに好き同士であることを知ってしまった。振られた時の気持ちは結局分からずじまいだ。
ただ分かったのは、おれは白石さんを好きで白石さんもおれを好き、その事実だけあればしばらく何も要らないかもなと言うこと。手を繋ぐとか、抱きしめたいとか、「付き合おう」と言葉を交わすとか、そんなのは後回しでも構わないと思えるほどに。ただひとつ申し訳ないけど、ゲームのイベントを進めることだけは別として。
ふってふられてシンプルラインこちらの夢は「1周年&50万打企画」として書かせて頂きました。皆様からのアンケートをもとに上位のキャラクターの夢を書く、という企画です(企画の詳細はコチラ)
孤爪研磨くんについて「研磨からの告白」という内容で書かせていただきました!
他には「同級生マネージャー」「プロポーズ」「研磨と女の子のカップルを音駒メンバーが冷やかす」「研磨に誕生日を祝ってもらう」「赤葦くんに嫉妬する無自覚片思いの研磨」などなどでした!ありがとうございました♪