同じクラスの東峰くんと喋るようになったきっかけは何だったかな、確か私がグルメ雑誌を眺めていた時だと思う。「白石さんてラーメン好きなんだね」って言われたのが最初の会話だ。

高校3年生になってはじめて同じクラスになったばかりだと言うのに、どうして私の名前を知っているんだろうとは思った。でも、私も東峰くんのことは「クラスで一番背が高い人」として名前だけはすぐに覚えていたから、彼の中で私に何かしらの特徴があったのかもしれない。
そんな「ラーメン好きなんだね」というファーストコンタクトがあってから私たちは、なんとなく話をするようになった。


「東峰くん、部活いかないの?」


ある日の放課後、荷物をまとめて帰ろうとする彼に聞いてみた。3年生になってからというもの、帰りのホームルームの後で澤村くんが何度かうちのクラスに訪ねて来たからだ。それはもう恐ろしい形相で。
それを避けるみたいに東峰くんが首を振ったり逃げたりするもんだから、何かあったのかなあとは思ったが。


「うん…まあ…」
「へえ」


私は部活をしていない。中学のころは弱小テニス部だったけど、弱いなりに練習したり、チームメイトと揉めたりもした。うちの男子バレー部は熱心だから東峰くんにも色々あるんだろう。気まずそうに顔を逸らされたので、その話はもうしない事とした。


「じゃあラーメンでも食べに行く?」
「え」
「ほんとは1人で行こうと思ってたんだけど」


私は友達が居ないわけではないが、基本的にひとりで行動するのが好きである。さすがに昼休みは友達と一緒に食べるけど、高校生にして「ひとりでラーメン」の良さを知っているのだ。ふふふ。
東峰くんはひとりでラーメンどころか、あと数時間で夕食時にも関わらず学校帰りにラーメンを食べるのは未経験らしく頬をかきながら悩んでいた。


「ラーメンかあ…どうしよ」
「東峰くんラーメン好き?」
「うん」
「じゃあ一緒にどう?」
「一緒に…ええと…そうだなあ」


煮え切らない返事でぽりぽり頬をかいたり頭をかいたり視線を泳がせる彼は、果たしていつまで悩む気なのだろうか。他人よりも消化の早い私はすでに腹ぺこである。胃がラーメンを欲している。


「…行く?行かない?行きたくない?実はラーメン嫌い?私が嫌い?うざい?どれ」
「ゴメンナサイ行く!行きます」
「うん。じゃあ行こう」


どうやら一緒に行ってくれるらしいので、それならさっさと行こうかと私も鞄を持ちあげた。
少し強引だったかも知れないけど断られなかったし、東峰くんはなんだか元気が無さそうだ。そういう時はお腹いっぱい食べるのが一番いいのである。奢らないけど。

学校から歩いて10分程の場所に、私の好きなラーメン屋がある。もう通い始めて3年以上になるだろうか、中学校のとき親に連れてきてもらったのが最初だ。はじめは家族でよく来ていたけど、高校に上がってアルバイトを始めてからはひとりで来る事が増えたのだ。
味噌ラーメンがおすすめだよ、と東峰くんに伝えると彼は「じゃあそれで」と同じものを注文した。


「麺の堅さは?」


店主が聞くと「え、堅さ?おすすめってあるの?そんなの聞かれるの初めて」と慌てていたので、とりあえず普通の堅さにしておけそして落ち着けと伝えると、東峰くんは深呼吸をしていた。もしかしてこの人とても気が小さいのだろうか。

やっぱり私が無理やり誘い過ぎたかな、と思っていたけど、出されたラーメンをひとくち食べると東峰くんは目を輝かせてくれた。


「…美味しい」
「ねー。ここのラーメン美味しいの。週に1回ご褒美で食べてるんだあ」
「けっこうな頻度だね…」


東峰くんはやや呆れ口調であったものの、ずるずるとラーメンをテンポよくすすって行く。
確かに女子高生が週一でラーメン、しかもひとりで、というのは珍しいよね。周りにはそんな人居ない。でもこの時間が私にとって至福なのだ。


「美味しいもの食べたら元気になんの。それがさあ、私、中学の時テニスやっててさあ」
「そうなんだ」
「同じ部活の友達と大喧嘩しちゃってさ、まあ原因なんて些細な事だったけどね」
「へえ」
「興味ない?」
「いやっ!?あるある、あるよ」


またもや私が脅して無理やり聞かせているような空気だったけど、どうやらちゃんと聞いてくれているらしかった。東峰くんは律儀にも箸を置いて聞き入ろうとしていたので、「麺のびるよ」と指摘して「あ、じゃあ…」と再び食べ始めた。


「…で、もう絶交しちゃうのかなあって思った時にこのラーメンと出会ったわけですよ」


ずずず、と私もラーメンをすする。東峰くんは口いっぱいのラーメンを一生懸命噛んでいるところだったので「フーン」と返事だけしてくれた。


「その時はたまたま家族と来たんだけどさ」
「うん」
「もー美味しくって、とりあえずの悩みは吹っ飛んだよね」
「なるほど」


本当に「なるほど」と思ってくれているかはさておき、東峰くんは大きく頷きながら相槌をうった。
やがて一口が大きい東峰くんは先に食べ終えてしまったらしく、汁まで飲み干し今度こそ箸を置いた。お腹が膨れたおかげでさっきよりも顔が穏やかになっているように見える。


「そんなかんじで、美味しい食べ物には一時的に幸せをもたらしてくれる効果があんのよ」


私も少し遅れて食べ終えて、器をことりと机に置いた。ああ美味しかった、今日もしあわせ。
東峰くんはそんな私の能天気な顔を見て苦笑いを浮かべていたが、またさっきみたいに頬をかき始めた。


「…もしかして俺、すごい負のオーラ放ってたかな」
「そうだねえ」
「そっか…」


まあ東峰くんの落ち込みオーラの原因が何なのかは知らないけど、こんな18年しか生きていない高校生だって生きてりゃ何かしらの悩みはある。立ち直れない事とか。東峰くんはバレー部だし、けっこう真剣にやってるみたいだし。


「元気でたあ?」


器を店主に手渡している東峰くんに聞いてみると、彼はウン、とはにかんだ。乙女ですか。


「ちょっとだけ」
「ちょっとかい」
「ごめん!超出たよ」
「いいよそんなウソつかなくて。たまには誰かと食べるのも良いしねえ」


そもそも私がひとりでラーメンを食べに来ているのは、学校帰りにラーメンを食べたがる友達が居ないからだ。
そのうちひとりで食べるのが心地よくなってきたので、もう誰も誘わなくなっていた(どうせ断られてしまうし)。でも東峰くんが今日ちょっとだけでも元気になってくれたなら、まあいいか。


「また食べにくる?」


何の気なしに聞いてみると東峰くんは少しだけ目を丸くしたけど、こくりと頷いた。


「うん、また誘ってもらえたら是非」
「ほーい」


そして、誘っておいてなんだけど私はしがない女子高生なのでラーメンを奢る事はせず、それぞれに会計をしてお店を後にしたのだった。





「白石さん」


それから1週間後の放課後、東峰くんが私の席へとやってきた。なにやらもじもじしている。告白前の女の子のように。


「なに?あ、ラーメン行く?」
「いや、そうじゃなくて…いやでもラーメン関連なんだけど…」


ラーメン関連だけどそうじゃない、とはいかに。もっと他に美味しいラーメン屋を知らないか?とかそういう用事だろうか。ラーメン関連で私に話しかけるって一対なんだろう。ラーメン屋になりたいのか。

未だもじもじする東峰くんに「早く言え」と急かそうとした時、私はある物が目に入った。彼の手には大きなスポーツバッグが抱えられている。このあいだラーメンを食べに行った時は持っていなかったものだ。


「…部活でるんだ?今日」
「うん」


先日とは違い力強く頷いた彼の向こう側には、菅原くんと澤村くんが教室の入り口で待っているのが見える。なるほどなるほど。そういう事か。
なんとなく察した私には気付かず、東峰くんは心底詫びるかのように言葉を続けた。


「また食べに行こうって誘ってくれたのに申し訳ないんだけど」
「うん?」
「しばらく行けないと思う」


ごめんね、と東峰くんはぺこりと頭を下げた。
私は東峰くんとラーメンを食べに行くのを楽しみにしていたわけじゃない。「絶対また行こうね!」と約束していたわけでもないのに。なんて律儀な人なんだ。
でもたとえ私が「何が何でも食べに行こう!」と彼の予定を抑えていたとしても、今の東峰くんを無理やり連れて行く事は出来ないと思う。


「よかったね」
「えっ?」
「ラーメン様様だねえ」
「さまさま…」
「こっちの話です」


東峰くんは首を傾げていたけど、「ありがとう」と言って教室を出て行った。そしてバレー部男子ふたりと一緒に、おそらく部室へ向かったのだと思う。いいことだ、いいことだ。

美味しいものを食べると人は幸せになる。その素晴らしい事実をまた私は知ってしまったので、今日もひとりでラーメンをすすりに行こうと思う。煮卵トッピングしちゃお。

フォア・ミルクトースト
こちらの夢は「1周年&50万打企画」として書かせて頂きました。皆様からのアンケートをもとに上位のキャラクターの夢を書く、という企画です(企画の詳細はコチラ

東峰旭さんについては、いくつか頂戴したご意見を組み合わせて書かせて頂きました。
「旭さんとラーメンを食べに行く」「放課後デート」「仕事終わりに頭を撫でてくれる」「両片想い」「キスマークをつけられる」などなどでした!ありがとうございました♪