20171222


高校生になって、ファッション雑誌を読むようになった。お小遣いが少しだけ増えた。ちょっと見栄張って「バイトするからもうお小遣い要らない」と親に伝えたのが7月のこと。
バイト代で雑誌に載っていた服を買って、家でファッションショーをしたのが8月。すぐに「買い過ぎない方がいいな」と我慢をおぼえた、それが9月。何故ならその時期に彼氏ができたからだ。


「クリスマス?」
「うん。クリスマス!」


12月25日までまだ2カ月以上もあるというのに何故クリスマスの予定を聞かれたのか、影山くんは不思議そうにしていた。

だってクリスマスと言えば恋人たちのイベントだ。小学校、中学校のころから「恋人と過ごすクリスマス」に憧れていた私はついにそれを叶えることが出来るのだと浮かれていた。けど、すぐに浮足立つのは禁物だと思い知らされることになる。


「その時にならないと分かんねえ、と思う」
「そっか、だよね…」
「勝ち進んだら年明けには全国だから」


影山くんの考えている事、見ている場所はいつだって私よりも先なのだった。目先の楽しい事を優先しがちな私に喝を入れる一言、「年明けには全国」。
勝ち進んだら、なんて言っているけど勝ち進むことを前提に練習している。私ももちろん応援している。意識が足りなかっただけで。


「…クリスマスはもう冬休みだから、一日じゅう練習すると思うけど」
「うん?」
「22日なら大丈夫」


このとき、何故クリスマスの練習予定が決まっていないのに22日は大丈夫だと言いきれたのか私には分からなかった。きっと22日の金曜日が終業式だから、諸々の関係で練習時間が少ないのかな?程度しか。





それから私は来たるクリスマスに向けて、少し早い用意を始めた。まずは先述の通りお金の節約、影山くんにプレゼントを用意するためだ。着ていく服も買わなきゃなと思っていたけど終業式だから残念ながら制服である。

毎月毎月、いろいろな雑誌を買って、お菓子作りを練習して、男の子の好きな髪型・雰囲気・顔・声・身体、そういうアンケートが載ったページもしっかりと目を通して、影山くんに喜んでもらえたらなあと日々励んでいた。見事に春高全国への切符を手にした彼とは、ユース合宿もありゆっくりと会う事はできなかったけれども。
それでもクリスマス(の、少し前だけど)会える!という事をモチベーションにした。人生で一番頑張った時期かもしれない。

そして終業式、12月22日。幸い校長先生の話は手短に切り上げられて、みんな待ちに待った冬休みのスタートだ。
バレー部は終業式後もさっそく練習があるけど、練習の開始までの昼休憩に会える事になっている。どきどきする、会えるのはたったの1時間弱だけど。


「白石さんおつー!」
「あ、お疲れさま」


影山くんに声を掛けようとしたところ、先に隣に居た日向君が私に気付いて挨拶してくれた。性格が正反対のこのふたりが肩を並べて廊下を歩くなんてちょっと面白い光景だ。


「ご飯食べんの?」
「う、うん…練習までのあいだちょっと、影山くんお借りします」
「いいよいいよ全然持ってって」
「うっせ」
「お誕生日ですもんねえ影山くんは」


ぴた、私の足が止まる。誕生日?誰の?影山くんの?いつ?聞いてない。今日?


「1時からだからな!」
「わかってる」


私の頭が真っ白になっているうちに、日向くんはほかの1年生に合流するため廊下を走って行った。その時「白石さん、またね」と声を掛けられたような気もするが、あまり覚えていない。


「どこ行く?食堂?どっかの空き教室?」


影山くんはいたって普通に、どこで過ごすかを私に提案してきた。


「いや、ちょ…っと、待って」
「ん?」


しかし私は昼ごはんをどこで過ごすか、例え極寒の屋上を提案されたとしても、そんな事は後回しだった。だって今とても大切なことが、日向くんの口から発せられた気がする。


「影山くん、今日…誕生日なの?」


まさかそんな事はないよね、そうだとしたら事前に教えてくれるよね。その期待を込めて聞いてみたところ、影山くんは顔色をまっっったく変えずに言った。


「そうだけど」


残念ながらあっさりと肯定されてしまい、私の頭はパニックになる。恋人の誕生日を知らなかったなんて最悪だ、あんなに雑誌を読み込んでいたのに「誕生日」よりも「クリスマスの過ごし方」のほうばかり見ていたとは。


「私…知らなかっ…」
「ああ…言ってないし、聞かれてねえから」
「いやいや、え」


影山くんは何にも気にしていない様子で、「ここでいいか」と誰もいない教室のドアを開いた。私は考え事をぶつぶつ言いながら後ろをついて教室に入り、影山くんが座った席の前にひとまず腰を下ろす。
考えているのは自分の失態のことだ。最悪というよりも最低だ。


「……ごめん。わたし最低」
「なにが?」


そう言いながら彼は弁当包みを開きにかかった。影山くんのお弁当の中身はいつもより少し豪華に見える。もしかして影山家の母が誕生日用に張り切って用意したのか。


「だって私今日までずっと、クリスマス会えるの楽しみだねって言い続けてた」
「ああ…正確にはクリスマスの3日前だよなってずっと思ってたけど」
「そうじゃない!そっちじゃない!」


私はすごく青い顔をしているはずなのに、影山くんは頭に疑問符を浮かべている。何をそんなに慌てる事があるのかと。そんな事より飯食いてえ、と。


「わたし、影山くんの誕生日無視して、クリスマスだって浮かれてた…」


いくら影山くんが気にしていなくたって、私にとってこの事実はかなりの重罪だ。
それに今は気にしない素振りを見せてる彼だって、私が「クリスマス楽しみだね!」と笑っていた時に「その前に俺の誕生日だけど」と悲しんでいたかも知れない。そんなに繊細じゃなさそうだけど、可能性はゼロとは言えない。


「無視したわけじゃねえだろ。知らなかったんだから」
「知らなかった事もかなりの問題だよ!」
「俺も白石さんの誕生日、知らねえし」
「い…え?あれ…うん言ってない、確かに言ってないけど!」
「な、おあいこだろ。いただきます」


そこで「この際聞くけど白石さんの誕生日いつ?」と聞いてこないのが影山飛雄なのである。

影山くんが黙々とお弁当を食べ始めたので、私も持ってきたお弁当の包みを開いた。
あ、一緒にプレゼントのクッキーも入れてるんだった。…誕生日ではなくクリスマスのプレゼントだから、サンタクロースのデコレーションがしてあるけど。

こんな空気の読めないプレゼントを渡す勇気はなく、でも一言お祝いを言わなくてはと私はぽつりと口にした。


「…おめでとうございます」
「あざっす」
「すごい普通だね…?」
「ああ、まあ…会えてりゃ一緒だろって思って」


影山くんの箸は一定の速度で進んでゆく。会えてりゃ一緒、というのが本当なら救われるのだが。罪悪感はなかなか消えないけれど。
それからはしばらく食事に集中していた影山くんが、水分補給のタイミングで再び話し始めた。


「…そういや月曜、あー…25日。夕方以降なら会える」
「えっ!」


思わず箸を落っことしそうになった。25日、諦めていたクリスマス本番に会える?


「ほんとうに?クリスマスずっと練習って言ってたから合宿でもするのかと」
「泊まりの合宿はしないらしい。学校の施設ちょっと寒いし」
「…そうなんだ…」


冷暖房完備が充分ではないので、春高前に体調を崩さないように無理な合宿はしないのだそうだ。ただでさえ月初はユースの合宿だったから、少しでも自宅で休めるなら良かった。


「だからクリスマスはクリスマスで、また会えばいいと思う」


いつの間にかお弁当を完食してしまった影山くんは水筒のお茶を飲みながら言った。
クリスマス、私に会う時間を作ってくれるのか。「うん」と喜びを精一杯抑えて返事してみたけど、顔はゆるゆるだったに違いない。


「それに俺、ちょっと卑怯な事した」
「え?」
「白石さんは多分覚えてねえと思うけど…」


きゅっとお弁当の包みを結んで机の端に寄せ、影山くんが「食事」から「会話」の体勢に入った。


「時間なんて作ろうと思えば作れるんだよ、ちょっとだけなら。けど俺、クリスマスは無理だけど22日なら大丈夫って答えた」


影山くんの言っている意味がよく分からない。確かに最初は25日に会うのを断られた。練習だからと。22日なら会えると。
でも22日を指定してきたのは、ちょうど終業式と練習の合間に時間が開くことを知っていたからだと思っていたのに。


「…どうして?」
「どうしてかって言われると…」


居づらそうに影山くんが身をよじる。身体が大きいので、いくらこの場から消えたそうにされたって私の目には入ってしまう。こんなに近くに座っているんだから。


「…やっぱ、誕生日って…好きな子と…会いたいじゃないすか」


ぼそぼそっと、私にしか聞こえないくらいの声で彼は言った。
とうとう私の箸がぽろりと落ちて、かしゃんと机の上に転がってしまった。その音ではっと我に返る。が、我に返ったからと言って決して冷静では居られない。


「……そ、そうなん、すか」
「っす」
「ならその時に、22日が誕生日だって教えてくれたらよかったのに」
「それじゃプレゼント催促してるみたいだろ」
「そんな事ないよ」


むしろ知らされないほうが悲しいというか、その結果こんなややこしいことになっているんだし。…私も私で「影山くん誕生日いつ?」と聞くタイミングは何度もあったのに、幼い頃からの少女漫画っぽい夢のお陰でそれを逃していた。我ながら信じられない。


「…あの、今日はクリスマス用のプレゼントしか持って来てなくて…だからこれ、25日に渡してもいい?」
「そんな細けえ事気にしないけど」
「私がするの!」


幸い作ってきたのは日持ちがするクッキーで、渡すものは手袋だ。はめたままスマートフォンを操作できたりするやつ、色気はないけど男の子が喜びそうなものランキングに入っていたから。雑誌参照。


「でも誕生日プレゼントどうしよう?」
「や、いらねえ」
「え!?」
「いらねえ。親とかにも毎年、クリスマスと誕生日は一緒にされてるから」
「でも」


そりゃあクリスマスと近い日程に生まれた人の宿命として、親からの扱いはそうなんだろうなぁと思うけど。私は恋人だ。しかも付き合って初めての誕生日。何もしないなんて気が引ける。
何かいいものは無いかと考え込んでいると、影山くんは何かを思いついたらしい。


「…意地でもなんか寄越してくれるって言うなら、一応希望はあるけど」
「え、何?」


頬杖をついていた顔をぱっと上げる。希望があるなら参考になると思ったからだ。
でも私が顔を上げた瞬間に影山くんの顔が目の前にあって、その目が大きく開かれて、まばたきの音が聞こえそうな距離であることに気づいた時、彼の欲しいものは「物」では無いことを察した。


「目、とじて」


そして目を閉じろと、この距離で。


「…えっ、うそ、」
「ほんと」
「でも、心の準備」
「俺はできてる」
「え!?」
「俺の誕生日だよな?」


有無を言わさぬ言葉遣いで、影山くんの吸い込まれそうな群青色の瞳が私を捕らえて逃がさない。うん、とかすかに頷いて見せると影山くんも頷いたかに見えた。実際はごくりと唾を飲み込んだだけの動作が、私には頷いて見えたのかも知れないが。とにかくたいそう緊張した様子で顔が近づき、あ、鼻が当たりそうだと気づいた時に初めて目を閉じた。

それから信じられないほど柔らかいものに唇が触れたのはすぐのこと。影山くんも柔らかさに驚いたのか、ぴくりと身体が揺れるのを感じた。

そしてどちらからともなく顔を離し、私が閉じていた目を開いた時には既に彼の目は開かれていた。


「…なんか甘いんだけど…」


自らの唇をなぞりながら影山くんが言った。そういえば彼に会う直前、トイレでリップクリームを塗り直してきたのだ。少しでも自分の顔をよく見せたいという欲と、ついでに乾燥の防止で。


「あ…ごめん、じつは唇に…」


香り付きのリップ塗ってるの、と続けようとした言葉は最後まで言わせてもらえずに、再び影山くんが私の唇を奪ってしまった。さっきと同じようにただ触れるだけの、「くちびるとはこんなに柔らかいものなのだ」という事実だけを訴えるかのようなキスであった。


「か…かげ、やま…く」
「プレゼントはこれでいい」


そう言うと彼は、やや前のめりになっていた身体を元に戻した。…誕生日プレゼントが今の、たった2回のキスでいいなんて、安すぎやしないだろうか?


「…ほんとに?」
「むしろコレがいい、ずっと欲しかったし」
「ほ、欲しかった!?」


真面目な顔してとんでもないことを言う。私だってずっとキスしたかったけど。影山くんはそういうことに興味が無いと思っていたからびっくりだ。


「クリスマスも楽しみだな」


影山くんがクリスマスを楽しみにしている事とか、誕生日には彼女と会いたいとか、そういうことを考える人だなんて思わなかった。同時に私はひとりで雑誌ばっかり読み込んで、勝手に盛り上がっていたんだなあと反省した。影山くんについての答えは載っていないのに。
クリスマスはもう3日後だけど、何をして過ごしたいか、これからはどうして行きたいか、雑誌に頼らず直接聞こう。

Happy Birthday 1222