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私は今まで誰とも付き合ったことがない。

中学生の時に好きになった人は、サッカー部のエースでモテモテで、すでに彼女が居た。

だから遠くから見ているだけで、しかも私は翔陽と過ごす時間が圧倒的に多かったので彼氏なんて全く出来なかった(努力して作ろうともしなかったなあ、そういえば。)


そんなわけで男の人に触れたことも、抱き合ったこともない私は初対面の大きな男性にいきなり連絡先を聞かれ、顔と顔の距離10センチくらいまで迫られて、
ああああのアナタの息が私の頬に当たっているんですがぁぁぁぁと悲鳴をあげることも出来ず立ち尽くしていた。


そこに現れた、王子様。
あれは「王子様」以外、なんと呼べば良いのか分からない。困り果てていたところに偶然通りかかり、その男の人を退散してくれたのだ。

自分に対する侮辱の言葉に打ち勝ち、男が去りその姿が見えなくなるまで横にいてくれた人物。影山飛雄は王様などではない。


あの時影山くんは、私を助けに入ったわけでは無かったのかもしれない。


でも結果的に助かったわけで、ドリンクを代わりに運んでくれた。正直、連日のマネージャー業務で少し腰が痛かったのでとても助かった。


『今日はありがとう』


バレー部のグループLINEには一応メンバーとして入っているが、主に発言しているのは先輩たちと翔陽だけ。

その中で、私が直接LINEのやり取りをした事があるのはもちろん翔陽のみ。だから少し緊張したけど、影山くんにお礼のメッセージを送った。

既読がいつつくのか、どきどきしながらスマホを片手にテレビを見たり漫画を読んだりしたけれど、1時間ほど経っても既読はつかず、そのまま私もLINEのことを忘れて寝てしまった。


次の日になっても私は影山くんに送ったLINEの事をすっかり忘れ、朝練遅刻ぎりぎりに起きてしまったので、それどころでは無かった。

滑り込みで体育館に到着すると、翔陽と影山くんはすでに汗をかいていた。


「おはよう」
「おっすー」
「おはよ」


二人とも一瞬だけ私を見て挨拶を返すと、すぐに練習に戻った。

私も負けてられないなと、部員の皆さんにボールを投げたり拾ったり、タオルを洗濯機にかけるために回収して回ったりと朝から張り切った。

何といっても昨日、県内指折りの強豪校と試合をして勝ったのだから。

この勢いを止めないためにもみんなには頑張って欲しかった。そしてそのサポートをできる事が、とても嬉しい。

私は自分で試合に出たり、コートに立ったり、ボールを投げたり蹴ったり走ったりして自らが表彰される事など出来ないのだから。





朝練がひと段落して皆がクールダウンを始めたので、私も体育館の片付けとモップがけをしようと倉庫へ行った。
すると、すでに影山くんがモップを手にしていた。


「あ、私やるよ」


手を伸ばすと、影山くんは私を数秒ほど見たあと首を横に振った。


「いい」
「そっか…あ、モップもう一本あるじゃん!私こっち使お」
「え、」


影山くんが何か言おうとしたので、モップを持ち上げながら「ん?」と聞き返そうとした。

聞き返そうとしたのだが。

それは、がらがらがっしゃんという色んなものが倒れる音にかき消された。


「……い…」


私は派手に転んでいた。
いや、倒れていた。

ああ、いたい。腰が。


「おい…!」


慌てた影山くんが持っていたモップを放り投げ、箒やブラシが倒れまくっているのを跨ぎながら倒れた私に駆け寄ってくる。


「何してんだ大丈夫か?」
「だいじょ……ちょ、今、無理」
「無理!?」
「痛い…」
「ちょ、ちょッ待っとけ、待っとけよ!」


影山くんが少し取り乱しながら私に指示して、再び倒れた箒などを大股で跨ぎながら倉庫を出て助けを呼びに行ってくれて。

「待っとけよ!」って、逃げたくても痛くて逃げられないんだけど。
そして、倒れた私の態勢を整えるとか起こしてくれるとかそういう事をせず、倒れた姿のまま放置して誰かを呼びに行くあたり、彼の混乱っぷりが伺えた。


「すみれーーーー!!うおーい!」


最初に倉庫に来てくれたのは翔陽だった。

情けないブッ倒れっぷりを見ても慌てず騒がず(いや、騒いではいたか)私の鞄を持ってきて、痛み止めの入っているところはどこか?と聞き、それを出して水と一緒に渡してくれた。


「おい、白石、なんだ?痛いのか?立てるか、おい」
「うるせーな影山!騒いだって治らねえの!ほれ飲め」


珍しく翔陽の方が落ち着いている事に内心笑えてしまったが、それどころではない尋常じゃない痛みが襲っていた。

私は最近、いろいろと働き過ぎていた。
なんとなく分かっていた。
でも自分ではかなわない舞台への夢を、素晴らしい選手と一緒に歩むことができる、それが私の原動力となっていた。

あの時対戦相手として現れた影山くんが、そばでずっと見ていたいと思っていた影山くんが、同じ学校に居る!彼のサポートができる!と、ついつい意気込み過ぎていたみたい。


「うわあああ大変!大丈夫ですか白石さん!」


いつの間にか武田先生まで駆けつけていて、なんだかもう痛みも凄いが申し訳なさも相当なものだった。


結局保健室に連れて行かれることとなり、「誰が運ぶんだ」という話になり、澤村先輩と武田先生の肩を借りながら保健室まで連れてきてもらった。

(一瞬、誰かに人生初のお姫様抱っこをされるのか?と考える余裕はあった)

10.アクシデント