「あ!白石さん?」


帰りに近所のコンビニに寄ったところ、懐かしい声で名前を呼ばれた。
中学、そして高校の先輩である月島明光さんは同級生の兄である。5歳以上も年の離れたこの人が何故わたしの名前を知っているのかは、彼の弟が関係している。


「お久しぶりです」
「よかった合ってた。久しぶり」


明光先輩は声をかけた相手が白石すみれで合っているか不安だったようで、わたしで間違いなかったことに安堵している様子だった。


「帰ってきてたんですか?」
「まーね、さっき家に着いたとこで…蛍にはまだ会ってないんだけど」


彼はすでに就職済みの大人の人。家からは通いづらい場所に就職したらしく、時々まとまった休みの時に戻ってきているようだ。そういえば次の月曜は祝日で、明日から三連休だからかな。


「…蛍くんならもうすぐ帰ると思います、けど」
「一緒じゃないの?」
「どうしてですか?」
「白石さん、烏野でマネージャーしてるんじゃないの」


明光先輩は、くりっと丸い目をわたしに向けた。
そんな目で見られると答えづらいではないか。雨丸中学時代、わたしは蛍の所属する男子バレー部のマネージャーをしていた癖に、今はもうそうじゃないって事を。





連休明けの火曜日は学校に来るのが憂鬱だったけど、4日頑張ればまた週末だ。出された宿題は忘れずに持ってきたかな、と鞄をあさっていると、大きな影が被さって視界が暗くなった。


「白石」


その影と、声を聞くだけで誰が来たのか分かった。隣のクラスであるはずの蛍がわたしの真横に立ち、こちらをじっと見下ろしている。


「おはよ。なに?」
「兄ちゃんに変な事言った?」


挨拶もなしに本題に入りやがった。それだけでちょっと違和感を感じてしまったので(もともとわたしに対しては、しっかり挨拶をするような人じゃないけれども)、わたしも彼をじっと見上げて言った。


「何も言ってないけど…」
「金曜日に会ったんだろ」


金曜日。確かに家の近所のコンビニで偶然会った。けれど大した話はしていない。


「わたしが烏野でもマネージャーやってると思ってたみたいだから、やってませんって言っただけだよ」


明光先輩と話した内容はこれだけだ。先輩はこれを聞いてちょっと驚いていたから、蛍にその事を話したのかも知れない。
蛍はわたしの答えを聞くと納得したように肩を落とした。


「そのせいか…」
「どしたの?」
「何でもない」
「ちょ、教えてったら」


さっさと自分のクラスに戻ろうとする蛍を引き止めると、蛍はため息をついて立ち止まった。彼の態度の悪さは筋金入りだ。特にわたしに対しては。


「…何もないよ。僕と白石が喧嘩でもしてんのかと思ったんだってさ」
「ケンカぁ?」


蛍とわたしが?そりゃあ中学の時は部活のことで言い合いになった事はあるけれども。
今はクラスも違うし、わたしは帰宅部だ。関わることが大幅に減ってしまったんだから喧嘩になる要因なんて無い。
わざとわたしが、蛍との接点である「バレー部のマネージャー」に立候補しなかったのだから。


「喧嘩なんてしないよねえ」
「……まぁいいや。そんだけだから」
「へ?」


何が言いたいのか全く分からないまま、ちょうど予鈴が鳴ってしまったのもあり蛍は今度こそ長い脚で去ってしまった。

友だちは「すみれちゃん月島くんと知り合いなの!?」なんて言っている。
知り合いもなにも、中学が同じだし。知り合いもなにも、マネージャーだったし。知り合いもなにも、好きな人だし。





「蛍ー」


昼休み、蛍のクラスに行ってみると彼は「話しかけないでください」というオーラを全身から放っていた。そんなのは中学の時も同じだったので、気にせず近づき目の前まで行ってみる。
するとわたしに気づいた蛍は少々ためらいつつも、ヘッドフォンを外した。


「…なに」
「いや、今朝のことで…」


わたしがそう言うと、蛍は「そこ座って」と前の席を顎で指した。なるべく周りに聞かれたくないらしい。わたしも好都合なので、彼の言うとおり空いている前の椅子に座って蛍のほうを向き、小声で言った。


「わたしが何でマネージャーにならなかったのか、聞かれた?」


明光先輩は中学のとき、試合を何度か見に来てくれた時にも会っている。わたしは入学当初から引退までずっとマネージャーをしていたから、高校でも当然続けるもんだと思っていたみたいだ。


「聞かれてないよ。僕だって理由知らないし」


蛍は首にかけていたヘッドフォンを外し、机に置いた。


「いい加減教えろよ」


そして、眼鏡をはさんだ向こうにある目でわたしを睨んだ。彼としては睨んだつもりは無いかも知れないけど、わたしにとっては睨まれたような感覚だ。


「……なにを」
「中学3年間ずっとマネージャーだったのに、わざわざ同じ学校に来といて帰宅部を選んだ理由」


ぐさり。蛍はこういう事をオブラートに包まず聞いてくる。人が答えにくい内容を、答えざるを得ない聞き方で。


「………それは…」
「それは?」


そして、答えづらそうにしているのに容赦なく追い込んでくるのだ。


「最初は、したかったけど…しようと思ってた、けど」
「けど?」


蛍はわたしを逃がさないとでも言うふうに睨んでくる。こんなふうに近くで見つめられることが嬉しくもあり、辛くもあるなんて矛盾しているだろうか?


「純粋な気持ちでマネージャーの仕事、できない気がするから」
「…はあ?純粋って?」
「純粋に応援できない気がする、といいますか…」


わたしが蛍のことを「純粋に」応援できなくなってしまったのは中学3年の時である。不思議なもので、2年間も同じ部活だった蛍に3年生になって初めて恋をしてしまったのだ。
きっかけなんて覚えていない。気づけば蛍だけ目で追って、気づけば蛍の事だけ考えていた。他にも部員は居るのに、最優先で蛍の事を。


「応援できない?」
「そう。みんなを平等に応援できない」


わたしにはそんな器用な真似は出来ないだろう。複数名いる男子部員の中で、好きな人以外にも気を配り、なおかつ空気を乱さずにマネージャーとして務めることは。


「…意味が分かんない」
「分かってもらっちゃ困るよ…」
「それも意味分かんない」


蛍は全く納得出来ていない様子だ。納得させるためには全てを話さなきゃならないだろう、でもそんなの出来やしない。


「………も、行くね」
「駄目」
「えっ!?」
「このままじゃ気持ち悪い」


前の席に座るわたしの足元へ、蛍の長い脚が伸びてきた。わたしが立ちあがって勝手にに逃げないようにホールドする気だ。


「……だ、って…」
「だって?」


何故蛍は、こんなにわたしの事を責めるように話すのだろう。
高校でも同じ部活で頑張ろうね、なんて約束もしていないのに。中学の時にマネージャーだったからって、高校でもそうだとは限らないのに。

でも、わたしにそれを求めるのなら、わたしだって蛍に言ってやりたい事がある。


「…いつの間にか蛍はわたしのこと、苗字で呼んでくるし」
「………」
「そっちこそ中学の時と違うじゃん」


今度はわたしが睨む番。中学時代の彼はわたしのことを下の名前で呼んでいたのに、いつの間にか「白石」と呼び始めたのだ。距離を開けようとしているのはそっちじゃんか。

蛍は暫く押し黙っていた。そのあいだも私達は互いを睨み合っている。やがて蛍のほうが先に目を伏せた。


「…そうだよ。違うんだよ。兄ちゃんが思ってるような僕らじゃないんだよ、今は」


その目はほんの少し葛藤があるように見えた。その葛藤はわたしに関係している事?わたしを苗字で呼び始めた事に。


「……け…い」
「考えて。マネージャーの事」


蛍は再びわたしを見た。また逃げられなくなる。「考えて」と言うけれど「やれよ」と指示されているかに聞こえる。


「……うん。」
「別に全員を平等にしなくていいじゃん」
「うぇ!?それはちょっと…」


それじゃあマネージャー失格なのではないか。やるからには全員同じように応援したり、ケアしたり、時にはぶつかり合って一緒にやってゆきたい。誰かひとりを贔屓にするなんてのは、蛍だって嫌なのではないか。
全員を平等にしなくていい、とはどういう意図なのか目で訴えると、蛍はわたしを睨んだまま言った。


「僕だけを特別にしてれば」


睨み合いがそこで途切れる。わたしの瞬きの回数が増えてしまったのだ。更には焦点がゆらゆら揺れて定まらなくなる。蛍を特別扱い、してればいいじゃん、ってこと、なの?


「じゃ。トイレ」


がたりと蛍が立ち上がり、座ったわたしを一瞥もせずに彼は教室を出てしまった。
違うクラスの知らない人の椅子に座ったままのわたしは、蛍の言葉の意味を考える。分からない。蛍はあんなことを言う人じゃないし。いくらわたしが蛍を好きでも、蛍はわたしの事なんていつも何とも思っていなさそうだったし。

もう、わたしの知るあの頃の蛍ではないという事なのか。高校生になった月島蛍の事を、これから理解していくのは骨が折れそうだ。

ピントの合わない世界の真ん中
こちらの夢は「1周年&50万打企画」として書かせて頂きました。皆様からのアンケートをもとに上位のキャラクターの夢を書く、という企画です(企画の詳細はコチラ

月島蛍については、いくつか頂戴したご意見を組み合わせて書かせて頂きました。
「明光くんの話をするツッキー」「両片想い」「照れたように、ばかじゃないの、と言われる」「もうツッキーならなんでもいい」などなど(笑)でした!ありがとうございました♪