09


朝起きて、朝食をとり、それから登校して練習をしたのち強豪校との練習試合。

身体は疲れきって食べ物を欲している。が、自分自身は空腹感はあまり感じない。したがって会話に困った結果の「なにか食べにいく?」の言葉に続くような美味しいお店などの提案は無い。


そんな格好悪い俺の誘いに白石さんは目を合わせないまま頷いた。
好きな子とご飯を食べにいける、絶好のシチュエーションなのにお通夜みたいな雰囲気だ。


あまり学校の近くだとバレー部連中に見つかってしまうと嫌なので、白石さんの最寄り駅まで移動する事にした。


「ごめんね暗い話して」


電車に乗りながら白石さんが申し訳なさそうに言った。


「気にしないで」
「でも赤葦くんには関係ないし」


関係ない、か。

確かに関係のない話だ。
白石さんがチアリーディングを続けるかどうかなんて俺の人生において全く微塵も関係ない。はずだった。これまでは。


「一人で悩むよりはいいよ」
「はは…優しいね」
「ううん。青山さんだってきっとそう言う」


白石さんの親友で、白石さんとは真逆の性格・運動能力を持つクラスメートの青山さやか。

昨日、青山さんと少し話した様子からするとまだ青山さんには直接相談していないのかも知れない。
まああの子は勘がいいから、悩んでいるのを気づいているようではあったけど。


「さやは何でも出来るのに出来ない人にも対等で、ほんと凄いよ。自分の小ささが目立つ」
「………もうすぐ、着くね」


ちゃんと話は聞いている。
返事をするべきだとも思っている。
でもやっぱり何と返していいのか分からない。自分の引き出しの無さが情けなくなってきた。





「なんでもいい?」
「…うん。あ、お肉食べたい」


悩みまくってても食欲はあるところが白石さんらしい。これで食欲が無ければ仮病じゃなく本当に体調を崩しかねない。

そして俺もお肉には大賛成なのでランチメニューに肉料理を提供するお店に入った。日曜日だから平日よりも数百円高めの価格設定にされていて悔しいが。


二人ともAランチという本日のメイン(今日はどうやらヒレカツだ)が食べられるセットにして俺はご飯大盛り。

注文を終えてから料理が来るまでの間、白石さんがまたもやお通夜みたいな顔で言った。


「今日試合見て思った」
「ん?」
「みんな凄く楽しそうにしてたよね。特に木兎さん」


今日は偶然、木兎さんが絶好調だっただけなのだが。


「チアも上手にできたら楽しいんだろうけど…」


はあぁ、と大きなため息。
それから、はっと顔を上げた。


「ごめん!ため息なんか」
「いや、いいよ気にしてない」
「最低だよねもう…ほんと最低」
「そんな事ないから」


どうやら今日はとんでもなくネガティヴモード。

今日の俺のミッションは、彼女からチアリーディングを辞めるという結論に至った経緯を余計な茶々を入れずにゆっくりと聞き、辞める事は「悪」ではないと伝えること。

れっきとした選択肢のひとつで、それを選ぶ勇気を評価すること。

そして明日、月曜日からは心機一転いつものにこにこした顔で登校してもらう事だ。


白石さんもそこそこお腹が空いていたらしく(お肉をリクエストするくらいだからな)料理が来たら二人とも「いただきます」の後は黙々と食べ、無言で食べ終えた。美味しかった。

白石さんも無言ではあったものの、美味しそうな表情はしていたのでホッとした。


食べ終わると午後2時で、お昼時は過ぎているので店内はちらほら空席があり、ゆっくりと話せそうな雰囲気になった。


「話していい?」


白石さんからは話しづらいかと考え、こちらから質問を投げる事にする。


「うん」
「さっき、自分が選ばれないからって辞めるのはどう思うかって聞いたよね俺に」
「うん」
「俺は、白石さんみたいな理由で辞めるのは間違ってないっていう考えなんだけど」
「…うん」
「自分ではどう思う?」


無言の中、空になったお冷を注ぎに店員がやってきたのでグラスを2つとも通路側に寄せる。
水を注いではグラスを置き、注いでは置く、その音だけが響いた。

そして店員が去ったのと同時に白石さんが話し始めた。


「私は、よく分からない」
「…ウン。俺も同じ立場ならそうだと思う」
「本当に?」
「と言うかまず、白石さんみたいにひたむきな練習は出来ないね」
「…嘘だあ」
「ほんとだよ」
「赤葦くんて本当に優しいね」


それってまた「気を遣ってくれてるね」という意味で言われているんだろうな。本当に思っている事なんだけど。


「今日の試合はどうだった?」


だから、話を変えてみる事にした。
すると白石さんの表情に少し生気が戻って、木兎さんが凄かったと言った。
この際彼女が明るくなるのなら、褒める対象が俺でなくても良いか。

「元々すごいのかな?」
「どうかな、俺は高校に入って知り合った仲だから」
「でもいいコンビネーションだったね」
「うーん…今日は木兎さんもノッてたからかな」
「木兎さんってノらない日があるの?」
「あるよ。ありありだね」
「想像つかないなぁ」


なんてこった、木兎さんの話で盛り上がってしまっている。盛り下がるよりは100倍良いのだがもしかして、白石さん少し木兎さんに憧れ始めている?


「木兎さんみたいな人、好きなの?」


うっかり聞いてしまった。
でもこの流れで聞くなら不自然ではないかと思いたい。


「えぇ?何言ってんの」
「なんか楽しそうに話すから。木兎さんの事」
「うーん…凄いなあとは思うけど、好きとか恋愛とかじゃないかも」


机の下でガッツポーズをしたのがバレないようにして、ここで少し会話が弾んできたので話を本題に戻してみる。


「とにかく俺が今日話したかったのは、しんどいのに無理する必要ないって事」
「…うん。」
「笑ってなきゃ白石さんらしくない」
「え…」
「病は気からって言うし」
「……ふッ ふふ」
「どしたの?」


急に白石さんが吹き出したのでびっくりして、膝がガタンと机に当たった。痛い。


「ごめん…ッくく、ありがとう、すごく嬉しい。赤葦くんホント親みたい」
「………そ、そう?」


また親みたいって言われた。

親密度が増したのは嬉しいがいつか「彼氏みたい」って言わせたい。いや、彼氏の座につきたい。今はそこまで欲張ってはいけない。


俺が悶々としている中、逆に白石さんは先ほどとは打って変わって晴れやかな顔をしているのでミッションは成功か。

「誘ったの私だから」と白石さんがお金を出そうとしたが断って、また奢らせてもらってお店を出た。


「話せてスッキリした!本当にありがとう」
「どういたしまして」
「帰ったら、さやにもLINEする」
「青山さんには直接がいいんじゃない?」


青山さんは白石さんの事をえらく心配していて、でも本人の気持ちを考えるとあまり踏み込まない方が良いかと、彼女もまた悩んでいたようだったから電話するよう伝えた。


「…そだね。うん。夜電話しようかな」
「それがいいよ」
「ありがとう」
「ううん。じゃあ、また明日だね」
「あ…ちょっと待って」


白石さんが鞄の中をごそごそ漁り始めた。
このあいだ置き去りになっていたスヌーピーのスマホカバーがちらりと覗く。あそこにぽつんとスマホが置かれていた画はシュールだったなあと思いつつ見つめていると、鞄から何かの包みが出てきた。


「あげる」
「え…え?」
「タオル、この前貸してくれたの汚れが取れなくて…」


そう言えば血だらけの脚を俺のタオルで拭いてあげて、洗って返すと言われていたのだった。


「まさか新品?悪いよそんなの」
「いい!話聞いたくれたお礼も兼ねて」
「……ありがとう」
「ちゃんとお兄ちゃんと選びに行ったから、デザインはダサくないはずだよ」


お兄ちゃん。
お兄ちゃんが居たのか。

いや、それよりも。

今また、忘れていた事を思い出した。もしかして金曜日に木兎さんが見かけた、一緒にいた男の人というのは?


「…もしかして一昨日、俺と別れたあと買ってくれた?」
「あ、うん…なんで分かったの?」


きょとんとした顔で聞き返されて、なんて馬鹿らしい事を気にしていたんだろうと思った。

心配ごとがひとつ減り、明日からも思いきり部活に励むことができる。
もちろんこのタオルは明日から早速活躍する予定だ。
09.彼氏の座