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吐く息はそのまま雪の結晶になり、地面に舞い降りてしまいそうなほど。日本列島の中でも北東に位置する宮城県は国民の皆さんの予想どおり・ニュースのとおりに極寒だ。
そんな中、タイツを履かずに生足で登校してくる女子は凄いと思う。ありがたいけど、ってのはナイショで。


「男子集まれー」


どのクラスにもやや活発な女子が1人や2人は居る。朝、教室に入るとそんな元気な子の声が響いており、なんだなんだと呼ばれた男子が顔を上げていた。俺も自分の席に向かいながらその様子を眺めていると何かを配っている様子。
それを見てぴんときた。今日は2月14日だ。


「ほい、川西くんもドーゾ」


俺はクラスに居ると目立ってしまう。一番身長が高いから。なので、自分から声をかけなくても中心にいた女子が俺に気付いて声をかけてきた。


「俺にもくれんの?」
「全員分あるもん。余るくらい!」
「すげえーアリガト」


手のひらにラッピングが乗せられた。暖房で溶けないようにって、チョコレートじゃなくて市販のクッキーとかが何枚か入っている。
朝練で疲れたところだし糖分を摂取できるのはとても有り難い。なんたって寒いし、これから授業に集中しなきゃならないからな。

その後教室に入ってきたサッカー部の3人にも、その子はお菓子を配っていた。
今日がバレンタインだなんてすっかり忘れてた、白石さんは俺に何かをくれるだろうか。


『お昼、どこで食べる?』


4限目が終わったと同時に白石さんからのメッセージが来た。
何を隠そう、ここ最近は一緒に昼休憩を過ごしているのだ。時々賢二郎とナナコも居るけど、基本的には二人きり。俺のクラスにはハヤシが居るからちょっと気まずいので、白石さんのクラスか食堂で過ごす事が多い。


『食堂いきたい。迎えに行くよ』


と、送信してからポケットに財布が入っているのを確認し席を立つ。そういえば賢二郎の親も昨日お菓子を送ってくれたので、それを白石さんに分けてあげなきゃな。


「白石さんは今日、お弁当?」
「うん、でもちょっと少ないんだよね。後で何か買い足すかも」


そんな事を話しながら食堂に到着すると、運よく端っこの机が空いていた。
後からやってくる人と相席になってしまわないように(特にバレー部連中が好奇心で寄ってこないように)椅子にブレザーをひっかけて、食券売り場でカツ丼大盛りを書い受け渡しカウンターへと並ぶ。白石さんは机に座って待っておいてもらう事にした。


「あ、太一じゃん」
「おー」


賢二郎とナナコもカウンターに並んでいた。ふたりとも寮だからほとんど食堂か購買で何かを買っているのだ。


「白石さんは?」
「あそこ座ってる。来るなよ」
「行かねーよ」
「行かないよ!私たち反対側の席取ってるし」


ナナコの指差すほうには、確かに俺たちと反対方向の端っこを陣取っているナナコの鞄が置かれていた。机の上にはすでにバレンタインデーのお菓子らしきものが置いてある。


「…あれナナコから賢二郎に?」
「うん。デザートにするの」
「なるほど」
「太一は白石さんから何かも、ぶっ」


ナナコが喋っていると賢二郎がナナコの顔をがしっと掴んだ。好奇心旺盛なナナコちゃんは俺が白石さんからバレンタインプレゼントをもらったのかどうか気になったらしい。が、賢二郎は「野暮な事聞くな」と言葉を遮ったようだ。
すべてを理解したナナコは頬をさすりながら白々しく言った。


「さて何を食べようかなーっと」
「誤魔化しきれてませんね」
「じゃあまた部活でな」


カウンターが空いたので、賢二郎がナナコの背中を押してぐいぐい前に進んでいった。ラブラブですねえ相変わらず。いいのさ、俺は白石さんとちょっとずつ仲良くなっていけたら。

無事にカツ丼大盛りをゲットして、おまけに切れ端の漬物をサービスしてもらってから席に戻った。白石さんは俺が来るまで食べずに待ってくれていたようだ。いつもいつもこうだ。ありがたい。「待たなくていいよ」って言ってんのに。

ふたりでいただきますをして食べていくと、白石さんのほうが先に食べ終わった。
先ほど懸念していたとおり、量があまり多くなかったらしい。


「やっぱり1個だけおにぎり買ってこようかなあ…」
「…あ。そういや俺、デザート持ってるよ」


賢二郎の親が送ってくれたやつだ。饅頭って書いてあるからきっとお腹にも溜まってくれるはず。紙袋の中からそれを取り出して、未開封の箱ごとジャーンと見せてあげた。


「これ、白布の親が送ってくれた。食べる?」
「…それ何?」
「えーとね饅頭で…あ、あんこ大丈夫?」
「こっちじゃなくて、それ」


白石さんが「それ」と言いながら見ている先には、饅頭の箱を入れていた紙袋。…の中に、今朝クラスの女の子から配られたバレンタインのラッピングが覗いていた。


「ああこれ、今朝クラスの子が配ってたやつ」


そういえば2限と3限の間に食べようと思ってたのを忘れてた。
見たところスーパーで売ってるような個包装のお菓子を詰め合わせた感じだから、賞味期限は長いだろうな。饅頭のほうを先に食べようか。
と思いながら袋に戻したが、白石さんはそれを目で追いながらずっと無言だ。


「………」
「…どしたの?いる?」
「…もらったの?」
「へ…」


もらったの?という一言が、いつもの白石さんより低い声で発せられた。

一瞬にして俺はだらだらと冷や汗をかいた、そして「クラスの子にもらった」という軽率な一言がけっこうヤバかったことに気付く。
俺は今白石さんと付き合っているのだ。他の女の子からバレンタインプレゼントをほいほい受け取るなんて褒められたことではない。それが義理であっても。なんたって俺が白石さんに「好き」だと言って付き合ってもらってるのに。


「貰ったっていうか全員に配ってたから仕方なくっていうか押し付けられたっていうか断るのも失礼っていうか」
「……もらったんだ。私のより先に」


つらつらと並べた空っぽの言い訳は、白石さんの一声でぴたりと止まる。
白石さんが不服そうだ。初めて俺を責めている目。いや、気のせいかもしれない。夢を見るのは後にしよう。まずは意味深な台詞の内容について聞かなければ。


「…何か、あるの…?」
「あるよ」


白石さんはあっさりと答えた。
俺に向けてのバレンタインプレゼントがあるだって?全然そんな素振りが無かったもんだからビックリが勝ってしまい、嬉しい顔をするのを忘れていた。それについてもぶすっとしている様子だ。


「けど、他の子にもらったんなら別に要らないよね」
「待って待って要る!最重要」
「でも」
「白石さんが俺に何か用意してくれてるなんて思わなくって…だって…ほら」


俺は俺の大きな身体と長い腕を最大限活用して、身振り手振りで慌てっぷりを表現した。予想もしていなかったのだ。白石さんのほうから俺に向けて何かをアウトプットしてくるなんて。


「…俺のほうが今のとこ、重いじゃん」


俺は紛れもなく白石さんが好きで、それは何ヶ月か前からずっと伝えてきた。白石さんは俺の気持ちを喜んで受け入れてはくれたものの、胸を張って「両想い」とは言えない間柄だ。俺のほうが「好き」の気持ちが大きくて重いのは自覚している。
だから彼女の負担にならないように色んなことを我慢してきた、のだが。

俺の身振りから上記のことが全て伝わったのかは分からないが、白石さんは一度俺から視線を外した。
そして、弁当箱を入れていた袋の中からもうひとつ、ピンク色のリボンで留められためちゃくちゃ可愛い袋が現れた。


「はい」


それを食堂の机の上に置きながら白石さんが言った。
本当に本当の、白石さんから俺へのバレンタインだ。今朝クラスの子に貰ったものよりも丁寧で、かわいくて、なんか美味しそう。


「…すげえ…なにこれ…手作り?」
「うん。昨日作った」


それを手に取ると、透明な袋の中にいくつかのクッキーらしきものが入っていた。
ただのクッキーではなさそうだ、絵が描いてあったり文字が書かれていたりする。これは全部白石さんが描いたのだろうか?


「…先月から、3回くらい練習したよ」
「うそ!?」
「ほんと」
「すげ、なにこれ…文字書いてあるし…やべ、すっげ売り物みたい」


めちゃくちゃ凝っているのはバレーボールの絵で、これも昨夜何枚も書き直したうちやっと成功したものらしい。あまり食べたことはないけどアイシングクッキーってやつだ。

こんな器用な事ができる人だと思わなかった。こんな手先や目の疲れそうな作業を、3回も練習してまで俺のために作ってくれるような人だとは。


「……重かった?」
「なんで?全然重くない。むしろチョー嬉しいんだけど」
「そっか」


白石さんは、そう言うと手を引っ込めて膝の上に置いた。正確にはテーブルに隠れて手は見えないんだけど、どうやら膝の上でもぞもぞと手を触っている。落ち着かないのだろうか、と顔色を伺うとちょうど目が合った。


「じゃあ私たち、気持ちの重さは同じくらいだと思うよ」


食堂のテーブルをはさんだ目の前で、周りは昼休みを堪能しているがやがやした中で、何故か白石さんの声だけが聞こえた。
しかし耳から脳に届くまで、またその後反応を返すまでに時間がかかる。これでは反射神経がいいなんて言えやしない、ミドルブロッカー失格だ。でも今だけは許して欲しい。


「……それって…?」
「…言うの遅くなっちゃったけど…」


こんなの予測出来るはずはない。試合中、相手の多種多様な動きになんとか付いていく俺だとしても、こんな事を読めるわけはない。


「私もう、川西くんのことが凄く好き」


白石さんが、俺のことを、すごく、好き。
瞬きするのも忘れて目が乾く。喋るのを忘れて口が乾く。ただ嬉しさと驚きで震えた身体のせいで、たった今もらった大切なクッキーを危うく砕いてしまうところだった。

ハングリーメトロで