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「川西くんて、甘いもの好き?」


昼休みの終わりがけ、次の授業の用意をしていると白石さんに話しかけられた。
川西はこの教室に存在していない。ので、同じ部活で友人である俺に質問してきたのだろう。ただそんな事を聞かれるとは思っていなくて、すぐに反応する事ができなかった。


「嫌いじゃないと思うけど」
「そっか…」
「毒でも盛る気?協力するよ」
「ち、ちがうよ」


ちょっとした冗談で言ってみたのに白石さんはぞっとした顔で首を振った。俺、そんなにマジな顔をしていたかな。


「川西の事で悩んでんの?」
「…まあ。ちょっと」
「ふうん…」


太一は幸せ者だ。好きだった女の子に何度となく自分から話しかけ、例え友人の間柄であっても言いづらい指摘をし、白石さんとの仲を確実に深めていった。クリスマスには御守りを渡し、違う部活にも関わらず試合結果を見守り、余計な一言を添える事なく白石さんに声をかけ、最終的には恋人同士になったのだ。
その相手が今、「川西くんて、甘いもの好き?」と俺に悩みを相談している。ものすごい進歩ではないだろうか。

なにか太一にクリスマスのお返しとか、プレゼントでもあげるんだろうなと思い「白石さんに貰ったものは何でも嬉しいと思うよ」と当たり触りなく返しておいた。
白石さんは安心したように自席に戻って行った。このことは、太一に内緒にしておこう。





「太一って甘いもん好き?」


ただ、甘いものが「好き」であるかは確実では無かったので念のため太一に聞いてみた。
太一は首を捻ってから「嫌いじゃない」と答えた、まったく参考にならない男だ。


「え、なに?俺に毒でも盛る気?」
「違う」
「じゃーなんでそんな事聞くの」
「なんとなく。…うちの親が今度、俺と太一になんか送って来るらしいから」
「へー!」


太一は適当な言い逃れを信じてくれた。というのも俺の親はナナコと太一の事を知っていて、このふたりが学校で俺の世話をしてくれていると思い込んでいる。正確には俺がふたりの世話を焼いてるんだと言ってやりたいけど。まあそんなわけで時々親が「川西くんにもどうぞ」「ナナコちゃんにどうぞ」とお菓子を贈ってくれるのだ。

ただ今回は俺が勝手についた嘘なので、太一が楽しみに待っていたって親からの贈り物は来ない。その代わりに白石さんが何かをくれるみたいだから、そのほうが何倍も嬉しいだろうけど。


「俺、こないだくれたやつ好きだわ。賢二郎ん家の近所にあるっていう和菓子屋さんの」
「わかった、伝えとく」


ちょっと申し訳ないと思いつつもそのように答えて新しい話題を探す。白石さんについてだ。
付き合い始めて数週間が経過しているけど、太一からも白石さんからも「上手くいかない」などの話は聞かない。だからと言って楽しそうな話も聞かない。付き合いは平行線になっているのだろうか。


「白石さんとは上手くいってる?」


俺が質問すると太一は少し動きを止め、そしてかすかに頷いた。


「…と、思う」
「自信ないのかよ」
「ないよ。ちょっとは俺の事、気にしてくれてるみたいだけど」
「へえ?」


どうやら俺が知らないあいだに、白石さんはバレー部の練習を見に来ていたらしい。そのとき調子の優れなかった太一はその様子を見られてしまったが、それについてマイナスな事を言われる事は無かったようだ。


「これ、思い出したら顔がにやけちゃうから内緒にしてたんだけどさあ」


それどころか、何やら嬉しい事があった様子。太一は小声になり(俺の個室だから誰も聞いちゃいないのだが)俺の耳元へ近寄って言った。


「白石さん、俺の事もっと知りたいって」


そう言うと俺が太一を見る前に顔を離し、「ひーあっつい」と太一は自分の顔を仰いでいた。
友だちとしておめでとう、と言ってやるべきだろうがほんの少しむかつく。他人の幸せはあまり美味しくない。


「ふうううん」
「祝福しろよ」
「してるよ」
「ほんとに?」
「で、白石さんとはキスのひとつでもしたのかよ」


健全な高校2年の男女が付き合えば、はじめてのキスまでにそうそう時間はかからないはずだ。それに太一は女の子と付き合うのが初めてではない。ファーストキスは前の彼女と済ませているはず。そこから先は知らないが。
しかし太一は苦い顔をしながら、答えづらそうに首をすくめた。


「…それ聞く?」
「まだなんだ」
「まだですけども。手も繋いでないよ」


それを聞いて「うそ」と思わず声が出た。一応毎日メールを送り合っているくせに、手の触れ合いもまだなのか。


「川西くんの事もっと知りたいってさあ、言ってもらえたのは嬉しいけど。だからって文句なしのラブラブじゃないんだよね」
「へー」
「白石さんがほんとに俺の事スキになってくれるまで、そういうのは我慢すんの」
「すっげえな」
「だろ?」


鼻高々な様子で太一が言った。本当に驚きだ。手を繋ぐことすら白石さんの気持ちが自分に向くまで待つなんて。


「…でも、それでいいと思うよ」


太一は付き合うまでに押し過ぎだった。白石さんがハヤシの事を好きなのかも、と勘違いしていたせいで焦ってたのかも知れないけど。
その焦りも恐らくもう不要だ安心しろ、と言いたいがそれを伝えるとこいつは調子に乗ってしまうだろう。


「それにさあ今、すげえ幸せなの。メールしたり時々電話したりするだけで」


ほら、今すでに夢見がちな様子で携帯電話を履歴を覗いているのがその証拠。何一つ派手なものを置いていない俺の部屋で、太一の周りだけ小花が舞っているようだ。
やっぱり今日、白石さんに聞かれたことは内緒にしてやろう。他人の幸せなんかほんと、くそくらえ。

スパイスは愛と夢、毒を少々