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晴れて白石さんと付き合い始めて二週間ほど、俺たちの間には驚くほどなんの変化も無い。そもそも俺が無理に気持ちを伝え続けた結果、白石さんが付き合うのを受け入れてくれただけなのだ。彼女のほうからメールをくれることは時々あるけれど互いに朝も夕方も部活なので、メールのやり取りをする時間は決して多くない。

「昼休みを一緒に過ごせよ」と賢二郎からもっともなアドバイスを受けたものの、白石さんはいつも一緒に食べる友人が居ると聞く。いきなり俺が誘うことで白石さんの交友関係がおかしくなるのも嫌だしな、と思うとまだ誘えていなかった。

好きな子と付き合うことが出来れば、次はあれをしたい、これをしたいと思い描いたことは沢山ある。しかし俺と白石さんの置かれた状況下でそれらを全て実行するのは難しい。なかなか思うように事が進まず今更になって焦り始めた。
もっと会いたい、話をしたい、触り合いたい。賢二郎とナナコは共通の話題も同じ時間も多く楽しめているようだ。俺はどうすればいいんだろ。


「お前、集中してないね?」


練習中にずばり指摘をしてきたのは天童さんだ。俺が逆立ちしても一生適わないであろう先輩で、引退済みにも関わらずこうして練習に参加してくれている。そして、相変わらずの観察眼を発揮してくれるのだった。


「すんません…」
「若利くんにケツ引っぱたかれてんだからさぁ、太一を鍛えろって」
「…うっす。」


牛島さんも天童さんも進路が決まっているので受験勉強に追われることもなく、残った1、2年を底上げするために毎日のように来てくれていた。天童さんは主に俺の事ばっかりだけど。

でもこうして3年生が来てくれるのは残り2ヶ月も無いのだ、という焦りも俺の集中力を削いでいく要因の一つだった。この数カ月で目まぐるしく変化した環境に俺はまだ慣れていない。


「太一こらっ!反応鈍ってんじゃないの?ダメダメじゃんか」


気づけば目の前の天童さんに何本ものスパイクを決められて、「これじゃ俺の接待だよ」と呆れられていた。
疲れてんのかな、いや、この間まで年末年始の休みだったんだからそんな事は無い。俺の気が散っているんだ、白石さんの事に。そして間もなく3年生が正真正銘卒業し、この学校から居なくなる事に。
でもそんな情けない事を知られるのは嫌なので、俺はいつも通りの自分を演じた。


「…意外とスパルタっすね…」
「かわいい後輩にはね」
「…はあ。」
「けど最近なんか変。迷走してんの?」


しかし、天童さんには芝居なんて通用しないのだった。俺の顔から、声から、動きから不自然な様子が溢れているのを感じ取られている。誤魔化すともっと踏み込んでくるだろうな、と判断した俺は正直に答えた。


「……してるかもです」
「珍しっ」
「しますよ迷走くらい」
「なんだ、よかった」
「はい?」


天童さんはいったん休憩しよう、とコートから離れるように俺を促した。今日の練習では全く自分の実になっていない気がして休憩を渋っていると(休憩を渋るなんて自分でも驚いている)、天童さんに背中を押されコートの外に出されてしまった。


「迷走は成長の兆しだよーん」


そして、言葉をひとつ残して行ってしまった。時々こういうことを言うから狡いんだよなぁあの人は、天童さん自身もそんな経験があることを遠回しに伝えてくるなんて。

ここはひとつ先輩の言うとおり休憩してリセットするか、とタオルを拾って体育館の端を歩いていると丸い頭を発見した。外から体育館内を覗くちいさな頭は部員のものではない。女の子だ。


「…白石さん?」


彼女は俺に気づくと「あ」と口を開いて、一歩進もうとした。でも土足で体育館に上がってしまう事に気付いて足を引き、俺に小さく手を振ってきた。なんですか、このかわいい生き物は。
しかしすぐ冷静になり、白石さんが部員の目に留まってしまわないうちに俺も外に出て、体育館の横で一息ついた。


「来てたんだ」
「うん、雨降ってきたから…早めに切り上げたんだ」


外はいつの間にか小雨が降っていた。さっきまで雨が強かったのか水たまりが出来ている。サッカー部はグラウンドでの練習だから、こんなにびしゃびしゃだとボールが跳ねなくて難しそうだ。


「バレー部見に来るの、初めてじゃない?」
「そうだね…川西くんが部活してるとこ、ちゃんと見たことなかったし」


そこで俺ははっとした。白石さんはわざわざ俺の姿を見に来たのか。それなのに今日の俺は全く上手くいかずに、天童さんからのスパルタ教育を受けていたのだ。


「…いつから見てた?」
「30分前くらいかな」


30分前は天童さんからスパイクを打たれまくっていた時だ。その時一度突き指してしまって、俺の指にはさっき巻いたばかりのテーピングが。そんなダサいところを見られていたなんて。


「……今日全然ダメだったから、今日の姿は忘れてほしいんだけど…」


どうせならストレート勝ちの試合とか、調子がいい時に見に来てほしい。
その気持ちは運動部に携わる白石さんなら分かってくれると思っていたけど、白石さんはふるふると首を振った。


「忘れないよ」
「えっ」


あっけなく却下されてしまった俺の希望。一度見たものを意図的に忘れるなんて無理な話だけど、そんなに正面切って拒否されるとは思わなかった。それも、真面目な顔をして。


「全然ダメなところも川西くんでしょ」
「…意地悪だね」
「意地悪で言ってるわけじゃ…」


白石さんは言葉に詰まった。というより言い換える言葉を探しているようだった。
意地悪じゃないなら一体どういう意味なんだ。俺の駄目な部分も受け入れるという意味か?そうだとしたら飛び上がって喜びたい。


「川西くんのこと、もっと知りたいから」
「………」


我慢しろ、俺の脚。飛び上がるのは後にしろ、力を入れるな、地に足をつけろ、落ち着け。


「今日は来てよかった」


そう言って微笑むと、これから雨が強くなるらしいから今日は帰るね、と白石さんは立ち去っていった。

その後俺はやっと喜びで飛び跳ねたわけだけど、近くの水溜まりに足を突っ込んでしまい思いっきり泥水が跳ねてしまった。ああ、恵みの雨だ。

花解の予感