09




俺にとっては大きな意味を持つ青葉城西との練習試合。まだ及川さんの姿は見えない。
いつ入ってくるのだろうかとあたりを見渡していると、白石の姿が無いことに気づいた。


「じゃあ私たちは挨拶してくる。もうすぐすみれちゃんがドリンク持ってくるから」


清水先輩がそう言っているのが聞こえた。
なんだ、ドリンクを作りに行ってるのか。…この人数の?ひとりで持つには少し重いのでは無いだろうか。ぼんやり考えていると、日向の言葉を思い出した。
白石は、腰が悪い。


「………」


なんとなく、ただなんとなく気になって、白石が居るであろう水場に向かった。





そして白石の姿を見つけたと思ったら、今度は青城の部員に絡まれているではないか。

白石は明らかに困った顔をしていた。
恐らくそれに気づいているその男は、白石が「わざわざ頭を下げて青城に練習試合を申し込んできた学校の生徒」であるのをいい事に、執拗に迫っているようだった。
さすがに同じ学校の女子が、他校の男に絡まれているのを見るのは気分が悪い。


「白石」


少し大きめに声をかけると、二人ともこちらを向いた。白石には驚きと、少し安堵の表情も混ざっていた。


「…うちのマネージャーに何か用ですか?」


青城の部員は目をぱちくりさせた後、すぐに笑顔を見せた。その笑顔を見た瞬間、次にどのような言葉が発せられるのか予想がついた。


「これはこれは、王様じゃないの」
「…何か、用ですか?」


そう言いながら一歩ずつ近づいていく。
白石と目が合ったので、「下がれ」という意味を込めて睨むと白石は少しだけ道を開けた。


「重そうだから持ってあげようかって話してただけだよ」


絶対に嘘だ。
今、連絡先を聞こうとしていたではないか。
勝ち誇った笑みを浮かべて男は白石に歩み寄り、そのまま肩に手を置いた。


「こんなか弱い子に一人で持たせるなんて可哀想だろ?もしかして王様の命令?」
「…てめえ」
「ストーップ!ストップです」


あと少しで相手の胸ぐらを掴んでやろうかと思ったとき、白石が声を張り上げた。


「本当に手伝ってくれようとしただけだよ。ありがとうございます、カゴ持ってきたんで一人で持てます」


白石は青城の部員にお辞儀をすると、相手も返す言葉が見つからなかったらしい。軽く会釈をして、無言で戻っていった。


「問題起こしたら、試合出れないよ」


ひどく落ち着いた声で、白石が言った。

今、白石に救われたのだ。せっかく気持ちを落ち着かせて、金田一の言葉にも逆上せずに接することができたのに。今の一瞬、我を忘れるところだった。


「……悪い」
「なんで謝るの?行こう」


ドリンクを作り終えた白石がカゴを持ち上げようとした。俺は慌ててそれを横から持ち上げた。


「持つ」
「え!これから試合なのにそんな」
「だって、お前…」


腰悪いんだろ、と言おうとして、はっとしてやめた。

本人から聞かされていないのに、自由にスポーツができない怪我があることを男に知られているなんて嫌かもしれない。本人にとっては忘れたい過去かもしれない。

そして、他人から怪我が原因でこんな風に扱われるのは屈辱かもしれない。


「…筋トレしたいから、持つ」
「おおっ…こんな時までトレーニング?」


俺の、ここ数年で一番の渾身の気遣いを知らない白石は天真爛漫に笑い、「じゃあお願いします!」と言って後ろをついてきた。





そして、青城戦。
自分としてはとてもいい動きが出来ていた。

それなのに予想以上によかったのは、最後の最後で現れた及川さんだった。

彼がコートの中のどこに立っていても、「あそこに居る」とオーラを放っている。

烏野メンバーは及川さんの存在の大きさ、凄さをものの5分で思い知っただろう。俺でさえ、思い直したのだから。


「ちくしょおおおおう…すげぇぇ」


坂ノ下商店の近くにある公園にて、三人だけの反省会。日向は及川さんを「大王様」と名付け、尊敬なのか敵対心なのか分からないが唸っていた。


「影山あんな奴に鍛えてもらってたのかよ」
「まあな。すげえだろ及川さん」
「…すげえ」
「おう、すげえんだよ」


とにかく「すげえ」以外の形容詞が見つからないので二人で連発していると、白石がぷっと吹き出した。


「確かに凄かったけどさ!ライバルなのにそこまで称賛できるのも凄いよ」


けらけら笑いながら言い、日向がその台詞に対して「でもサーブが!ぎゅんって!影山よりも!」とか言っているのを聞きながら、俺はぼんやり思い出した。青城の部員に絡まれていた時のことを。

ああいう事はすぐに忘れると言うか、気にしないタイプなんだろうか。
それならそれで良いんだが、肩を触られたり間近で迫られたりしていたので少しだけ気になった。相手の男はそれなりの身長だったし、白石は高く見積もっても160センチくらいだ。


「…でも今日、もっと凄いの見たんだあ」
「えっ、なになに!」


白石が日向に向かって笑顔を向けた。
及川さんよりも凄いものって一体なんだろう。日向も見当がつかないらしく首をかしげた。


「大王様より凄いのって、なかなか無えぞ?」
「なんて言えば良いかなあ…王子様。ふふ」
「おうじさまぁ?少女漫画かよプププすみれちゃんお子ちゃまだなー」
「あ、そんな風に言う人にはこれ以上教えませんので」
「はあぁ!?」


そんな会話が繰り広げられている中、俺は頭の中でぐるぐると「及川さんより凄い選手なんか、今日の試合に居たっけか?」と考えを巡らせていた。

09.大王様よりすごい人