20171111


季節の移り変わり、体調を崩す人が多い中私の彼氏は頑丈らしく元気に登校していた。けど、元気なのは身体だけできっと気持ちは沈んでいるんだろうと思う。

ここ最近、彼の心はあの日のあの時間で止まったままなんじゃないかと思うようになった。話していても上の空だったり、約束事を忘れていたり、普段なら怒ってしまう場面だけど私は怒ることが出来ない。怒ることも出来ない。
どこまで踏み込んでいいものか、果たして放っておくべき事なのかが分からないままその日はやって来てしまった。11月11日、英太の18歳の誕生日だ。

その日は平日だったので、日付が変わったころに『おめでとう』のメッセージを送った後で眠ってしまった。
英太は引退した今もバレー部の朝練、午後の練習に顔を出しては後輩たちの練習相手になっている。…「練習相手」というのはただの名目で、まだバレー部に関わっていたい、もしかしたら次があるかも、という捨てきれない叶わない願いに縛り付けられているようにも見えるけれど、私はやっぱり何も言えない。英太が何でもない風を装ってくるもんだから。だから私も何でもない風に装う。


「英太ー」
「おお、おつかれ」


11日の放課後、英太のクラスまで行くとちょうどホームルームが終わったところらしく、生徒たちが一斉に教室から出ているところだった。英太も荷物をまとめて廊下に出るところだったらしい。誕生日の今日は放課後の時間を使ってどこかに行こう、と約束していたのだ。


「もう行ける?」
「行けるよ。どこ行こっか?」
「英太の行きたいとこでいいよ」


と、聞いてはみるものの今まで部活漬けだった英太がデートスポットに詳しいはずもない。
駅前に美味しそうなケーキのお店があるよ、と提案してみると「ケーキなんて久しぶりだなあ」と喜んでくれたので、ひとまずケーキを食べることに決定した。


「わー、すごい種類!」
「ほんとだ。名前だけじゃどんなケーキか分かんねえ…」
「確かに」


こんな他愛ない会話ですら私はとても嬉しかった。今まで付き合っていても練習ばかりでろくなデートはしていない。ゆっくり過ごすことが出来たのは昼休みとか、偶然何かの行事で部活が休みだった時だけだ。

白鳥沢で一番活躍している部活なのだから仕方ない。そう思って耐えてきた。それが来年の1月まで続く覚悟もできていた。けれどあの日あの試合に負けた事で、その心配は不要になった。皮肉なものだなと思う。


「すっげ、おしゃれ」
「だね!写真撮ろー」
「女子だなあ」
「英太も入るんだよ」
「え。マジで」


英太の誕生日なんだから本人も写すに決まっている。英太はそういう写真をSNSに載せたり誰かに見られたりするのが好きでは無さそうだから、撮影した写真は自分だけのものにしておくつもりだけど。寮暮らしの英太と外で会える事自体が珍しいから記念にしたいし、何度見たって飽きない顔なのだ。


「誕生日おめでとう」


満足いくまで写真を撮ってからお祝いの言葉を告げると、英太は控えめに微笑んだ。


「……さんきゅー」
「もっと喜びなよ!奢りだよっ」


私が奢ることなんて滅多にないぞ!と言ってやると英太は笑いながら「ありがと」と言った。これまではこういう機会が少なかったから、私が彼に何かを奢るチャンスすら無かったから。

それを英太も思い出しているのか、ケーキに手をつけること無く、英太は私の顔とケーキとを見比べた。


「…こんなふうに、すみれと一緒に誕生日迎えるなんて不思議だな」


彼の顔からは喜びとも言える、悲しみとも言える色々な表情が見て取れる。そんなこと言われたら私、なんて返せばいいか分からない。


「それ、どういう意味?」
「えっと…」
「……嬉しくない?」
「嬉しいよ。当然」


それでも私が納得いかない顔をしていると、英太は何故私がこんな事を聞くのか理解したようだった。

せっかくの誕生日、ふたりとも時間を合わせて久しぶりのデートに来ているのに、英太が考えているのはあの日の事なのだ。もしもあの時勝っていれば、という、もう起こり得ない事。

恐らく英太は決勝に負けてから何度か私の前でこのような空気を出してしまい、その都度「しまった」と感じていると思う。


「…ごめんな」
「謝んなくていいよ」
「いや、腹立つだろ。腹立たねえのか?俺に」
「立ってるよ」
「ほら見ろ」
「でもそんなの、私が怒ったって意味ないよ…」


もう忘れろなどと簡単に言える事でもなく、すでに引退済みの英太に向かって気の利いた言葉なんて浮かばない。待っているしかないのだった。英太が自分で整理し終えるのを。


「…ほんとは今日だって、練習で忙しくて会えないはずだったんだよ」


誕生日、会えるか会えないかで揉めたのはつい一ヶ月前の事。練習が忙しいから多分無理、と言われてしまって私は少し機嫌を損ねたのだ、少しくらい会えるだろうと期待していたから。
しかしその約半月後、彼らが決勝戦に負けたことで誕生日の練習は無しになった。


「けど、練習のせいですみれに会えなかったら…それはそれで苛々してたんだと思う」


面倒くさいよなあ俺、と力なく笑う英太に私は笑い返せばいいのかどうか。
だって本当は応援していたんだもん、白鳥沢が春高に行くことを。私もあそこで観ていたんだもん、白鳥沢がそれを逃すのを。私達はあの瞬間をきっと忘れることは無いのだ。


「ごめんな、俺、こんなだけど」
「……いいよ…もう…言わないでよ、それ以上ここで言ったら怒る」
「泣く、の間違いじゃね?」


すでに思い出して泣きそうな私を笑いながら、自分が泣くのを堪えるようにしているのが見ていて苦しい。


「ありがとな。扱いにくいよな、俺」
「……すごく」
「ごめん」
「………」


謝られたって、たぶん、悪いのは私のほうである。
私がこんなふうだから、彼は思い切り泣けていないかも知れない。英太が英太が、と言うわりには私のほうが立ち直れていなかったりして。


「すみれももしかして引きずってる?俺たちが負けた事」


そして心優しい英太はそんな私を責めることなく気遣ってくれた。


「……悔しいもん」
「だよなあ」
「勝つって思ってたもん」
「俺も」
「だから、今日も会えない覚悟はできてたもん」


結果、こうして会えているけれど心の底から喜んでいいものか。頑張って盛り上げていた気持ちはすんと萎んでしまった。恋人の誕生日にこんなにテンションを下げてしまうなんて最悪だ。英太のほうが辛いであろう事を、本人の目の前で。
そのことに更に落ち込んでいると、英太はつられて落ち込むどころか小さく笑ったのだった。


「ほんといい子だな、お前」
「……」


英太は自分のケーキをひとくちぶんフォークですくうと、私の口元へ持ってきた。頼む時に「ひとくち交換しようね」と話していたから。こんな話をしながらケーキを「あーん」と持ってくるなんて英太らしいといえば英太らしい。


「これからいっぱい色んな事しよう」
「…ん」


そのケーキをぱくりと食べる私を見て、英太は「元気出た?」と首をかしげた。元気、出ないわけがない。


「俺ちゃんと吹っ切れるようにするし」
「うん……」
「今日こうやって過ごせてるのもすげえ幸せだよ」


私もだよと答えたいけど、私は元気と一緒に涙が溢れてしまったので言葉に出せないで居た。
そんな姿を見てやはり困ったように微笑む英太は、去年の誕生日に私があげたハンカチを取り出して、私にそれを差し出してくる。
これ使ってたんだ、と言うと「俺ハンカチそれしか持ってねえもん」といかにも男子らしい言葉が返ってきた。


「…次はクリスマスだよ」
「分かってる」


去年のクリスマスは一瞬だけ会って終わりだった、もちろんデートもしていない。プレゼント交換だってしていない、去年の彼は私へのプレゼントを用意する暇など無かったのだ。


「年越しも」
「ああ、それも去年無理だったもんな…」
「バレンタインも!」
「それもだ」


これまで出来なかった事を全部一気にやりたいと、私は次から次にイベントを挙げた。英太は私が言ったことを全部、うん、そうだな、それもいいな、と聞いてくれた。これが前までは、多分な、無理かも、出来たらな、だったのに。


「毎年ちゃんと、全部やろう」


きっと英太も私もあの時負けてしまったことを、落ちてしまった気持ちを一気に立て直すのは無理なのだ。どうにかして代わりになりそうな幸せな事を探し、無理やり埋めていくしかない。

いつかそれがいっぱいになったとしても、それから先も一緒に幸せを探し続けられるような関係になりますように。って、英太の誕生日に私が願うような事では無いんだけど。
大体同じようなことを考えてくれているだろうから、優しい英太は許してくれるはず。

Happy Birthday 1111