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珍しくウダウダしている太一を白石さんとのデートに追い出した日、夕方になると太一はきちんと寮に戻ってきて部活に参加していた。
見たところ顔はいつもと変わらない。が、隠しきれないオーラが放たれているようだった。


「うまくいったわけね」


着替えながら声をかけると「何故気付かれた」とでも言いたげだったが、普段感情の浮き沈みを表に出さない太一が嬉しそうにしているんだから嫌でも分かる。本人は練習が終わってから話してくれるつもりだったらしいが、今から3時間も4時間も待てるわけがない。俺が送り出したんだからさっさと報告しろ。


「まあお陰様で…」
「俺とナナコのな」
「ナナコ様様」
「よかったじゃん。俺は上手くいくと思ってたよ」
「またまた」


またまた、って何がだよ。
何度かは迷惑過ぎるアピールをしていたと思うが、白石さんが川西太一を意識している事に間違いは無かった。いい意味でも悪い意味でも、意識さえして貰えればそれを良い方向へ自分で持っていけるのが太一の羨ましいところである。本人は気付いていないようだしムカつくから言わないけど。

それにハヤシの事を好きなんじゃないかと最初は思ったものの、見たところ必要以上に距離が近いわけでは無かった。太一とナナコのようなものだ(時々二人の仲の良さに苛々させられるけど、この二人が盛り上がるのはたいてい俺の話題だから我慢出来ている)。
だからハヤシの事は好きではない、と聞いた時にはほぼほぼ確信した。太一、いけるんじゃないか?と。





週明けの朝、教室に入ると白石さんに手招きされた。もしやさっそく太一が何かやらかしたのか。


「おはよ」
「おはよう…えーと…聞いた?」
「……川西の事?」
「う、うん」


白石さんは周りを気にしながら小声になった。まだ太一とそういう仲になった事は友人にも話していないのだろうか、それともやっぱり太一に気に入らないところがあるのか。


「付き合い始めたってのは聞いたけど。あ、あいつにウザイところがあるなら言っとくよ」
「いやいや、違ッ、違う」


どうやらそれは違うらしい。とりあえず良かったけれど白石さんは浮かない様子で、太一本人には言いづらいからと小声で話を続けた。


「…私、まだ川西くんのこと好きかどうか分からないの」


成程、確かに本人には言えない内容だ。だからと言って太一と交流の深い俺に相談してくるのもなかなかのもんだけど…それでも女友達へ相談されるよりはマシか、女子の間で広まる噂ほど恐ろしいものは無い。


「川西くんが御守りくれたのも、色々気にしてくれたのもすごく嬉しかったけど…」


白石さんは空いている前の椅子に座った。
プレゼントの御守りは「嬉しい」の部類に入っていたらしい。クリスマスの夜、太一からは「笑顔で受け取ってくれた」と聞いていたし安心した。期末テスト前の貴重な時間を割いた甲斐があったなと。
しかし、白石さんは単に太一の気持ちが嬉しいわけでは無いようだ。


「…こんな中途半端な気持ちで付き合っていいのか分かんなくて」
「へえ……」


真面目な白石さんらしいと言えば白石さんらしい。彼女がここまで考えて悩んでくれていることに太一は感謝するべきだろう。
が、俺も一応は川西太一の友人だ。白石さんと太一との仲が上手く行けばいいなと思うし、協力する義務がある。ここはひとつ聴き込み調査でもしてやるか。


「川西の事、嫌い?」
「え!?いや、嫌いじゃない」
「ウザイ?」
「うざくないよ」
「連絡してくんなって思う?」
「ぜんぜん…」
「ならよかった」


よかったな、嫌いじゃないってよ、と隣のクラスの太一に念を送る。最初から太一が白石さんに嫌われているなんて思ってはいないが。引かれてるかなとは思ったけど。

でも太一が女の子に嫌われる理由なんて何一つ思い浮かばないので(白石さんへのアプローチに関しては少し強引だなと思ったけど)、ここから更にマイナスになる事は無いだろうと思えた。


「川西も、白石さんにまだ100パーセント好かれてるとは思ってないと思うよ」
「…そうなのかな…」
「それでもいいから付き合いたかったみたい」
「……」


強引さと繊細さを絶妙に使い分ける太一の事だから、付き合い始めてからも無理なお願いはしていないはずだ。今はまだ白石さんの気持ちを伺っている状態で、完璧に好きになってもらうための準備期間というか。
太一のいい所は、自分の気持ちを伝えるのは強引だけれども白石さんからのリターンを強要しないところだ。俺に太一ほどの器量があればナナコとぎくしゃくする事も無かったのかなぁなんて、今でも時々考えてしまう。


「それだけ好きなんだろうな、白石さんの事」


だから俺はあまり太一の心配はしていない。太一なら白石さんを大事にするんだろうなと思えるからだ。
白石さんは小さく頷くと、ちょうど彼女の座った席のやつが駆け足で教室に入ってきたので立ち上がった。タイミングよく予鈴が鳴り、椅子を引く音でがやがやし始める。


「まあ川西にウザイとこあったら教えて。俺から言っとくし」


教室内のがやがやに混ざって最後にこう伝えると、白石さんは「ないよそんなの」と答えて自席に戻っていった。
そこではっきり「ない」と答えられるなら、俺が出る幕なんて無いんじゃないか?





「白石さんとどうなの」


その日の放課後、教室を出て太一と合流するや否や太一に直球で質問した。昼休みはナナコが居たから聞きづらかったのだ。白石さん的には同じ女子に聞かれるのは嫌だろうなと思ったから。これまでは太一ひとりの問題だったから良かったが。


「…どうって、まだ付き合って3日目ですけど」
「だからその3日間で何か変化あったのかって聞いてんの」
「えー…」


太一への気持ちに悩む白石さんが、それを太一に向けて発信しているのか。太一は言われなくても白石さんがまだ自分のことを本心から好きではないと気付いていそうだけど。


「…ないよ。そもそもクラス違うし元々話す機会は多くなかったから」
「メールは?」
「してるよ」
「へえ、返事くるんだ」
「ええ、来てますけど」


返事は来るのか、それならいい。今朝白石さんから受けた相談から考えても彼女は前向きだ。
なにか白石さんの心をつかむ決定的な出来事でもあればいいんだが、何も浮かばない。練習を見に来られたって、監督にしごかれているところを見せてしまうだけだ。練習試合でもあれば別なのだが。


「…何?白石さんと何か話でもしたの?」


俺が白石さんの話を出したことで太一は勘づいた。隠す事でもないので俺も素直に頷くと「ふーん、賢二郎って女子と話とかするんだ」と顔を逸らす。こいつ俺に嫉妬してるのかよ。


「まあ同じクラスだし」
「嘘、もしかして俺の事?」
「どうだろな」


俺は別に白石さんの事をなんとも思っていないけど、ぼんやりとした答えに留めておいた。太一が「なにそれ、え、なに話したの」と俺の脇腹を小突いてくるのが面白くて。
こいつ、澄ました顔して一丁前に妬いたりするのか。これは今夜ナナコに報告してやろう。

不毛な苦悩はジャムにして