08練習試合終了。
驚いた事に木兎さんは一度もしょぼくれる事なく3セットを戦い抜いてくれ、勝利する事ができた。
なぜ練習試合でこんなにもコンディションが良く本番では不安定なのか悔やまれるが、少なくとも白石さんに格好悪い試合を見せなくて済んだので感謝の意を表する。
「あー疲れた…」
ギャラリーが見に来ているのにダルそうな表情を隠そうともしない音駒のセッターは、重そうな足取りで近づいてきて形だけの握手を交わした。
「灰羽ってやつ凄いね。前も何かスポーツやってた?」
「さあ?あんまり興味ないから知らない」
「…あ、そう」
「リエーフの事は探り入れても無駄だよ。素直だけど馬鹿だから」
くそ。ばれてたか。
しかし、素直で馬鹿なのが一番厄介なんだよなあ木兎さんみたいな。
孤爪研磨はかすかに口角を上げると、音駒の部員のほうへと戻っていった。むかつく。
それなら本人に聞いてみるかと灰羽の姿を探すと、高身長美人のところに居た。つまりは白石さんの近く。
そしてそこには灰羽だけでなく何名かの部員たち(梟谷、音駒問わず)が集まっている。
狙いは白石さんではなく高身長美人のようだが、本当に運動部の男ときたらこれだから困る。
「えー!リエーフのお姉さん!?」
「弟がお世話になってます!」
「姉ちゃんも背ぇ高いなあ」
どうやら彼女は灰羽の姉だったらしい、そう言えばなんとなく似ているし髪や肌の色も同じだ。
そしてその横に立つ白石さんがとても小さく見える。白人との違いに怖気づいた白石さんは少しずつその姉弟から遠ざかっていた。
「今日は来てよかったあ!お友達も出来ちゃった」
「え、だれだれ?」
「すみれちゃーん!あれ?すみれちゃ〜ん」
「うッ…はい」
ぎくりと肩を揺らせた白石さんが振り返ると、その腕を引っ張ってお姉さんがみんなに紹介した。
「梟谷のすみれちゃん!すんごいカワイーの!良い子だし!君たち手ぇ出すなら私を通してからにしてよね!」
お姉さんは白石さんをぎゅうっと抱きしめて男子たちを見渡した。灰羽は姉の胸の中におさまる白石さんを見て目を丸くする。
「うおー!小っちゃくて可愛い」
「うわ、わぁ」
「リエーフのお嫁さんに貰ってあげよッかな?」
「そしたら子供はクォーターかぁ」
「ちょっと…」
突っ込みたいところは沢山ある。
第一に、白石さんは特別小さなわけではない。そのへんの女の子の平均身長はあるはずだ。
第二に、結婚相手を姉に決めてもらう男ってどうなのか。
第三に!!!白石さんは俺の想い人である。
「アリサさん、私まだそんな結婚とか」
「冗談冗談!かわいぃぃ」
お姉さんに可愛がられるのは一向に構わないが、他の誰かと結婚だの、他の誰かに可愛いだの言われるところなんて気分が悪くて見たくない。早くこの野蛮な男どもを引き離さなくては。
「…ちょっと皆さん片付けが先ですよ」
「ハイみんな!うちの副主将の言う事聞いて!」
「そこ強調しなくていいです。」
「あかーし、今日も何か食いに行く?」
「今日は予定があるんで」
こういう時は副主将の権力に感謝する。
それぞれ皆は散らばって、コートの撤収や掃除を始めた。今日は大切な予定があるんだからさっさと片付けて解散しなければ。
片付けの最中、白石さんは灰羽のお姉さんと端のほうで座って喋っていた。今日は制服とは違うスカートで、おしとやかに座っている。
白石さんは前述の通りいつもにこにこしていて、ゆるりとした空気の流れる、少し子供っぽい柔らかい子だと思っていた。
だから今まで彼女を「おしとやか」とか「清楚」とは少し違うと思っていたが、今日はその言葉がぴったり似合う感じだった。
既にこんなに惚れているのに、ここから更に魅力が増えるのか?身が持たない。
「赤葦、今日はアリガトな」
「こちらこそ」
「だから黒尾!主将は俺!」
「うるせー木兎さっさとBLEACH返せや!」
「おお忘れてたスマン!」
試合中は真剣勝負、試合が終わればこの調子で、午前の練習試合は幕を閉じた。
◇
音駒の人たちはバスに乗って帰って行き(お姉さんも何故か同じバスで帰って行った)こちらは部室に戻って着替えをする。
そこでまずLINEを確認すると、ちゃんと来ていた。
『体育館の横にいます』
体育館の横で、白石さんが俺の事を待っている。
なるべく嬉しそうな顔をしないように、平静を保ってこの部屋から出る事に専念する。
木兎さんは試合中のテンションのまま騒いでいたので、気づかれないように「お先です」と小声で呟き、扉を閉めてダッシュした。
「あ、赤葦くん」
「ごめん待ったよね」
「だいじょぶ」
白石さんは立ち上がり、お尻をぽんぽんと叩いて払った。
そのせいで膝より少し長いスカートがひらりと揺れる。擦り傷だらけの白い脚がのぞく。やっぱりまだ傷は残ってるんだよなあ。
「赤葦くん」
「何?」
その痛々しい膝から視線を上げると、白石さんがまさに本題を話すべく真剣な顔をしていた。
「私、チアリーディング辞めようかと思う」
「………」
その時の俺の顔は、驚きで目も口も鼻の穴も何もかも開いていたと思う。
しんどいって言ってたから彼女の中には「辞める」という選択肢もあると思っていたし、もしかしたら辞めるかもなと思っていた。でも本人の口から聞くと、やはりびっくりした。
「そう…」
「ほんとはずっと考えてたけど、心のどこかでいつか私もって思って、結局ダラダラ続けてただけなんだ」
「そんな風に言っちゃ駄目だよ」
少なくとも毎日のあの練習は、だらだらやっているとは微塵も感じられなかった。周りの目なんか気にせずに、臆面もなく足掻いていたんだ。
「俺は白石さんが中途半端に続けてたなんて思わない」
「……でも、自分が選ばれなくて辛いからってそこで辞めるの、どう思う?」
それには上手く答える事が出来なかった。
俺の薄い人生の中では、そんな悩みにぶち当たった事が無い。
運動が苦手である事を理由にチャレンジを辞めることなく、どんなに格好悪くても陰で練習を続け、その結果なにも実らなかった人に向けて、何と声をかけるのが正解なんだ?
「…なにか、食べにいく?」
情けない事に、やっと出てきた言葉はこれだった。
08.野蛮な男ども