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ここ数か月難しい顔をしている川西太一は今日、いちだんと表情が読み取り辛い。嬉しそうかと思えば思いつめたような顔をして気持ちが悪いのであまり傍に居たくなかったけど、どうしても話したい事があるというので太一の部屋に来ているのだった。


「で、何」
「うん…まあお茶でも」


とか言いながら太一はお茶など出さずに缶ジュースを渡してきた。正月に実家の親から持たされたらしい。


「白石さんの事?」


どうせそうなんだろうとは分かっているけど念の為聞いてみると、太一はうんと頷いた。
サッカー部は昨日の二回戦で負けてしまい既に宮城へ帰ってきている、そこまでは知っている。グラウンドから声が聞こえて来たから、早くも次のステップへ進もうと練習再開している事も知っている。だが白石さんと太一がどうなっているのかは分からなかった。


「ハヤシの事は好きじゃないって」
「は?」
「白石さん、ハヤシが好きなんだと思ってたけど。違うんだってさ」


ぷしゅ、と缶を開けながら太一が言った。そのままごくりとひと口飲んでふうと息をつく。
白石さんとハヤシとの間には何も無かった。心配事が消えたというのに太一は普段どおりの、むしろ普段よりも低いテンションだ。


「…それって朗報のつもりで言ってる?」
「一応」
「そのわりには顔が暗いけど」


太一の様子を伺いながら、俺も与えられた缶を開けた。


「負けたの、結構落ち込んでたから」


大きな身体の男は俺の目の前で、この世の終わりみたいな顔をしていた。
白石さんがサッカー部の全国制覇に向けて頑張っていたことは俺も知っている。高校生活の二年間をそれに費やしてきたのだから。やっと出場できた全国大会の、二回戦で負けて落ち込むのは当然だ。


「…負けて落ち込まないやつなんて居ないだろ。頭おかしいよ、そんなやつ」
「ん〜確かに」


でも太一の悩みは「白石さんが落ち込んでいる」事への心配というわけでは無いらしい。それについてはいずれ、時間が解決してくれるのを身をもって知っているからだと思う。


「だから声かけにくいってか?」


白石さんが落ち込んでいる事で川西太一が悶々としているのは、きっとこれだろう。そう思って聞いてみると太一はやっぱり頷いた。


「…まあ、そう。だな」
「へえ…」


今まで太一は保健室で、または体育館横のトイレで、所構わず白石さんへのアタックを続けていた。さすがに年末は控えていたけれども、あれほど仲良くなりたい、近づきたいと望んでいた太一が「声をかけにくい」などと思っているとは。


「…なに?」


黙りこくる俺を見て太一が不安げに言った。


「いや、べつに。太一ってもう少し他人の気持ち無視する人間だと思ってたから」
「ひどくないですかソレ」
「けど、違ったんだな」


珍しく感心してしまったのだが、太一は俺に褒められている事に気付かず「失礼だな」と口を尖らせていた。





休み明けでも関係なく、普段どおりのロードワークを終えた俺たちは普段どおりにサッカーグラウンドの横を通っていた。
そこではやはり普段どおりに練習に打ち込む部員の姿があり、けれども数日前まで東京で全国の強豪と試合をしていたその緊張感を忘れないようにと、以前よりも気合が入っているかに見える。


「誰かに用?」
「!」


太一と並んで練習を見ていると声をかけてきたのはハヤシであった。
少なくとも俺は誰かに用事があった訳では無い。太一はもしかしたら、白石さんに会いたかったかも知れないけど。


「……おお。お疲れ」
「お疲れ」


俺たちは互いに挨拶を交わした。しばらくの沈黙。ハヤシはサッカー部のエースだ。そしてナナコの元恋人であり、俺と一悶着あった人物。


「帰ってくんの早えーなーって思ってる?」


帰ってくんの早えな、つまり「お前らもう負けたのかよって思ってる?」、という事だ。やや自虐気味に言ったハヤシは、俺に向けて放った過去の言動について詫びているかに見えた。思ってないよ、と答えると彼はやはり自虐するように鼻で笑った。


「…あれ、さっさと外して欲しいよな」
「………」


ハヤシが見上げたのは校舎にかけられた垂れ幕だ。大きな文字で「祝・サッカー部全国大会初出場」と書かれているあれを見るのはさぞかし辛いだろうと思えた。


「…サッカーの試合、テレビで観た。ハイライトだったけど。すげえなって思ったよ」
「二回戦敗退だけどな」
「バレー部は前回のインハイ、一回戦負けだぞ。俺のせいで」


バレーボール部インターハイ出場おめでとう、と書かれた横断幕を裏切るかのような自分のプレーを思い出すのは辛い事だ。ハヤシに過去、「お前のせいで負けたんだって?」と言われたことも腹は立ったけど事実だし。

ハヤシも恐らくその時のことを思い出していた。校舎に横断幕まで下げられたくせに、と言った過去の自分の事を。
彼が何かを言おうと口を開いたとき、今から何を言われるのかすぐに予測できた。


「ゴメン。」


そして予想通りの言葉が聞こえてきたので肩を落とした、今更そんなの怒っていないから。


「いいよべつに」
「悪かった」
「いいって」
「マジでごめん」
「うるせえ」
「ほんっとにゴメン」
「あーもう!いいって言ってんだろ今度こそ殴るぞ」


そこまで言ってようやく太一が「おいおい」と止めに入り、この話は無かったことになった。それまで一瞬太一の存在を忘れていたのだが、割り込んでくれたお陰で俺の頭にひとつの案が浮かぶ。


「…サッカー部ってオフの日とかあんの?」


ハヤシに向かって聞いてみると、何故そんな事を聞くのが不思議そうにしつつも彼は頷いた。


「ああ、まあ。バレー部よりは」
「ふうん…」


確かにバレー部は白鳥沢で一番の有力な運動部だ。野球やサッカーよりも。
サッカー部にオフの日があり、それがバレー部のオフと重なれば、もしかして太一と白石さんをくっつける事が出来るのではないか。


「ちなみに次の休みっていつ」
「ちょ、賢二郎どうした?」
「お前は黙ってろ」
「え」
「次か…入試の日は休みって言ってたけど」


頬をかきながらハヤシが言った。入試の日はサッカー部の部活が無いらしい。
太一は俺の質問の意味を理解できないまま横に突っ立っていたけど、とりあえずハヤシに礼を言ってその場を去ることとした。





「入試の日、休みかあ…いいなあ」


未だに理解していない太一はサッカー部のオフを羨ましがっていた。
俺は休みだからってそこまで羨ましくはない(部活中もナナコに会えているし)が、太一はどうやら情報を聞き漏らしているらしい。今朝、監督から言われた練習スケジュールを。


「俺たちもだぞ。夕方まで休み」
「え!?」


やはり聞いていなかったようだ。白鳥沢を受験する生徒は年々増えている、入試をしている最中は部活動を制限されているので、バレー部もその日は昼間の部活が無い。そして先ほどハヤシに聞いたとおり、サッカー部も。


「誘えよ。白石さんを」


太一が白石さんを誘うことが出来る最も近い日程は、白鳥沢の入試の時。遠くなればなるほど太一は行動に移すのを躊躇うだろう。さっさと告白しろ、真っ向から堂々と。

懐旧邂逅