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年末年始の休みなんてたったの数日間で、実家に戻っても親戚の家に行ったり親戚が来たりするから心の休まる暇は無い。
久しぶりに祖父母や従兄弟に会えるのは嬉しいけど姉ちゃんは「賢二郎くんはカノジョと上手くいってる?」と言う話ばかりで、俺が大絶賛片想いで悩んでいる事なんて気にも留めてくれない。ちょっかいを出されるのは嫌だから別に良いんだけどさ。

そんな慌ただしい大みそか・元日が終わり、1月2日に俺は姉ちゃんの車で白鳥沢の寮へ送ってもらう事になった。


「春休みは帰ってくんの?」
「うん、たぶん…分かんね」
「忙しいねえ。賢二郎くんさ、カノジョとデートする暇もなくて大変なんじゃない?」


また賢二郎の話だ。姉ちゃんはナナコと賢二郎が上手くいってないときに、丁度この車に俺と賢二郎を乗せた事がある。その後俺が賢二郎の恋愛事情を姉ちゃんに相談し、無事にナナコとの寄りが戻った事も報告したので気になっているらしい。


「大丈夫だよ賢二郎は。なんか前より丸くなってるし」
「いいねえ、良いカノジョなんだね」
「うん。」
「太一は良い子いないの?」


やっと俺の話になった。興味を持たれたら持たれたで恥ずかしい。高校2年にもなって自分の姉に恋愛相談なんて真顔で出来るわけがない。


「俺は別にそういうのは」
「あっ!ちょっと静かに」


突然姉ちゃんが叫んだ。話しづらい恋愛の話題を断ち切ってくれたので有り難いが、なんと運転中なのにカーナビ画面のニュースに釘付だ。


「ちょ、姉ちゃん?運転に集中してよ」
「太一これ観て!ほら!」


カーナビを顎で指した姉ちゃんの顔がきちんと進行方向を向いているのを確認して、俺もカーナビを観た。
俺はニュースに気付いた姉ちゃんに感謝した。なんと高校サッカーのニュースをしているではないか。


「白鳥沢出てるじゃんサッカー!」
「おお」
「どう?勝ってる?」
「ちょい待ち…」


白鳥沢学園のサッカー部は、今日が全国大会の2回戦だったのだ。親戚の相手をあれこれしていて忘れてしまっていた。
しばらく試合のハイライトが流れて、白鳥沢以外の学校のゴールシーンなどが映る。なかなか試合結果を流してくれないニュースだったがその後『本日の結果』として勝敗が映し出された。
白鳥沢は、2回戦敗退であった。





寮に着いたのは夕方で、練習は明日からなのでちらほらと寮に戻ってくる生徒を見かけた。
体育館自体は使えるようだから今朝から自主練するやつも居ると聞いたっけ。俺も親戚に気を遣って回るよりは練習していたかったなぁ、「また背が伸びた?」「こないだの決勝観たよ」なんて言われるごとに愛想笑いを返すしかないし。

あの決勝に勝っていれば年末年始は実家に帰ることなんかなく、今だって既に東京に居たはずなのになぁと、おさまったはずの悔しさがぶり返す。


「あ、賢二郎あけおめ」
「おめでとう」


一足先に戻ってきていた賢二郎と寮の廊下で出くわした。白布賢二郎は「あけましておめでとう」や「メリークリスマス」を略さないタイプの男なのである。

部屋に荷物だけ突っ込んで賢二郎とともに談話室に向かうと、しっかりとテレビがついていた。流れているのは先ほど車で観たのとは別のニュース番組で、春高バレーの開会式の様子や高校サッカーの内容が流れている。ああ、観たくない。けれども気になる。
賢二郎も同じ気持ちのようで、なにやら眉をしかめて画面を見るかどうか迷っているようだった。


「烏野は?」


俺が尋ねると賢二郎は試合結果をすでに知っているらしく、テレビ画面を見ずに答えた。


「勝った」
「へえぇぇ…」
「優勝してもらわないと困るけど。ユース様が居るんだからな」


苦々しい顔だなあ、1年セッターがユース合宿に呼ばれたことが悔しいんだろうな。
でも今のやり方で試合に出れば賢二郎がユース合宿に呼ばれる事は無い。分かっているけど白布賢二郎の中では自分がユースに選ばれるよりも白鳥沢の勝利なのだ、そういう男だから俺はこいつが好き。


「烏野、次の相手どこだっけ?」
「稲荷崎………」
「ひー」
「俺あそこ無理なんだよな」
「ああ、アツムだろ?」
「全員無理。」


賢二郎は鼻の穴を大きく開いて不快な顔をしてみせた。インターハイで見かけた稲荷崎高校は強豪オーラをぷんぷんにおわせていたな、しかもセッターは同級生の宮侑。賢二郎とは一生腹をわる事が出来なさそうな男だった。しかも、侑もユース合宿に呼ばれていたのだとか?

気づけばニュースでは春高バレーの話題が終了し、全国高校サッカー選手権の内容に切り替わっていた。俺は車の中で聞いた試合の結果を思い出し、賢二郎に教えようとした時にちょうど画面に結果が映し出された。


「…サッカー、負けたんだ」


ぽつりと呟く賢二郎の気持ちは読み取れなかった。残念だったなと悲しんでいるのか、自分が負けた時と照らし合わせているのか。
これだけ練習してきて優勝せずに負けるのって、耐えられないよなあ。





翌日からバレー部は練習が開始された。監督もここ最近は年末年始の休みをゆっくり取っていなかったのか、2日まではみっちり家族サービスだったらしい。毎年春高に出ていたから仕方ないよな、今回負けちゃったけど。

ここ数日を実家でだらだら過ごしてしまった俺は少々身体が辛くなり、休憩になると体育館の外に出た。休みボケしているせいか監督の怒号を聞くのが嫌で。まあ、いつも嫌なのだが。自分で言うのもなんだけど俺は温厚な性格だから。


「あ」
「……あ」


体育館のまわりを歩いていると、まさか今日居るとは思わなかった人物と遭遇した。
白石さんがジャージを着て現れたのだ。


「…おかえり」
「ただいま」


おかえり、は俺の台詞。
ただいま、は彼女の台詞だ。

白石さんは挨拶のあと顔を伏せていたので声をかけたかったけど、なんと言えば良いのだろう。つい昨日、試合に負けてしまった部活の人に。


「せっかく御守り貰ったのに、ごめんね」


先に白石さんが言った。一番話題にしたくないであろう事を。


「謝ることないよ。戻ってすぐ練習再開するなんて凄いな」
「バレー部もそうでしょう」
「………まあ…」


自分が負けた時、誰かに慰められたり気を遣われたりするのはとても嫌だった。今でも「決勝惜しかったな」などと言われるとどうしようもない気分になる。それを分かっているのに俺は、白石さんに向かって「凄いな」なんて神経を疑われるかも知れない。
でも初めてこちら側の立場になって分かったのだ。目標としてきたものの前で道を絶たれた時に何と言えばいいのかなんて、正解は無いのだと。


「…答え、待たせてごめん」


白石さんはまたも謝った。答えって何の答えだろうかと考えていると、言いづらそうに彼女は続けた。


「あの…このあいだの…やつ」


このあいだの、俺の、告白だ。トイレで吐いていた白石さんに言ってしまった「好き」という単語のこと。


「…いや…」
「あの時は…あの…体調悪かったのもあるけど、正直そういうこと考える余裕がなくて」
「分かってる」


あんな時に言ってしまった俺がいけなかったんだ。サッカーの大会が全て終わってから伝えれば良かった。…例えあの時言わなかったとしてもクリスマスに、御守りを渡す時に言ってしまったかも知れないが。


「けど、答えにくかったらいいよ。白石さんはハヤシの事が…好き?なんだろうし」


サッカーグラウンドの横を通るたび、白石さんはてきぱきと仕事をする合間にハヤシと談笑していたり、仲良さそうに背中を叩きあったりしていた。バレー部の俺がそこに入り込む隙なんて無いのかもしれない。


「…ハヤシ?ハヤシマコトのこと?」
「うん」
「………」


白石さんは口元に手を当てて深く考え込んでいた。俺、また反応に困る事を言ってしまっただろうか。やがて白石さんは首をかしげながら言った。


「勘違いされるの嫌だから言うけど、私、マコトくんのことは好きじゃないよ」


目が点になるって聞いたことがあるか?俺はある。自分の目が点になったのは賢二郎がナナコと別れた、なんて言い出した半年前のあの時が最後だ。いま久しぶりに俺の目は点になった。元々目が小さいのを差し引いても、だ。


「…え!?」
「チームメイトとしては好きだし尊敬できるけど、そういうのじゃないから」


白石さんは至って冷静に説明してくれたが俺の頭はパニックだ。
白石さん、ハヤシの事が好きなんじゃなかったのか?賢二郎は「まだ確信は持てない」と言っていたけど、マネージャーが同じ部活のエースに惚れるなんて運動部あるあるだと思うし、仲が良さそうだったし、ファーストネームで呼んでるし。


「うそ…俺…てっきり」
「てっきり、そう思ってた?」
「うん」


俺が頷くと白石さんは吹き出した。あれ、笑われてる。本当に違ったのか?白石さんはハヤシの事を好きではないのか?


「川西くんって凄い人だよね」
「え、どのあたり」
「私に好きな人が居るのとか関係なく、告白してくるんだもん」
「……俺まさか馬鹿にされてる?」
「半分」


ひととおり笑った後、白石さんはふうと息を吐いた。そしてすっきりとした表情から一変し、思い出したくはない瞬間を頭に浮かべているかのように瞳から光が消える。


「…ちゃんと返事するから。今日は…試合のことで頭いっぱいなの」


つい昨日、白鳥沢学園サッカー部は全国大会出場を果たしたものの二回戦で敗北した。
もちろん俺は頷いた。昨日の今日でこんなの立ち直れるとは思えない。俺もあの試合に負けた日はそうだったから。

ないものねだりの転結