昼休みのお供が食堂の定食から購買のパンやおにぎりに変わったのはいつからだろう。同級生と同じ机にトレーを並べて部活や宿題の話をする毎日だったのに、ある時それは一変した。
昼休み、屋上に現れるひとりの女子生徒の存在を知った時からだ。


「あ、こんにちは」
「おー」


彼女の名前は白石すみれ、一つ下の学年である。俺は他学年の知り合いはバレー部にしか居なかったし出会う機会も無かったのに、白石さんと偶然会ったのは先月の昼休みのこと。
その日は昼休み前にバレー部のミーティングが行われて、すぐに終わったはいいものの食堂に着くと席が埋まっていたのだった。仕方なく購買の残り物で腹を満たそうとした俺たちはパンを買い占めて屋上に向かい、その時に出会ったのがこの女の子。


「良く見える?」
「今日は…そうですね…いい感じです」


彼女が覗いていたのは天体望遠鏡、こんな真っ昼間にそんなもので空を見て一体何をしているのかと最初は思った。
夜空に光る星座や月を見るならば俺だって分かる。しかし白石さんが見ているのは太陽、星は星でも地球から最も近い恒星だった。


「見てみますか?」
「うん」


肉眼ではなかなか直視できないあれを「星」だと認識するのは慣れなかったけど、白石さんが昼休みのたびに太陽観測をしているおかげで俺も少しだけ興味を持ったのだ。

天文部の白石さんと出会ってから1ヶ月ほど経ち、毎日ここに通っている間に白石さんとだんだん会話をするようになった。夏だというのに彼女は額の汗を拭いながら、手を伸ばせば確かにそこに存在する星のきらめきをわざわざ小さな穴の中から覗いているのだ。

そして、ついに先週その天体望遠鏡を覗くことを許された。それからは毎回覗かせてもらって彼女の説明を聞きながら太陽を眺める、それが昼休みのルーチンになっていた。


「どうですか?」


俺が小さな穴から顔を離すと、白石さんが感想を求めてきた。


「…きれーだな」
「ですよね」


どうして彼女は夜空の星ではなく、昼間に昇る太陽に興味を持ったのか。
それは単純に太陽が自ら光を放つ星だから、という事らしい。しかし宇宙には数え切れないほどの恒星があって、太陽の1000倍を超えるものもあるとか。
何万光年も彼方の話をする白石さんに神秘的なものを感じてしまった俺は、昼休みになると決まって屋上に来るようになったのだ。


「瀬見先輩、最近はお友だちと食べないんですか?」
「へ?」
「初めての時は、たくさん居たから」


白石さんの言う通り初めてここに来て彼女に出会った時は、他のバレー部員が一緒であった。購買のパンを抱えて数名で屋上のドアを開けた時、突然見慣れない天体望遠鏡があったもんだから天童も騒いでいたのを覚えている。

しかし、この屋上に足繁く通っているのは俺だけだ。なぜ俺がたったひとりで屋上に来て、ひとりで昼食をとるのか、白石さんは分からないらしい。


「…あー、うん。俺は外のほうが気分転換になるかなって、思って」
「暑くないですか?」
「んー、うん…暑いの好きだから」


そのように答えると白石さんは珍しそうに目を丸くしたけど、またすぐに小さな筒の中を覗き込んだ。
白石さんは太陽黒点を観察している。6000度を超える炎の中に何ヶ所か、温度の低い場所が存在する。その大きさや場所、周期を記録しているのだそうだ。ちなみに白石さんの将来の夢はプラネタリウムの職員だと話してくれた。


「…はい!終わりました」
「おお、お疲れ」


温度が低い、と言っても3000度は超えるであろう太陽黒点の位置を記録すると、白石さんは望遠鏡を外し三脚を慣れた手つきで折りたたんだ。

いつも白石さんはすぐに太陽観測を終えて望遠鏡を担ぎ、この屋上から居なくなってしまう。だから俺が会話をすることが出来るのはほんの限られた時間で、最初はそれでもいいかなと思っていたのに彼女の目はいつも太陽しか見ていない。

決して観測の邪魔をしたいわけではない。けれども、作業が終わったのならもう少しゆっくりすればいいのにと思ってしまうのだ。初めて会ってからすでに1ヶ月、どうにかあと少しの何かを共有できないものかと欲張ってしまうのだ。


「白石さんは、屋上で食べねーの?」
「……え、」


白石さんは再び目を丸くした。


「いや、太陽が好きなのに、昼ごはんは屋内で食べるのかなって…」
「へ…だって暑いじゃないですか」
「……お、おう」
「日に焼けちゃうし」


あまりに当たり前の理由を言われてしまいそれ以上何も言えなくなる。
少し涼しくなってきたとはいえ、このように晴れている日の昼休みに屋上で過ごすなんて女子にとっては良い事なしだ。白石さんも例に漏れず日焼けは嫌なようで、少し重そうな天体望遠鏡を小脇に抱えた。


「じゃあ先輩、熱中症に気を付けて」


こんな場所で、太陽が最も高く昇っているこんな時間に屋上で過ごすなんて変な男だと思われるだろう。俺がここに来る目的は白石さんが去るのと同時に終わってしまうというのに、


「なあ、あのさ」
「はい?」


今日は何だかその目的を簡単には終わらせたくなくて、去り際の白石さんを呼び止める。重いものを持っているのに申し訳ないとは思いながら。


「俺、暑いのは別に…好きじゃないんだけど」
「……?」


何とかして伝わらないかなと、浮かんだ台詞を投げてみるけど白石さんは首を傾げるのみだった。だからと言って言いたいことをそのまま言う度胸は無く、意味もなく身振り手振りをしながら訴えてみるけど彼女は立ち止まったまま。


「だから、えー…暑いのが好きだから屋上に来てるわけじゃなくって」
「気分転換ですよね?」
「そ、そうそう気分転換で」


適当に「外のほうが気分転換になる」と言ってしまった先ほどの自分を恨む。うまく誘導されてしまい、その誘導に乗ってしまった今の自分も叱咤したい。


「ゆっくりしてください!じゃあまた」


白石さんはにこりと笑い、慣れた様子で天体望遠鏡を抱えて屋上を後にした。

残された俺は照りつける太陽の下、たったひとりで後悔の念と戦いながら昼食をとるはめになるのだ。直射日光なんて好きじゃない。暑いのなんて苦手である。昼休みの残りをひとりで過ごすなんて御免だ。それなのにこの1ヶ月、雨の日以外はこんなことが続くせいで慣れてしまったけど。


「…あっちいんだよ、くそ」


吐き捨てながらごろりと寝転がると眩しい太陽が目に入る、この世にあれを超える大きさの炎の塊があるなんて信じられない。目を閉じても主張し続ける光が、まぶたの裏に焼き付いた白石さんの姿を眩ませた。

早くしなければ俺は、昼休みに誰にも見られることなく太陽光に焼かれて死んでしまう。あるいはこのまま秋を超えて冬になり、ひとり寂しく凍え死んでしまうだろう。その前にこんな茶番劇は終わらせなければ。

空に向かってたったの一言、白石さんに言いたいことを呟いてみても、太陽は何も言わずに俺を見ているのみだった。この屋上で誰にも聞かれず練習してきたこの台詞、いつになったら直接伝えることが出来るんだ。

スカイフィッシュに告ぐ
こちらの夢は白鳥沢の面々の「晩夏」をテーマとして書かせていただきました。
odetteのララさん「白布賢二郎×同級生×恋人×夜」
suiのioさん「川西太一×先輩×両片思い×朝」
わたしは「瀬見英太×後輩×片想い×昼」という設定で書いています。