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かくして烏野高等学校男子バレー部に無事入部できた翔陽と影山くんは、体育館内での練習にこれまで以上に励んだ。

なんたって火曜日には県内の強豪、青葉城西高校との練習試合になったから。

そこには影山くんの先輩や同級生が多数進学しているらしく、あの強かった北川第一の面々がまた敵として立ちはだかるのか…と頭をかかえた。

そんな私の不安をよそに、月島くん以外の部員の皆さんは燃えまくっている。
その姿を見ると、私もマネージャー業に精を出さなくては!と張り切ることができた。


「すみれ、マネージャーもいいけどさ。腰いけんの?」


月曜日の朝練中、翔陽が話しかけてきた。
ボールを拾う、運ぶ、掃除やら何やらで立ったりかがんだりを繰り返す私を心配しての事らしい。


「なんか最近調子いいよ〜。バス通学だし」
「ふーん、ならいいか」


翔陽は体力作りのために自転車だけれど、烏野は家からだと山を越えなければならないのでバス通学にしているのだ。

お陰で腰への負担は少ないし、痛み止めなんかも常備しているし、その痛み止めもここ最近はお世話になっていない。


厄介なことに私は小学校低学年の時に交通事故にあい、命に別状はないものの腰を痛めてしまった。

短距離走とかは出来るのだけど、どうしても腰をかばうので鈍足。
おかげで体育の授業はどんな内容も見学まではいかないけれど、ある一定のラインを超えると私だけ外れて横で見るという、何とも言えない気持ちを味わうこととなる。

小学校から中学校に上がればずっと同じメンバーなので、同級生たちは理解を示してくれたけど。
トスを上げる手伝いも、私が少ししんどくなったら翔陽は切り上げてくれた。


そんなこんなで初めての試合、自分もろくに運動ができないし、バレー部は即席のメンバーで、ぐだぐだの状態だった私の目に飛び込んできた全てが完璧な人物。

影山飛雄は私の視界の中でどんな動きをしてもしなやかで、軽やかでミスも無く、スポーツの神様に愛された存在かに見えた。

単純に私は彼に憧れた。
動きの全てが美しい。

私には真似できない事をいとも簡単にやってのける。そして今、同じ学校の同じ部活で彼を助けるマネージャーとして動けている!


「はい」


乾きたてのタオルを皆に渡して回り、最後にトイレから戻ってきた影山くんに手渡した。


「どうも」
「早く明日にならないかな」
「…そういや白石や日向にとっては、ちゃんとした試合は久しぶりなのか」
「うん…」


おっしゃる通り影山くんの学校に負けたあの日から、きちんと試合をしたことがない。


「勝とうね!明日」
「当たり前だ」


相変わらず口数の少ない彼だけど、とりあえず打ち解けて(?)きたのでホッとしている。

いよいよ明日、烏野高校での初試合。影山くんと翔陽の晴れ舞台になりますようにと祈りながら、眠りについた。





翌日の放課後。

翔陽はお昼ご飯も喉を通らなかったらしく、青い顔をしていた。昔から本番に弱いタイプなのを忘れていた。

案の定、田中先輩の股間に吐くという大失態を犯してしまった。


「…うええ」
「ダイジョブ?」
「…へーき…ちょ、トイレ借りてくる!」
「早っ」


翔陽は先方に挨拶とかをする前に、さっさとトイレへ駆け出してしまった。大丈夫だろうか、と先輩たちも冷や汗を流している。

仕方がないのでそのまま青城の体育館へ向かっていると、話し声が聞こえた…


「…久しぶりじゃねーの、王様」


ぴく、とその場の誰もが凍りついた。

これは明らかに影山くんを煽っている台詞だったからだ。私や翔陽が「王様」と口にしただけであの怒りようだったのに、これから対戦相手となる敵に言われたのでは頭に血が上ってしまうのでは。


「そっちでどんな独裁政権敷いてんのか、楽しみにしてるわ」


でも、その心配はなかった。
影山くんは顔色ひとつ変えず、毅然とした態度を貫いた。


「…ああ」


辛かったはず。悔しかったはずなのに、でもそれを顔に出さず、生まれ変わった姿を試合で見せてやろうとした影山くんはいつも以上に大きく見えた。





さて!

私はまず部員の皆さんにドリンクを作らなければならないのでその作業に取り掛かっていた。

清水先輩は先生とともにお相手の監督などへ挨拶に行ってしまったので、私はとりあえず出来る事をする。


そういえば中学の試合の時、たくさんのボトルを一気に持とうとして落としてしまったのを影山くんに拾ってもらったことがあったっけ。


あの時は怖かったなあと思いながら、学習した私は大きなかごの中にボトルたちを入れ、運ぶことにした。
これなら持てなくて落ちる事はない!


「あ、ちょっとキミ…烏野の?」


すべてのドリンクを作り終えたとき、青城の生徒に声をかけられた。


「…はい」
「こんにちは!矢巾です。今日はよろしく」
「あ、よろッよろしくお願いします」


どうやら名門、青城のバレー部の方らしい。こんな下っ端マネージャーにもご丁寧に挨拶してくださるとは恐れ入る。


「何年生?」
「一年です」
「そうなんだ。かわいいマネージャーが居て羨ましいなぁ」
「は、はぁ」
「重くない?運ぼうか」


ええと、ヤハバさん?はにこにこ笑いながらかごを持とうとしてくれた。

でもこの人、相手チームの先輩みたいだしこれから試合に出る人ならば、手を煩わせてはいけない。


「あの、うちの学校の人に頼むんで」
「いいのいいの、お礼にLINE教えてくれたらいいから」
「………え」


なんだ、なんだこれは。生まれてこのかた痴漢やナンパみたいなものには遭遇したことが無いというのに。

事もあろうに女性には困ってなさそうな、さわやかスポーツ少年からの執拗なアプローチ。

しかし蔑ろにしてしまうと、これから始まる練習試合になにか問題が起きるかもしれない…


「え…と、あの、それは…」
「あれLINEやってない?スマホ見せて?QRコードあったら…」
「白石」


そのとき、困り果てた私の後ろから聞こえた声。

振り返ると、影山くんがいつもより3割増しの仏頂面で立っていた。

08.怖い顔して威嚇して