20171010


毎年毎年同じ日に、同じ目標を定め始めてから5年ほどが経過した。毎度達成出来ずに諦めているその目標を、凝りもせず今年も掲げている。
10月10日、想い人である西谷夕の誕生日に「幼馴染としてでなく、男として好き」であることを告白しようと心に決めてから、はや5年。

去年から烏野高校に通い始めた夕はいつも帰りが遅い。もともとバレーボールの強い中学に通っていたけど、夕は今でもバレーをしている。
私は別の高校へ進学したから夕と会う頻度は格段に減ってしまった。でも、会える時間が減れば減るほど思いは募ってしまうのだ。

近所で一番小柄でやんちゃだった夕がいつの間にか私の身長を追い越したのは中学一年の身体測定で分かったこと。
今まで対等で同じ人間だと思っていた夕は男性として成長し始めていた。背が伸びて、声変わりをし、女の子に興味を持ち始め、バレーボールで有名になり、私だけが知っていた西谷夕が「みんなの西谷」になってしまったのだ。

それをそばで感じるのが嫌でわざわざ別の高校を選んだ私が今でも「告白したい」なんておかしいなって分かってるけど。


『誕生日おめでと』


10日の夕方、自分の部屋で携帯電話のメッセージを送ろうとした。いつもは日付が変わった瞬間に送っていたけれど、なんだか悔しくてまだ送っていない。
私にだって夕だけじゃない、今の高校で別の友達が居て私自身の高校生活があるのだ。だから四六時中あなたの事ばかり考えてるわけじゃないんだ。という無言のアピールで。

けれど今更メッセージを送るのも遅いだろうし、もしも返事が来なかったら?
もしかして部活の仲間に祝われている最中かも知れない。この間の試合を観に行った時にもメンバーと仲が良さそうだったし、なにやら可愛らしいマネージャーさんが居たし。…マネージャーと付き合ったりしてるのかな。今、彼女と過ごしてるのかな。


「…やめよ。」


私は『誕生日おめでと』の文字を消して、携帯電話の画面を落とした。
こんなこと考えていたって埒が明かない。夕には夕の世界が出来たんだ。私は今の夕には必要ないですもんね、家が近いってだけで!


「すみれー、どこ行くの?」
「ちょっとコンビニ」


晩御飯の前だというのに外出しようとする私にお母さんは首をかしげた。だって部屋にこもっていたら夕の事ばかり考えてしまうんだもん。
勉強のお供にデザートを買いに行くから、と適当に言って私は玄関のドアを閉めた。本当は部屋にお菓子を買い溜めているから要らないけど。

…そして道に出ようとすると、なんと今、いちばん会いたくないような会いたいような人が通りがかるところだった。


「……ゆう?」


思わず名前を呼んでしまい、西谷夕が振り返る。口元には彼の好きなアイス、スポーツバッグを担いでいる。
夕のことを考えるのが嫌で気分転換に家を出てしまったのに、本人に出くわしてしまうとは。


「おお!おっす」
「お、おっす…」
「どっか行くのかこんな時間に?」


と、夕は大きな口でアイスにかぶりつきながら言った。私と彼は幼馴染で家が近い、歩いて一分もかからない程度だ。ちょうど夕の帰宅時間と重なってしまったらしい。


「……コンビニ」
「お!いいな、ついてく」
「えぇ!?」
「小腹空いた!アイスじゃ腹膨れねえ」
「なにそれ。…ついて来たってプレゼントなんか買ってやんないからね!」


夕とは以前に何度かコンビニやスーパーに行ったことがあるけれど、とにかく大食いである。自費で沢山買うのは勿論だけど、時々私にも「ついでに俺のも買っといて」などと言ってくるのだ。しかも今日は彼の誕生日。理由をつけて何かをせがんで来るかも。
…が、おかしい。夕が何も言ってこない。


「………どしたの?」


コンビニまでの道のりを歩きながら横目で見ると、彼は黙って立ち止まった。


「覚えてんじゃねえかよ」
「え…?」
「覚えてんじゃねえかよ、誕生日」


夕は私よりも少し高い目線から、その大きくて鋭い瞳を私に向けた。すごくすごく責めるような目だ。日付が今日に変わった時、そして先ほど、彼に送ろうとして断念したメッセージのことを思い出す。


「…あ、うん…えーと…おめでと」
「何で今?」
「へ」
「朝起きた時に!お前からオメデトウって来てると思ったぞ俺は」


私たちが携帯電話という道具を手にしたのは確か中学1年生の夏ごろで、一番最初に連絡先交換をした相手も西谷夕だ。

その年の夕の誕生日から昨年までずっと10月10日になった瞬間、おめでとうのメールを送っていた。今回初めて送らなかった。
私だって送ろうか、むしろ送りたいと思っていたけど悩んだ結果のことだ。違う高校に通い始めてからの私たちはもう今までのような付き合いではない。「誕生日に告白したいな」と夢に見ていたのも忘れる事にしたんだ、今年から。


「……いいじゃん、今言ったんだから」
「なんだソレ」
「いーじゃん別に、いつまでも前の私じゃないってことだよ」


幼い頃は夕のことを何とも思わず接してきたのに今では、私を追い越した身長も声変わりした低い声も太くなった手首も、全てが彼をひとりの立派な男として演出している。女である私の脳はそれらに敏感に反応し、魅力を感じるようになってしまったのだ。


「…俺は今も前のまんまだけど?」
「うそ」
「嘘じゃねーっつの」
「うそだし」
「あ?」


昔よりも太くなった声で夕が言った。言葉遣いだって男らしくなっている。高校が別れてからの1年半で更に逞しくなっている気がする。


「夕はさ、前はちっちゃくて泣き虫だったのにさ、いつの間にかみんなの人気者になって烏野に行ったじゃんか」
「…それが?」


彼は回りくどい言葉が嫌いだ。だから少し苛立ち始めている。それが分かっているのにハッキリと言えないこの気持ちを許して欲しい。


「……私の夕だったのに、みんなの夕になっちゃった」


つまりはこう言う事なので伝えるのが情けなかったけど、夕の視線に負けて言ってしまった。夕はそれを聞いて首を傾げた。変な解釈をしてしまったらしい。


「…すみれの夕になった覚えは無えけど。」
「いやそれは言葉のあやで、」
「何?俺のこと自分のもんにしたいの?」
「いや、だからっ」


自分のものにしたい、恋人という存在に。けど夕はそういうことには疎いだろうし、そもそも私の事なんかただの幼馴染だろうし、言えるわけがない。


「だから?」
「……だから…」


テレビや漫画では良く、今の関係を崩すのが怖くて一歩踏み出せずに悩む登場人物が出てくる。まさにその状態だ。もしも夕が「幼馴染」から「女」になった私を拒絶したらどうしよう?
悩めば悩むほど言葉が出てこず、夕の苛立ちは募っていく。


「…よく分かんねえけど。分かんねえ理由でそういう事言われんのヤだわ」
「ごめん…」


それから私は俯いたまま何も言えなくなってしまった。夕もしばらく、そんな私を黙って見ていた。どんな気持ちで見られているのかは分からない。とうの昔に食べ終えたアイスの棒をが咥えたまま、おかしな私の様子を伺っているのみだ。


「俺、いっつも日付変わる前に寝てるわけよ」


しかし、ふと夕が口を開いた。


「…知ってる」
「だからさ、すみれが12時ちょうどにオメデトーって送ってくれてても、気付くのは朝なわけよ」
「うん」


それは初めておめでとうメールを送った時から知っている。
中学1年のころ、頑張って夜更かしした私は12時ぴったりにメールをしたけど夕からの返事は朝6時だった。なぜそんなに早い時間かと言えば、彼は中1の時もバレー部の朝練で早起きをしていたから。中2も、中3も、去年もそうだった。


「毎年そうだったのに、今朝!オメデトーって届いてなかった時の俺の気持ちを答えろ」


今年からそれが突然、私の手によって変えられたのを気に入らなかったのだろうか。朝起きた時、私からのお祝いが届いていなかったのを見て残念に思った?がっかりした?


「………わかんない」


もしもがっかりしたのなら、そうだとしたら期待してしまうじゃんか。


「部活の人からは来てたんでしょ」
「来てたけど?それはそれだろ?」
「そうなの?」
「それはそれ。すみれはすみれ。だから…えーっと…どう言えばいいのか分かんね」


夕はアイスの棒をがりがり噛んで、ああでもないこうでもないと頭をかいた。そんな姿は小さい時から全然変わらない。


「お前の言葉を借りると、俺のすみれが俺のじゃなくなった気がしたって事」


オレンジ色の夕日を背中に受けながら、彼はそう言った。すごく素敵な言葉が聞こえてきた気がするのに、それが夕の声で聞こえてきたので、現実として受け入れられず目が点になる。


「………は」
「はって何だ!」
「だ、だって」


どう言うつもりで言ったのか分からないけど少なからず私に対しての独占欲があると?好きな人からそんな事を言われるなんて嬉しくて仕方の無い事だ。でも私が彼の「幼馴染」として存在し続けるには、真意が分からないうちは浮かれる事が出来ない。


「……私は夕のもんじゃないから」
「知ってるっつーの!あれだよ、言葉のあれだろ?」
「あや」
「アヤだろうが」


さっきまで機嫌の悪かった(私のせいだけど)夕が恥ずかしそうに叫ぶので、私も今日のところは可愛くない意地をはるのはやめる事にする。

やっと再びコンビニまでの道を歩き始めて、朝起きた時の夕の気持ちをちょっとだけ想像し、やはりお祝いを送れば良かったかなと感じた。


「…なんか要る?」
「ん?」
「コンビニ。何か欲しいの買ってあげる」
「マジか!?」


たかがコンビニに売っているものなのに、夕は飛び上がって驚いた。こういう、期待以上の反応を見せてくれるところも昔から同じなんだよなあ。夕はやはり変わっていないのかも知れない。変わっちゃったと思うのが寂しいんだ、私が。

夕はコンビニにならぶアイスを眺めながら(またアイスを食べるのかと言うのはこの際気にしない)、どれにしようかなと口ずさんでいた。
私もアイスを選ぶふりをして、夕の隣にそっと立つ。最近は道端でも会わなかったし、こんなに近くに寄るのは久しぶりだ。また背が伸びたのかな?と夕のほうを見ると、彼も私を見ていたらしく視線がばちりと合わさった。


「来年はちゃんと夜中に送ってこいよ」


昔のようには行かないのだ。いつからか、夕の一挙一動が私の心を惑わせるようになった。毎年10月10日には、今年こそ告白しようと意気込んでは断念していた。
どうやらそれは今回も叶いそうにない。なぜならたった今、来年10月10日の午前0時に果たす事を決めたから。

Happy Birthday 1010