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バレー部がボールに触らなくても済む日は1年のうちに10日あるか無いか、それでも個々で何かしらの練習はしているだろう。
間もなく年末、部活どころか寮が閉鎖されるためそれぞれが実家に戻らなければならない日がやって来る。

昨年は春高バレーへの出場権を獲得していたので特別に寮が空いていて、体育館でも練習をしていたけれど今年はそれが無くなった。皮肉な事に休みを与えられたのだ。

12月29日の昼、何やら外が騒がしかったので練習の合間に覗いてみると、ものすごい人だかりができていた。こんな年の瀬に一体どうしたのだろうとバレー部の面々は、監督でさえも首を伸ばして様子を伺っている。


「何だろ?」
「さあ。行ってみる?」


ちょうど休憩中だったので太一の提案に俺も頷いて外に出てみる事にした。
生徒も先生も、私服の大人たちも、とにかく様々な人が集まっている。その中にクラスメートが居たので声をかけてみた。


「これ何事?」
「おっす。サッカー部だよ。今から出発だって」


サッカー部と聞いて俺と太一は目を見合わせた。今からどこに出発するのかと言うと、当然全国大会だ。

開会式は明日、12月30日に行われるらしく今日中に現地に到着しなければならないらしい。しかも開会式の後にそのまま1回戦。年明け早々行われる春高バレーも凄いけど、年をまたいで大会を実施するなんて誰が考えたんだろう。
しかし時期はどうあれ初めてのサッカー部全国出場とあって、見送りの数は物凄い。俺たちもインハイの時、こんなふうに見送られたっけ。


「来た!」


誰かの声と同時に、全員がいっせいにある方向を向いた。サッカー部がバスに乗り込むためにぞろぞろと現れたのだ。
その中には太一の想い人もきちんと居た。緊張している様子だが体調は悪く無さそうだ。


「皆さん是非頑張ってくださいね、明日の試合は応援に行きますから」


教頭先生がサッカー部の面々にエールを送ると、中心にいるハヤシは頷いた。悔しいけれど貫禄ってものが備わっていて、まさに今から全国の強敵と戦う決意が瞳に宿っているようだった。


「…白石さんに挨拶しなくていいわけ」


隣に居る太一に伝えると「いい」と首を横に振った。珍しい。出発前にどうしても喋りたい!なんて言い出すかと思ったのに。


「大会が終わるまでは、いい」
「あっそう」
「連絡先教えてもらったし」
「はっ!?え、いつだよ」


そんなの全然聞いていない。協力している以上、そういう事は逐一報告してくれるものだと思っていたのにいつの間に連絡先交換をしたというのだ。


「お守り渡した時さ、実は連絡先も一緒にコッソリ渡したんだよね」
「まじかよ…」
「そしたらちゃんと連絡くれた」


太一の用意周到さには頭が上がらない。
白石さんを前にしても普通に会話が出来ているし、相手の気持ちが分からないままクリスマスにプレゼントだって渡しているし、肝が据わりすぎだろ。もしかして頻繁にメールのやり取りなんかしていないだろうな、と聞いてみるとどうやら違った。


「昨日の夜、頑張って来てって送っといた。そんだけ」
「しおらしいな…太一にしては」
「乙女ですから」
「うざ」


白石さんの前でも調子に乗って変な事を口走ってなきゃいいんだけど。

バスが仙台駅に向かって出発したのを見届けたところで、監督から集合の声がかかったので体育館へと戻ったのだった。…監督もちょっとはサッカー部を応援しているのだろうか。





「へえ、連絡先交換したんだね」


手袋を二枚重ねにしたナナコはマフラーを巻きなおしながら言った。
ごみごみした人だかりは苦手だけど、ナナコに「どうしても」と呼び出されたので寒い中外出している。彼女からの誘いがなくたって、自分から声をかけるつもりではあったけど。


「せっかく協力してんのに、太一のヤロー肝心な事は報告してこないんだから」
「いいじゃん、賢二郎が余計な心配するかも知れないから黙ってたのかもよ」
「余計な心配ね…」


確かに俺は自分でも分かるほど他人より神経質だけど、太一はいかんせん能天気過ぎるのではないか。…その能天気が通用しているという事は太一のほうが正しいのか。ほんとうに女心ってのは全く分からない。


「私と賢二郎がぎくしゃくしてる時も、太一はうまくやってくれてたと思うよ」
「…ふーん。」
「あの頃の賢二郎すっごく怖かったし」
「悪かったな」


春から夏にかけての俺は非常にぴりぴりしており誰に対しても当たりが強かった。いわゆる「黒歴史」だと思う。
後輩からは怖がられ同級生からは引かれ、先輩からは腫れ物を触るような扱いを受けたり。ナナコに対しては言わずもがな酷い態度を取ったものだった。こんな日に気分の落ちることを思い出してしまうとは。


「…悪かったと思ってるよ」
「いいよいいよ。私も悪かった」
「別にナナコは…」
「やばい!もう年明ける!」


ナナコが時計を見ながら叫んだ。

そう、今日は大晦日だ。
昨日は全国高校サッカー選手権の開会式と第一試合が行われ、白鳥沢学園は見事一回戦に勝利した。二回戦は年明けに行われる。
他の部活が全国大会に進むのは同じ学校に通う身として誇らしいけれど、同学年の連中が全国で試合をするのはどうしても嫉妬する。俺は県内で終わってしまったのに。と、終わった事をいつまでも嘆いている暇はない。


「…新しい年になるね…」
「おお」


ナナコの携帯電話の画面には、新年に向けてのカウントダウンが表示されていた。
一秒進むごとに来年はあれをしよう、これをしよう、と頭に浮かぶ。すべての試合に勝とう、来年は。彼女を泣かせないようにしよう、来年こそは。


「……10秒前」


あと10秒になった時、今度は今年の出来事が頭をよぎった。瀬見さんや他の先輩ともとぎくしゃくしてしまったこと、ナナコと別れてまた付き合えたこと、そして、悔やんでも悔やみきれないあの決勝戦のこと。

画面の秒数に意識を捕らわれていると、もこもこしたものが俺の手に絡まってきた。分厚い手袋を重ね付けしたナナコの手だ。


「けんじろー、来年もよろしく」


ナナコは画面に視線を落としたままだったけど、握られた手にぎゅっと力が込められる。来年か、すぐそこまできた新しい年も一緒に居ようとしてくれてるなんて贅沢な男だな俺。

そして、よろしく、と返そうとした時に周りは歓声に包まれた。

ちょうど年が変わってしまったらしく「ハッピーニューイヤー!」と叫ぶ声が飛び交って耳がきんきんする。俺もナナコもそっちに驚いてしまい挨拶のタイミングを逃してしまった。


「すごいね!私の声聞こえる?」
「聞こえるよ」


聞こえるが、やはり周りは少々うるさい。1年の一番最初の瞬間をせっかくふたりで過ごしているのに。


「ナナコ、」
「ん」
「今年もよろしく」


ぐるぐる巻にしたマフラーからかろうじて覗く耳に向かって言うと、ナナコの身体がぴくりと動いた。
ゆっくりと俺のことを見上げて、かと思えばすぐに視線を落としてもごもごと口を動かしている。マフラーが邪魔で聞こえないので口元の部分を引っ張ると観念して言った。


「…よ、よろしく」
「何でそんなキョドってんだよ」
「いや、私から言おうと思ってたのに」
「どっちでも一緒だろ」


そうだけど、とナナコはまたマフラーに顔を埋めて、更に俺のほうへ寄ってきた。彼女のつむじが視界に入る。あまり口に出すことは無いけれども思わず「可愛い」と言ってしまいそうになった、まあ言わないけど。
しかしナナコは再びもごもごと、可愛いことを言ってのけた。


「…今年だけじゃなくて、ずっとヨロシクしてください」


そんな事改めて言われるとは思わなくてナナコの顔を覗き込むと、照れくさそうに笑っていた。そういうの男の台詞じゃないのかよ。


「それこそ俺から言わせろよ」
「はは、だって」
「行くぞ」


初詣の列が進み始めた。ナナコの腕を引いて歩きながら何をお願いするか考える。と言っても部活の事しか頭に無いのだが。
いざ賽銭箱に小銭を入れるとナナコは色んなことが浮かんでしまったようで、願い事がすべて口から漏れていた。


「…インターハイと…春高と…AO入試と…」
「欲張りかよ」
「あ、あと!太一がうまくいきますように」


ぱんぱんと手を二度叩いて今度こそ目を閉じ、静かにお願いを始めたのでどうやら今年の神様への願い事は決定したらしい。俺もいつくか候補を決めていたけれども、言われてみれば確かにそうだ。


「今年だけ祈っといてやるか、太一の事」
「そうしよう」


太一には有り余るほどの恩がある事だし、今年だけは。
俺たちふたりで沢山の願い事をしてしまったが、神様も許してくれると信じる。…今年だけは。

なんて素敵な二十四時