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クリスマスが近づいている、と浮かれた事を考えている暇はあまり無かった。
まる一日身体を動かしてバレーの事ばかりを考える日が数日続き、あっという間に12月24日を迎える事になった。男子寮の夕食はささやかなご馳走やらケーキが振る舞われ、合宿中のサッカー部の父兄からはノンアルコールのシャンパンなんかも差し入れされて、俺たちもおこぼれを頂いた。

いよいよ約1週間後、年明け早々全国大会だ。高校サッカーを観るか春高を観るか悩ましいところだが、きっと春高の試合中継を観せられるんだろうな。監督はサッカーに全く興味が無さそうだから。


「ケーキうんまー」


…と、明るい声で言ったのは3年生の天童さんだ。引退後も練習に参加してくれているのでケーキを食べる権利は勿論あるはずだが、そのケーキは一体何個目だろう。
そう思っていたらトイレから帰ってきた瀬見さんが「俺のケーキ知らね?」と聞いてきたので、賢二郎が「天童さんの胃の中です」と答えていた。


「お前、ナナコにいつ渡すの」
「うっせ。お前こそ」


俺と賢二郎は互いに用意したプレゼントを、それぞれの相手にいつ渡すべきか考えていた。俺の場合はプレゼントっていうかお守りだからクリスマスにこだわらなくても良いんだけど。


「賢二郎、何あげんの?」
「言いたくない」
「えー」
「お前、言いふらすだろ」
「そんな野暮な事しないよ」


いつか俺に彼女が出来た時(それが白石さんだったら良いなと願う)の参考に聞きたいだけだ。白布賢二郎という男が彼女へのプレゼントにどんなものをチョイスするのかも単純に気になる。
賢二郎は観念すると天童さんが近くに居ないのを確認してから呟いた。


「…身に付ける物。」
「あーネックレス的な」
「まあそんな感じ」


安心した。何か突拍子もない物をあげるわけじゃないんだな。
…俺はいつまで賢二郎の恋を心配すればいいんだろうか。もしかしたら生涯の使命なのかも。


「太一は?お守りだけ?」
「俺は、うん…お守りだけ。それ以上何かしたらマズそうじゃん、時期が時期だけに」
「ああ…」


白石さんの意識をなるべく部活に向けてもらえるように余計な事はしない、というのが理想なのでお守り以外は渡さない。
しかしあくまで「理想」だから、白石さんを目の前にした俺が冷静に理想通りの行動を取れるかは分からない。緊張するもん。


「イブかクリスマス当日か、どっちに渡すのがいいんだろうなあ」
「…それ以前に太一、どうやって白石さん呼び出すわけ?」
「え」


頬杖をついた肘が思わず机から落ちそうになった。白石さんは1週間学校の女子寮に泊まるので同じ敷地内に居る、だからいつでも渡せるってわけじゃない。呼び出す方法を完全に失念していた。


「どうしよう忘れてた。」
「コレだよ…」
「やべえ。どうしよ」
「んー」


賢二郎は皿に残った苺をフォークでさして口元に運んだ。ぱくりと食べてゆっくり噛みながら、携帯電話の画面を見ている。時間?それとも日付を見ているのだろうか。


「渡すのは明日の夜でもいいか?」
「もちろん」
「分かった」


そう言って、賢二郎は携帯に何か文字を打ち込んだ。誰かにメッセージでも送っているらしい。


「白石さんは明日の夜ナナコに呼び出してもらうよ」
「え!?いいのナナコ使って」
「いいよ。今日は今から俺と会うから無理だけど」
「今から…」


賢二郎が携帯電話をポケットに仕舞ったので、今のメッセージはナナコに送信したのかと納得した。
今からふたりは落ち合ってプレゼント交換、かあ。羨ましい。プレゼントを渡し合うだけで終わるのかな、こんなクリスマスイブの夜に。


「…頑張れ。」
「何をだよ」
「いや、見つからないように色々…」
「ふざけんな!しねえよ何も」
「てっ」


軽く肩にパンチを食らわせ、ケーキの皿を「戻しといて」と俺に押し付けた彼はそそくさと談話室から出て行った。
ふざけんなって言われても、普通は色々するでしょうよ?





昨夜あれから賢二郎は割とすぐに談話室に戻ってきたので、俺が心配していた色々な事は無かったらしい。キスくらいはしてるんだろうな、羨ましいな。

そしてナナコにも、25日の夜に白石さんを呼び出してもらうよう頼んでくれたようだ。非常に有り難い、頭が上がらないけど俺が今まで彼らにしてきた事と比べればようやくイーブンだと思う。


『そろそろ?』


ナナコからのメッセージだ。
あっという間にクリスマス当日の夜となり、白石さんと会う時間になった。『お願いします』と返信し、上着を着て外に出る用意をする。やばい緊張してきた。もう気持ちはバレてるのに。


「い、行ってくる」
「行ってら」
「心配すんなよ」
「してない」


賢二郎が冷静なおかげで俺も少しだけ頭が冷えた。野次馬たちの目に留まらぬようこっそりと抜け出して、ナナコに予め伝えておいた場所に向かう。
賢二郎とナナコには悪いけど二人の想い出の場所として使われている、プール横のベンチだ。

すっかり暗い校舎の横を歩くのは少しひんやりする。上着を着てくれば良かったかな、白石さんは凍えていないだろうか。と言うかこんな冬に外に呼び出すのって常識外れもいいところだ。気づくの遅すぎるだろ、俺。

急ぎ足で例のベンチまで行くと、すでに白石さんが立っていた。
なんで座らないんだろうと思ったけど、きっとベンチが冷たいんだ。マジで俺って最悪。


「白石さん」


声をかけながら歩み寄ると白石さんが振り向いた。


「…さむい。」
「ごめん…」
「冗談だよ。意外と冷えないね、今日」


幸い彼女は厚手のコートにマフラー、手袋まで装着している重装備だ。インナーの上にパーカーを着ただけの俺とは違う。

白石さんは俺から話し出すのを待っているようだった。俺が呼んだのだから当たり前だ、しかしやっぱり直接本人を前にすると言葉に詰まってしまう。


「えっと」
「川西くん、このあいだはありがと」


俺がしどろもどろしていると、白石さんのほうから話題を挙げてくれた。このあいだ、ひどく体調が悪そうだったのを介抱した時か。女子トイレで。


「いや、俺が勝手にした事だし…」
「お陰であの日はすぐに帰って病院行けた。インフルエンザだったの。聞いた?」
「…うん」


白石さんがインフルエンザにかかった事も、その他彼女に関するクラスでの出来事はすべて賢二郎に聞いている。体育での事はナナコから。まるでストーカーのようだが、白石さんは俺のストーカー思考に気付かず話し続ける。


「家に居る間はずっと寝てて…熱が下がってからだんだん冷静になった。部員に移してたら大変な事になってたって」
「そうだね」


どうやら俺の説得は有難迷惑ではなく、きちんと届いていたらしい。あれで嫌われたらどうしようかと思った。


「…それで、何?」
「えっ」
「川西くんが私に用があるみたいって言われたんだけど…」
「あー、うん」


会話の主導権を握られていたお陰で目的を忘れるところだった。
スウェットのポケットに突っ込んだお守りをふたつ取り出して、一度自分の手のひらに乗せる。ちゃんと二個ある。
クリスマスに好きな女の子に何かを渡すなんて初めてだ。神様仏様賢二郎様ナナコ様、どうか見守っていてくれ。


「…これどうぞ」


俺はゆっくりと手を差し出した。白石さんは俺の手のひらに乗ったものを覗き込み、それが何なのかを確認すると顔を上げた。


「これって」
「お守り。必勝祈願。…と健康祈願。治ったから要らないかも知れないけど」


こんなものを貰って迷惑じゃないだろうか?今更そんな心配が頭を過ぎる。俺はこのあいだ白石さんに告白して、その後彼女から何の返事も貰っていない。そんな男からお守りを渡されるって重いだろ、重いよな。


「…本当にくれるの?」
「うん」


けれど、俺が心配していたような事は起きなかった。白石さんは俺の手からふたつのお守りを優しく取って、それぞれをじっくり眺めている。ああ、まつ毛が長い。吐く息が白い。ちょっと嬉しそうにはにかむ口元がたまらなく可愛らしい。その笑顔ってどういう意味なんだ?


「ありがとう」


そう言うと白石さんはお守りを大事そうに握りしめた。
初めて俺は「お守りになりたい」と思った。お守りになって白石さんの手の中に入りたい。


「白石さん」
「え」


しかし今ここで余計なことを言ってはいけない。賢二郎にもそう宣言したんだから。気持ちを抑えろ、高校サッカーの全国大会が終わるまでは。
無意識に言ってしまいそうになる二文字を呑み込んで、代わりの言葉を発した。


「俺…このあいだ余計な事言ってごめん。とにかく応援してるから」
「………」
「優勝してきてよ」


彼女がクリスマスも休日も投げうって尽くしているサッカー部の健闘を、俺も純粋に祈っている。恋敵のハヤシだって頑張ってるし、優勝すれば白石さんはもっと活き活きしてくれるはずだ。

俺は白石さんの喜ぶ姿が見たい。純粋に。そう、純粋に。


「…うん。ありがと!」


白石さんは俺の言葉を聞くと今日一番の笑顔になって、明るい声で言った。
その笑顔も声も、サッカー部を応援されたから出てきたものなんだよな。俺が相手だからではなくて。

それだけが残念だったけれどクリスマスの夜、好きな子に無事プレゼントを渡して笑顔を引き出すことが出来ただけ合格だろう。

この夜をあたためますか